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2017年08月21日

●有り難く受けきる

 御本部の金光教学院でご修行させて頂いていた頃のことです。ある男性が会堂地下にいつもおられ、時折、学院生や参拝の方々に、声を掛けておられました。お酒が好きな方で、少々飲み過ぎると大きな声を出されるので、そんな時は誰も近寄らなくなっていたのでした。

★私も時々声を掛けられることがあったのですが、ある時、「ちょっとここへ座れ!」と、言われましたので、その時は覚悟を決めて座らせて頂きました。そして、その方の目の前に正座をさせて頂き、「今日はひとつ、み教えを頂きたいと思います」と申しました。すると、その方の表情が、すうっと変わられました。そして、「今、学院に入って修行をしているつもりかもしれないが、本当のご修行は教会に帰ってから始まる。教会に帰って、教会長先生の御用なさるお姿を毎日拝ませて頂くところから、本当のご修行が始まるのだ。」と、おっしゃり、次から次へと有り難いお話を聴かせて下さったのでした。私も驚いたような出来事でしたが、それからも何かと、好意をもって気に掛けて下さるようになられたのでした。

★自分の考えや、立場を守ることだけを考えている時には心が狭くなってしまいます。良いことも悪いことも、全ては神様のお指し向けと思って、有り難く受けさせて頂く覚悟が決まりますと、難しく感じていたことも楽々と乗り越えさえて頂くことが出来ます。反対に、難しいこと、苦手なことから逃げ出そうとすると、そのことにいつまでも追われてしまい、有り難いものも得ることは出来ません。辛いことが起きて来たときには、自分自身の過去の積み重ねを振り返り、めぐりをお取り払い頂くつもりで、真正面から取り組む覚悟を決めさせて頂くのです。

★また、お道のご信心にご縁を頂いている私たちは、どんな人のことでも助かりを願う心を忘れてはなりません。周囲の人の助かりを願い、人が助かるお役に立たせて頂くことを神様はお喜び下さり、一番のご恩返しとなるのです。
『神信心しておかげを受けて、難儀な人を助ける身にならせてもらうがよい。神心となって、受けたおかげを人に話して真の道を伝えるのが、神へのお礼である。それが神のお喜びとなる。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:48 | 平成29年の「み教え」