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2017年04月11日

●手本に似るとは我流を放れること

 9日には、御本部天地金乃神大祭に共々に参拝のおかげを頂きまして、真に有り難いことでございました。またこの度は、職員(しきいん)すなわち殿上祭員の御命を頂き、開帳役の御用にお使い頂きましたことは、もったいないことでございます。

★殿上祭員の御用にお使い頂くに当たっては、前日に行われる全体の習礼に出させて頂き、色々とご指導を頂きます。座り方、立ち上がり方、歩く速度や歩幅、杓を持つ角度等、作礼の基本となるところを一から丁寧に教えて頂きますと、気を付けているつもりでも、普段の作礼がいかに我流になってしまっているかということに、気が付かさせて頂きます。改めて基本となるところをご指導頂きましたことは真に有り難いことでございました。

★日々のご信心にも同じことが言えると思います。日々お取次を頂き、み教えに照らして自分を見直すことをしなければ、知らず知らずのうちに我流が生まれ、天地の道理から外れた生き方になってしまうのです。難儀とは、そうした、自らのご無礼の積み重ねによって生み出してしまうものなのです。

★四代金光様は、『手本に似るということは、我流が抜けていく姿だと思います。我をはるつもりはなくても、自分の思うことが中心になったり、自分の思いを通したりすることは、結局、自己過保護に過ぎない。我を通すことも、わがままをすることも、みなそうだと思います。』と、み教え下さっておられます。

★日々、繰り返し繰り返しみ教えを頂いて、素直に実行する稽古をさせて頂き、自分の都合を先に立てて我を通す生き方から、常に全体の助かり立ち行きを思い、願わせて頂ける生き方に日々成長させて頂きたいと思います。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:49 | 平成28年の「み教え」