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2018年09月27日

●難あって有り難し

 二代教会長・伊藤コウ師は、ご生前に、「朝、少しでも早く起きて、天地の道理であるみ教えを頂くということは、それだけ、日々立派な人間に成長させて頂いているということです。生神金光大神様のお取次を頂き、み教えを頂くことによって、心も体も健康にならせて頂き、物事を気に病まず、何が起きてきても不足を言わず、万物を有り難く拝むことの出来る人間ならせて頂くことが出来るのです。例えて言えば、黒砂糖を煮出すと、炊けば炊くほど五目や灰汁が出てくる。それ等を捨てていくと、段々と綺麗な砂糖になる。人間もそのように、難儀なことが起きてくるから、それをご信心をもって有り難く受けさせて頂くことによって、不成心をお取り払い頂いて、心も体も磨かせて頂いて、信心が向上させて頂けるのです」と、み教え下さっておられます。

★福田美亮先生は、「難あって有り難し。苦あって有り難し」と、み教え下っておられます。不足を言うこと、愚痴を言うこと・・・悪習慣は、身についてしまうとなかなか離れず、いつどこで出るか分からない恐ろしいものです。身に起きてくる出来事の全て、出会う人の全てには意味があり、有り難く受けきらせて頂くことによって、先のおかげにつながっていくのです。日々油断なく、日参と聴教に励ませて頂き、一生懸命、良い習慣を身に付けさせて頂いて、心と体を磨かせて頂きましょう。

★『心配が増したり、物事に苦を病むようになるのは、ご信心が落ちた証拠ぞ。この折、これをありがとう思うてご信心すると、これが修行になって、また一段とご信心が進んでくるが、そうでないとご信心が落ちてしもうて、心配や難に負けて、どうならぬようになってしまう。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:45 | 平成30年の「み教え」