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2017年09月22日

●勤めるべき役目

昨日は二代教会長伊藤コウ師のお父上の房次郎氏の御命日でした。房次郎氏は胃がんを患われ、明治37年コウ師が9歳の時に55歳でお国替えされました。

★房次郎氏は、信心に大反対で「神様を拝むならわしを拝め!」と言うほどに信心嫌いの方であられました。コウ師のお母上であるハル氏は信心辛抱をされ、勢信心を願われ一心に改まられましたので、後々に家中が勢を揃えて信心させて頂けるようになり、金光教が別派独立なさった年の明治33年には、教徒の列に加えて頂くことが出来ました。

★京都から大阪に移らせて頂いて間もなく房次郎氏が亡くなられたのですが、ハル氏は生活がなかなか成り立たないので「大阪に残ろうか、京都に帰ろうか」と悩んでおられました。そこでお結界で先生にお取次頂きますと「伊藤さん、信心しなさいや。信心しなさいや。しっかり信心しなさいや。」とみ教えを頂かれたのです。み教えを頂いたハル氏は「京で鳴らん太鼓は大阪でも鳴らん。大阪で鳴らん太鼓は京へ持って帰っても鳴らん。破れ太鼓は張り替えねば鳴ることは無い。今必要なことはしっかり信心させて頂いて、家のめぐりをお取り払い頂き、お徳を積ませて頂くことなのだ。信心でもってやぶれ太鼓の張り直しをさせて頂くのだ。」と悟られたのでした。

★そうして、ハル氏はどんな時でも誰を責めることもなく、誰に依存することもなく、神様に心を向けられ「私一代で伊藤の家のめぐりをお取払い頂けますように」と願われました。そして「自身が至らない。」「これがおかげである。」と改まりの信心をさせて頂かれたことにより、三人の娘さん達の生命にかかわる大病も、その都度助けて頂かれたのでした。

★『人間はみな、生まれる時に約束をしてきているのである。だから、家族が一人よりは二人、二人よりは三人、三人よりは五人と大勢いるほど、家庭の中に種々の難儀がある。幸いに信心をしていると、まあ、それを除いていただくのであるが、生まれつきの約束であるから、また、こういうことが起きたというようなことが出てくるかも知れない。その時に、これほど信心するのに、なぜこういうことが出てくるのだろうかと思えば、もう信心はとまっている。これはまだ私の信心が足らないのだと思い、これはどこまでも私の勤めるべき役であると思って、信心をしていかなければならない。そこからおかげがいただける。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:46 | 平成29年の「み教え」