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2017年01月28日

●神様のお知らせ

『人間が飲み食いする時に、このくらいでよろしいと思う時が、天地の親神のご分霊が分限を定められる時である。体に相当するのである。それを、もう一杯、また一杯と我食い、我飲みして病気になる人もあるが、これは神様に対して御無礼ではないか。また、食べ過ぎ、飲み過ぎして、嘔吐する者もあるがこれも悪い考えである。』

★私たちは皆、日々の生活の中で神様からお知らせを頂いているのです。御祈念させて頂いているうちに、我が心に気付かせて頂くこともあれば、人の口をもって、あるいは出来事を通して気付くというように、みなそれぞれに神様からお知らせを頂いております。毎食頂くお食事も「もうこのくらいでよい」と思う時が神様からのお知らせなのです。しかし、それを神様からのお知らせとして受け止めずに、飲みすぎたり食べ過ぎるということがあります。教祖様は我食い・我飲み、大酒・大食は、神様が与えて下さった身体に対する大変なご無礼であり、体を壊す元であると教えて下さっています。

★欲に駆られて抑制できないということは、いつの間にか心の耳をふさぎ、心の眼を閉じてしまっている状態で、自ら神様のお知らせを断っているようなものなのです。それは、信心の上での感度を下げていってしまっているのです。日々み教えを頂いて、常に神様に心を向ける稽古させて頂いておりましたら、自分にどのようなご無礼お粗末なところがあるかを自覚させて頂くことが出来、我情我欲をお取り払い頂き、先へ先へと大切なことに気付かせて頂くことができるのです。ご無礼お粗末を減らすことができていくということは、人を生かし、自分を生かし、物、時間を生かしてゆく働きができる生活を送らせて頂けるということです。我が身を振り返り、本気になって改まらせて頂き、信心の感度を上げさせて頂きましょう。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:48 | 平成28年の「み教え」