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2017年09月21日

●どこまでも責任を全うさせて頂けるように・・・

『徳のないうちは心配する。神徳をいただけば心配はいらない』

★銘々に与えて頂いた責任を全うさせて頂くことによって、お徳と力を頂くことが出来るのです。親としての責任、子としての責任。夫として、妻として、あるいは、雇い主として、雇われる身として・・・そうした、あらゆる面において与えて頂いている責任の一つ一つをしっかりと自覚させて頂き、謙虚な心で、何事も実意丁寧につとめさせて頂くことによって、信心が向上し、人として成長させて頂くことが出来るのです。

★例えば、親が病気を患われた時には、「私の子としての信心が至らないばかりに、親様にご修行して頂き申し訳ないことでございます」と、神様にお詫び申し上げた上で、病気全快のお願いをさせて頂きますと、行き届いたお願いとならせて頂けるでしょう。

また、子供が体調を崩したり、何か問題を起こした時、親としての責任を全う出来ていない人は、「私たちは一生懸命育ててきたのに、あの子の勝手気ままでこのようなことになりました・・・」というような、気持ちになりかねません。「親としての信心、躾が行き届いていないばかりに、子供にこのようなことが起こり、相済まないことでございます」と、親としての自分の在り方をしっかりと反省し、そこから改まらせて頂けば、親も子もおかげを頂くことが出来るのです。

★一つ一つのことに責任を全うさせて頂くということは、行き届いてご恩返しをさせて頂く、ということでもあります。日々、天地自然の恩恵を受け、人や物、社会のお世話になりながら、何の恩返しも出来ていないというのは、足元に大きな穴があいているようなもので、不安定極まりない状態なのです。気が付いたところから、一つ一つご恩返しの働きを心がけてゆくことが、実意丁寧な生き方となり、人からも神様からもご信用頂ける有り難い生き方とならせて頂けるのです。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 06:15 | 平成29年の「み教え」