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2017年01月13日

●家業が行である 

 昭和49年のことです。当時、朝日放送のラジオの『宗教の時間』に二代教会長伊藤コウ師の教話が放送されました。あるお寺の奥様が偶然コウ師の教話をお聴きになり、大変感銘を受けられました。と言いますのも、その奥様は膀胱や大腸から出血する病を患っておられ、生きる気力を無くし、毎日「死にたい、死にたい…」と泣いて暮らしておられたそうです。

★そんな中で4月10日にラジオで偶然コウ師のお説教をお聴きになり、身が震えるほどの感激を覚えられ、お声が体中に染みわたってゆく感覚になられたそうです。そして、どうしても教会へお参りしたいと願われましたが、病気で出かけることが出来ません。そこで、ご主人である住職さんが代わりに阿倍野教会に参拝されたのでした。

★住職さんは、コウ師に「うちの家内があなたのお声に感じ入りましてなあ。『もう今日から死にたいと言わない』と申しております。おかげ様で出血も止まり、身体も良くなってきております。有難うございます。ところで先生は、これまで余程ご修行して来られたのでしょう。でなければ、あんなに良いお声にはなりません。あのような良いお話も出来ませんからなあ。」と仰いました。するとコウ師は、「いいえ、私はご修行らしいご修行はしておりません。」とお答えになりました。「では、何をなさっているのですか?」と尋ねられますと、「このお道では『此の方の行は、水や火の行ではない。家業が行ぞ。』とみ教え下さっています。私たちに与えて頂いた家業を行として、有難くさせて頂くことがこのお道の信心です。家庭や職場でそれぞれにご修行があるはずです。山にこもったり、滝に打たれて修行するのでもありません。食べ物を食べない修行をするのではなく、食物を有難く拝んで頂くご修行をさせて頂く。与えて頂いた仕事を生活そのものが修行であるのです。和らぎ賀ぶ心にならせて頂き、全てを拝んで有難く受け切ってゆく。誰でもが毎日の生活の中でしておりながら、誰でもが疎かにしてしまっている事を、真に有難くさせて頂くのがこのお道のご修行であるのです。」と仰せられたのでした。

★『世の中に表行をいろいろとする人がある。寒行として拝んで歩いている人もあるが、心行といって、人に不足を思わないで、物事の不自由を行とし、家業を勤め、身分相応を過ごさないよう倹約をし、誰にも言わないで行えば、これが心行である。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:50 | 平成28年の「み教え」