金光教阿倍野教会ページ内リンク


2018年04月14日

●周囲の人のことを祈る稽古

 二代金光四神様は、九州布教の始めとなられた桂松平師・ミツ師ご夫妻のご出立に際して、ご夫婦を前にして各々にみ教えをなさいました。

★ご主人の桂松平師に対しては、「長い年月の間には、塩の辛いこともあれば、甘いこともあるが、甘い辛いを言うなよ。(味付けのこと)」

★「私(金光四神様)があるとき、妻に、『同じいただくご飯なら、もう少し軟らかく炊いたら食べよかろうにのう』と言うたら、妻は謹んで、『さようでございます。何とも申しわけございません。ちょうどご飯のできます時、子供が手をとりましたので』と詫びた。それからご神前に出ようとすると、普段なら当たるはずのない八足の角で、いやというほど頭を打った。そのとき、神さまからお声があり、『頭の痛いのが苦しいか、ご飯の硬いのが苦しいか』とご意見を受けたことがあるからのう。」

★奥様であられる桂ミツ師には、「のう、おミツさん。この桂という人間は、世界中に一人というか二人というか、三人とはない者になろうという所存であるから、ずいぶん難しいぞ。…いかに夫婦というても、長の年月にはよいことばかりではない。腹の立つ時もある。腹を立てれば心の鏡がくもるぞ。そうすれば、神のおかげは映らぬ。腹の立つ時には、すぐ神にあげよ(ご祈念してお預けせよ)。夫が腹を立てて茶わんを投げた時には、石にならず、綿になっておれ。石になると茶碗は割れる。綿になっておりさえすれば、茶碗は割れぬ」とみ教えなさいました。

★そうして、一番甘えが出やすい存在である夫婦の間で、相手のことを祈り、相手の心になるというご修行を続けられたのです。それは、真剣に稽古する気にならなければ、出来ることではありません。ミツ師は翌日作られる食事を神様に「何を作らせて頂けばよろしいでしょうか?」と御祈念してお伺いなされたのです。そして神様から教えて頂かれた食事を用意しますと桂松平氏に喜んで頂いたそうです。家庭の中で、本気になって相手の心になるという稽古ができてゆきますと、他の方々の助かりも真剣にお願いするという事ができてゆくのです。日常卑近なところから、相手のことを祈り、相手の心になる稽古をさせて頂きましょう。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:59 | 平成30年の「み教え」