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2017年03月16日

●お広前に満ちている御神徳

 阿倍野教会が布教当初、吉野通りにお広前がありました頃、ある正月にある方が背中におんぶして頂いてお参りしてこられました。その方は、45歳でお茶やお花、裁縫を教えておられたのですが、全身が病んでおられ、頭痛はする、目は見えにくい、耳は聞こえにくい、胃腸と子宮の病気を患っておられ、6か月寝込んでおられたのです。一人で歩ける状態ではなく、お弟子さんに背負われてお参りしてこられ、神様におすがりなさったのでした。

★次の日の朝、なんと自分で歩いてこられ、昼までお広前に座っておられました。全身が病んでおられますので、身体は冷えて家では常に背中にこたつ、おなかにはカイロを入れて過ごしておられましたが、お広前は冷えているにもかかわらず、半日も座ることができられたのでした。お結界に座っておられる二代教会長伊藤コウ師に「不思議です。不思議です。何時間も冷たいお広前に座らせて頂いているのに、身体が冷たく感じません。こんなに手が温かいのです。」と手を差し伸べて、触って頂かれますと、手が温かいのです。コウ師は「それが神様のお徳、お広前のお徳、生神金光大神様のお取次ぎのお徳ですよ。今まで自分の力で何でもする、自分の身体、自分の腕だと思い違い、考え違いをしていたことをお詫びして、何でも拝んで頂きなさい。」とみ教えを頂かれたのです。それからは、何でも拝んで頂かれ、天地のお徳を頂く稽古をなさった結果、お茶漬けを美味しく頂けるようにまでなられたのです。

★ある時、10歳の息子さんがお参りなさった際に、コウ師よりみかんを2つお下げ頂かれたのでした。家に持ち帰り、親子で拝んで頂かれますと、急にトイレに行きたくなり、血膿がどんどんとお取り払い頂かれたのでした。それからというもの、腰がしゃんと立つようになり、身体に力が入り、裁縫ができるようになるまで身体を作り変えて下さったのです。

★『私がおかげをあげるのなら今すぐにでもあげるが、神様が下さるのじゃからなぁ。神様からおかげを頂けるような信心をしなければならん。信心は何通りもある。参るのは参り信心。頼むのは頼み信心。拝むのは拝み信心という。また、そのなかでも参り信心が取り所じゃ。数多く参っているうちには、ああいう信心をすればああいうおかげ。こういう信心にはこういうおかげと、神様からおかげの頂ける信心がおいおい分かってくるようになる。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:43 | 平成28年の「み教え」