金光教阿倍野教会ページ内リンク


2017年03月15日

●いつもまめ(健康)であるのがありがたいのぞ

毎日健康で生活させて頂いて、働かせて頂けることが有難いことなのですが、その有難さを分からせて頂けるのは、働けなくなってからのことが多いのです。

★先日もあるお方が「最近、忙しくて忙しくて、ゆっくり一日中寝てみたいです。」と仰ったのですが、「忙しくて忙しくてと言われますがそれが有難いのです。そうして毎日変わらずに同じ時間に起きて同じように働かせて頂けるのが、心も体も健康にならせて頂く基になるのですよ。

働けなくなって寝込んでしまうということになったら、どれほど辛いでしょうか。一日中寝てる方が楽ということは絶対ありません。しっかり働かせて頂いて、忙しくさせて頂いていることに、喜んでお礼申しましょう。」とお話しさせて頂いたことでした。

★仕事が逃げて働けなくなってしまう因を作るのはなんでしょう。それは与えて頂いている仕事を粗末に思う心です。神様から与えて頂いている天職だと思って、本当に心から有難く喜んで働かせて頂けるようになればおかげを頂けるのです。

しかし、私達は間違いやすいのです。忙しければ忙しいことに不足を思い、暇であれば暇であることに不足を言ってしまうのです。毎日どのような状況になられましても、お礼を申せる生活をさせて頂きましたら、どれほど結構になれるでしょうか。

★あるお方は病院に入院なされても、毎日毎日「こんな立派なお医者さんに診て頂きまして有難うございます。」「こんなおいしい病院食を頂きまして有難うございます。」とお礼ばかり申しておられましたから、お医者さんや看護師さんから大変可愛がって頂かれたそうです。退院される時には泣いて下さる看護師さんもおられたそうです。そういう有難い心持ちを日々積み重ねておられましたから、有難いことがどんどんと集まってこられたのです。

★『痛いのが治ったのがありがたいのではない。いつもまめながありがたいのぞ。』
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:47 | 平成29年の「み教え」