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2016年12月23日

●本当の有難さや楽しさを感じる

『心が神様に向かわせて頂いているときには信心になっている。しかし、心が神様に向かわせて頂いていないときには我情我欲である。』と二代教会長伊藤コウ師はみ教え下さっておられます。神様のみ教えに沿った生き方をさせて頂き、神様のお心に叶った生き方にならせて頂けるようにおかげを頂いていくことで、本当の有難さや楽しさを感じさせて頂くことができるのです。我情我欲を取り去ることは一生を通じてご修行させて頂かねばならない内容ですね。

★先日あるご信者が、「主人のペースに合わせて家事をすることはなかなか難しいことです。自分ではストレスを感じていないように思っていますが、身体には胃炎のような症状として表れているようです。」と話しておられました。「主人在宅ストレス症候群」という病気があります。それは、定年退職なさったご主人がずっと家に居られることで奥様が自分のペースで家事等をすることが出来ず、ストレスが溜まってしまい身体に症状として影響が出てしまうものなのだそうです。

★このような状態でどのようにすれば、心の底から有難く嬉しく思わせて頂けるのでしょうか。それは、例えば「ご飯はまだか。」とご主人に言われても、[神様が「今これをせよ」と仰っておられる。ありがとうございます。]と思わせて頂き、すべて神様を目当てにさせて頂くほかありません。神様に心が向かわずに人や出来事に心が向かえば、「今これをしようと思っていたのに。」というように我情我欲になってしまいます。神様に心が向かえば信心となり、有難いおかげを蒙らせて頂いて日々の生活を楽しむことが出来るのですね。

★論語に『これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず。』また、礼記に『蔵修息遊』という言葉があります。家業を楽しんでさせて頂けるよう、信心に励ませて頂きましょう。

★蔵・修・息・遊
(1)蔵…知識も教養も次々と蔵に納めるつもりで、学ぶ。
(2)修…ただ知識として知っているだけではなく、身に修め離れないものにしてゆく。
(3)息…息をするが如く、自然に無意識のうちに行えている状態にならせて頂く。
(4)遊…遊びの境地で嬉しく、楽しんでさせて頂く。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:56 | 平成28年の「み教え」