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2016年12月04日

●『今、天地の開ける音を聞いて、目を覚ませ。』 

 あるご信者は、教会にお参りをさせて頂くようになられて数ヶ月経った頃より、これまで全く気付かなかった所を気づかせて頂けるようになられました。

★大工であるそのお方は、今までは、「私ほど一生懸命に仕事をしている人間はいない!」と自負しておられたそうです。ところが、お参りをさせて頂いてみ教えを頂きますと、それが思い違いであり、神様に対してご無礼な生活をしていたということが分からせて頂けるようになられたのでした。

★どういったところにご無礼があられたのでしょうか?そのお方は、「自分の利益に直接関係する釘や道具等は大切にしていましたが、自分の利益に関係のない得意先の材料は粗末にして、捨ててしまっておりました。自分では実意丁寧に仕事をしているつもりでしたが、神様の眼から見られますと、材料を粗末にするということが、大変なご無礼不行き届きであったのです。誰の物であるかなど関係なく、その人間がどのように物を生かして使うかどうかが大切であるのだということに気づかせて頂きました。一日では小さなことであったとしても、それが毎日、何年、何十年…と続きますと、どれ程めぐりを積んでしまっていたか分かりません。申し訳ないことでした。」とお詫びを申されました。

★世間一般には、給料以上の働きをするのは、損なことであると考えがちです。人を目当てにしますと、人の見ている所ではきちんとし、見ていない所では人の目をくらまそうとしてしまいます。その知らず知らずの内に積み重ねているご無礼が、めぐりとなって、さまざまな面に表れてくるのです。しかし、神様を目当てにさせて頂きますと、自分の仕事だけでなく、自分の給料以上の仕事がさせて頂けるようになります。それが、自身の徳となって身についてゆきます。

★ご信心させて頂きますと、今まで気づかなかったことに気づかせて頂け、見えなかったところが見えるようにならせて頂けます。『今、天地の開ける音を聞いて、目を覚ませ。』とありますように、暗闇に光を照らして下さる、その光こそがみ教えであるのです。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:36 | 平成28年の「み教え」