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2017年05月20日

●油断のないご信心を

先日、入信して10年になるご信者がお礼のお届けに来られました。ご信者は、入信以前は毎日愚痴不足を言って暮らしていたということです。身体も弱く、救急車で運ばれることも度々あり、家事もろくに出来ず、泣いて暮らしておられたところに、お導き頂いて、阿倍野教会へ参拝させて頂かれました。お届けなさいますと、『先々は結構になりますから、しっかりとご信心させて頂きましょう』とみ教え頂かれたのです。

★家から教会へは少し距離があられましたが、毎日み教えが頂けるようになり、5年後には住んでいた家を売却し、教会の近くに新築の家を買われるまでにおかげを蒙られたのです。そしてその新築落成奉告祭には、ご主人の両親や実家の両親に加えて親戚の方までお参りして下さったのです。

そしてご主人は一緒に教会に参拝もさせて頂けるようになられたのでした。また、子供さんに関しては、入信前は体が弱くて、好き嫌いも多くあり、アレルギー体質で、激しい頭痛や気管支喘息があり、病気ばかりして、偏食のためやせ細っていたのでした。

段々と子供さんもお参りをさせて頂いて、現在では健康な体に作り変えて頂かれ、生徒会の役員に立候補させて頂けるような、前向きな性格に育たれたのです。十年後の今日では、入信前と比べて夢のような有難い円満な家庭にならせて頂くおかげを頂いておられます。

★『一家の内に一人、本当にご信心な者があれば、一家はみな信心になる。一村に一軒、本当にご信心な家があれば、一村みんなおかげを受けるようになる。信心は一粒万倍じゃから、はじめに信心する者がよい種をまいておかねばならぬ』とみ教え頂いておりますように、お徳を頂いていくということは、自分自身だけではなく、段々と周囲にもお徳が伝わっていくのです。

★私達は様々なものにお世話になっております。ご信心をして視界が開けてきましたら、知らず知らずのうちにお世話になっているもの、おかげを頂いていること、全てにお礼を申せるようになるのです。目先のことだけしか見ていなければ、『痛い時の神頼み』になってしまい、本当に有難いご信心には進んでいきません。

結構な生活にならせて頂いていても油断なく「私はまだまだ信心が至りません。私に不行届きな所がありますから、次々と神様からお気付けを頂いて『ここを改まらねばならん、あそこを改まらねばならん』と気付かせて頂けることは有難いことです」とお礼を申せるようになることが信心が進ませて頂いている姿ですね。
posted by 金光教阿倍野教会 at 06:07 | 平成29年の「み教え」