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2017年01月25日

●末々大木になる信心

 昭和4年6月より阿倍野教会に入所された小東徳五郎師(龍華教会・初代教会長)は、胸の病を患っておられました。そんな中、毎朝3時4時に起床され、阪堺電車の東天下茶屋駅から教会までの道路を竹ぼうきで掃除されるご修行を続けられたのでした。また、冬の時期には火鉢を準備する、後片付けをする御用もされたのです。胸を病んでおられる方がそういうことをすれば、通常でしたら病気は悪化し倒れてしまわれても不思議ではないことです。しかしながら、ご修行を続けられた結果、徐々に病気は平癒され、体力もつけて頂かれて、1俵の米俵を持つことができられるまでに体質改善のおかげを頂かれたのでした。

★昭和11年小東師が、龍華の地に布教に出られる時のことです。二代教会長伊藤コウ師に「私は、小さな借家住まいは性に合いません。最初から大きな教会を建てて、そこで布教させて頂きたいと思っております。」と言われたのです。コウ師は「あんたお金持ちやな。いつの間にそんなお金貯めたんや?」と聞かれたのです。小東師は「いいえ、私はお金は持っておりません。しかし、応援しましょうと言って下さっている方がいますので、その方に土地も借りて木材も借りて、立派な教会を建てて布教しようと思っています。」と答えられたのでした。それを聞かれたコウ師は「あなたの考えはよくわかりました。それではあなたの思う通りになさったらよろしい。その代わり、今後一切あなたと阿倍野教会とは縁を切ります。あなたとの関係は、師匠と弟子でもない。そんな方針は阿倍野教会にはありませんから、道が違います。広い世の中、あなたと同じ考えがあるでしょうからそんなお師匠さんを探しなさい。」と仰ったのです。小東師は「私の考え違いでありました。み教えを頂いて、目が覚めました。お許しください。人から借りて人に用意してもらうという事はいたしません。いくら外側の入れ物ばかり立派にしても、中身が伴わず、徳も力もない私ではお役に立ちません。」とお詫び申されたのでした。

★小東師は心を改められて小さな家を借りられ、一から一つ一つ積み上げられ、龍華教会布教所を開設されました。そして、7年後には次のお広前に移られて教勢発展を遂げられたのでした。

★『神信心する者は 我慢我欲はしてはならんぞ 一寸ずつ太る楠は 千石船の帆柱になるが 一年に三尺も 五尺も伸びる梅のひこばえに大木はないぞ とかく世の中は 楠の一寸太りでなければならぬ』

★何事も物事を進める上でみ教えを頂くという事は非常に大事なことです。頂いたみ教えが窮屈に思えたり厳しいように思えますが、先々結構にならせて頂く道を教えて下さっているのです。ですから、自分で決断をして、事を進めて、あとはお願いするという事は正しいお願いの仕方ではありません。末々繁栄させて頂くために、正しいみ教えの頂き方をさせて頂きましょう。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:40 | 平成28年の「み教え」