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2017年08月26日

●本物の信心辛抱となるように

昨日は、学生講演会を無事に開催させて頂き、6名の学生の方が出場され、有難い講演を聴かせて頂きました。

出場なさった方々は、この御用を通してそれぞれにお育て頂かれ、おかげを蒙られましたことは真に有難いことでした。また、講演を聞かせて頂いた私達も、より一層に信心向上のおかげを頂けますようにお願いをさせて頂いたことです。

★二代金光四神様はお隠れになる二日前、ご家族にご遺言を残されました。その御遺言通り、金光攝胤様(三代金光様)が数え年14才で御結界の御用を継がれることになられ、明治26年から70年間にわたって84才まで御用におつき下されたのでした。

★三代金光様は、後に東北地方のある教会の在籍教師にみ教え下さっています。

「天地の事は、人の力に及びませんでなぁ。神信心には何事も辛抱することが一番大切でございます。教祖様が欲を放して神様の御取次をお受けなさって、四神様がお跡を10年、夜に昼に欲を放れてお座りなさって早うお国替えなされてなぁ。それから何も知らぬ私が座りさえすれば楽じゃと言うて座らしてもらいました。

初めのうちは辛うて辛うてよう泣きましたがな。親様の教えを守らしてもろうて泣く泣く辛抱しいしいに座っとりましたら、欲しいものも考える事もいつの間にかなくなりましてなぁ。有難うて有難うてならんようになり、なんぼう御礼を申しても足りませんのじゃ。御礼の足りませぬお詫びばかり申しております。勿体ない事でございます。」
と仰せになられたのです。

★三代金光様は数え年14才というご年令で、初めはお辛い思いをなさっておられましたが、神様の思し召し、親様のお祈りを受けられ、神様にひたむきにお縋りなさって信心辛抱のお徳を表して下されたのです。

本物の信心辛抱になってゆくには、神様におすがりして「どうぞさせて頂けますように。」という心にならなければ、辛抱も続きませんし、有難いと思う境地に到達することもできません。食事でも偏った食事を取り、嫌いなものを排除してゆきますと、健康を保つことはできません。

人間関係でも合わない人を排除してゆけば、孤独になってゆきます。自分に合うものばかり欲しがるという事は、偏りが生じているということです。与えて頂いたご修行を選り好みせず、神様の思し召しによってさせて頂く辛抱として稽古をさせて頂いてゆけば、信心が成長し、本物の信心辛抱が身についてゆくのです。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:39 | 平成29年の「み教え」