金光教阿倍野教会ページ内リンク


2017年04月08日

●周囲の人の優れたるところに習う

 金光教学院には、若い方から高齢の方まで、様々な年齢の方がご修行に入られます。私は大学を卒業し、高校に勤務させて頂いてからご修行に入らせて頂きましたが、中には高校を卒業したての方もおられました。

★ある日の夕食後、食器の後片付けをしていた時のことです。私は洗剤に手を滑らせて陶器のお湯飲みを落としてしまいました。お湯飲みは、一旦洗い場のコンクリートのふちに接触し、下に敷いてある木製のすのこに落ちてから、コンクリートの土間を転がりました。その瞬間、私は、「あ!」としか声が出ませんでしたが、横で同様に洗っていた若い同期の方は、「金光様!」と声に出して、とっさに御祈念して下さったのです。お湯飲みは、割れることも欠けることもなくおかげを頂きました。その方に「あなたがご祈念をして下さったので、割れずにヒビも入らずおかげを頂きました。ありがとうございました。」と御礼を申しました。私も常に心中ご祈念させて頂くよう心がけていたつもりでしたが、全く至らない信心であることを改めて痛感させられる出来事でした。

★三代教会長先生は、私が金光教学院にご修行に行かせて頂く時に「人には誰にでも素晴らしい所があり、皆それぞれに師となり得る部分があります。また、それぞれに出来ていない、至らない部分もあります。人の尊い有難い部分は習わせて頂き、至らない所は自分の戒めとさせて頂きなさい。」とみ教えを頂きました。

★それは、金光教学院でのご修行に限らず、仕事場や家庭の中においても同じことが言えます。人はさも自分が出来ているように勘違いをし、人の優れているところは見ようともせず、欠点の粗探しばかりして傲慢不遜な態度になってしまいがちです。お道のご信心にご縁を頂き、み教えを頂くことが出来る私達は、人の良い所を見て、習わせて頂けますよう日々信心を進めさせて頂きたいと思います。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:48 | 平成23年の「み教え」