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2016年12月28日

●分相応に生活させて頂く

 二代教会長伊藤コウ師は結婚以前の娘時代に、「神様、私は今上等な品物を買わせて頂く身分ではございませんので、一番安いものを買って参ります。辛抱するだけの辛抱はさせて頂きます。けれども、どうぞ将来は上等なものを買わせて頂けるだけの徳と力を頂かせて下さい。」と、お願いなさりました。

★しかしながら、辛抱というものは簡単ではありません。初代教会長伊藤徳次師と所帯を持って間もない頃、お二人で外食をすることになり、食堂でコウ師が親子丼を注文しようとなさると徳次師は「うどんで構わん。」と仰り、二人で素うどんを食べられたことがあったそうです。そのときコウ師は不服に思われたそうですが、徳次師と生活を共になさることで、有難いことにだんだんと辛抱することに慣れていかれたのです。

★ある日、コウ師が傘屋さんの前に立ってじっと傘を見ておられました。徳次師が「どうして傘屋の店先で立っているのか。」とお尋ねになると、コウ師は「あの傘を買ったつもりでいます。本当に必要になるときまでこの店に預けておこうと思って見ていました。」と仰りました。このように、欲しい物があっても辛抱を続けられたので、どれだけ収入が少ない月でも赤字を出すことはなかったそうです。そうしているうちに、だんだんと結構におかげを頂かれて豊かな暮らしが出来られるようになっていかれました。

★コウ師は「結構にならせて頂いたらその本当の有難さを分からせて頂けるのです。ところが、結構さも分からずご無礼な生活を続けておりますと、神様はそのことがよく分かるようにドスンと落として下さいます。そうなると困るでしょうから、結構にならせて頂いてからも一番良いものを欲しがらないようにしなさい。分相応を守って倹約をして最低限の生活をさせて頂いていると、どんな世の中になっても困ることがありません。」とみ教え下さっています。最低限の生活を知り、豊かな生活の有難さを分からせて頂きましたら、神様から間違いのない生き方を教えて頂けるのですね。このことを心掛けて、紙1枚、鉛筆1本でも無駄にならないように使わせて頂き、おかげを蒙らせて頂きましょう。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:33 | 平成28年の「み教え」