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2017年12月16日

●日々生まれかわってゆく

あるご信者が喘息を患っておられ、二階への階段も上がることができない状態であられました。様々な病院へ通われましたが、発作が治まらず仕事も手につかない状態が続き、なかなか回復の兆しが見えず、自分の身体を持て余す日々が続かれたのでした。

神様におすがりなさって日参しておられたある日、二代教会長伊藤コウ師にお届けされましたら、コウ師より「しっかりとお詫びをさせて頂きましょうな。」とみ教えを頂かれたのです。

ご信者は、み教えを頂かれて「本当にその通りだな。」と心から思われたそうです。それから、お広前で一生懸命に神様・霊様に心からお詫びをなさったのです。そうしますと、なんと翌朝から喘息の発作が治まり、その日を境に根切れのおかげを蒙られたのでした。

ご信者は、長年信心を積み重ね、日参と聴教に励み、改まりを少しずつ心掛けてこられたからこそ、コウ師のみ教えが心の底から分からせて頂いて、お詫びを申すことができ、おかげを頂かれたのですね。

★柿の木は、種から植えて育った実は、すべて渋柿になるそうです。甘柿は、その台木に甘柿の木を接ぎ木して、手入れをしながら育てることで初めて実るのです。接ぎ木をしても、始めは台木である渋柿の芽が次々と出てくるので、それらを摘み取っていくのだそうです。

そうして、根気強く渋柿の芽を摘み取ってゆくことで、接ぎ木した甘柿が育ってゆくのです。

★人間の成長も同じ事で、一朝一夕にはいかず、時間がかかります。一夜にして改まるという事はなかなかできるものではありません。日々み教えを頂いているからこそ、自身の間違っている部分が見え出し、改まらせて頂けるのです。

しかし、それでもはびこっているめぐり、悪癖悪習慣がしつこく表面に出てくるのです。その表面に出たものを、取り除き続けることが必要なのです。信心を細くても長く続かせて頂くことにより、天地の御恩、国家社会の御恩、人様の御恩が分からせて頂き、自分というものを見つめ直し改まってゆくことにより、日に日に新たに生まれ変わることができるのです。

そして、さらには神様からの思し召しが分からせて頂け、向かうべき方向が分からせて頂けるようになるのですね。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:44 | 平成29年の「み教え」