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2016年11月29日

●死生の安心を頂くことを願って               

先日、91才を越えてお国替えされたあるお父さんは、ご遺言で「これまで私も家内も息子も何度も金光様に命を救って頂いたから、そのご恩を忘れてはならない。だから私がお国替えすれば、どうあっても阿倍野教会で告別式を仕えて頂きたい。」と残しておられました。そこで先日、金光教式で告別式がお仕えになられ、27日には無事に十日祭がお仕えになられたのでした。

★その奥さんは、二人目の子供さんを出産されて間もなく、産後の肥立ちが悪く産褥熱から不眠症にかかられました。そこで近所の方に熱心にお導き頂かれたのでしたが、「私は信心しません。」と意地を張っておられたそうです。しかしどうにもこうにもならず、親子心中しようと思われたほどまで追い詰められたのです。そこで奥さんは、乳飲み子を抱き幼い男児の手を引いて旧広前にお参りされたのが信心の始まりであられました。その時に二代教会長伊藤コウ師は「天地の親神様ですから、親だと思って誰にも言えないことも、どんなことでもお願いに来なさい。」とみ教え下さいました。それから奥さんは、朝に昼に晩にと一日4回お参りされ、一心にお願いされたのです。すると、薬を服用しても治らなかった不眠症も信心によって、神様に治して頂かれたのでした。

★この度お国替えなさったお父さんも、またその息子さんも、家族中夫々が阿倍野教会のお広間でお取次ぎを頂かれ、命のないところを助けて頂かれ、そのご恩を忘れないように御礼のご信心を続けておられます。さらに、御霊になられても死生の安心を頂きたい、金光様のお取次ぎによって、天地の親神様の御神徳を蒙らせて頂き、有難い御霊の神にならせて頂きたいと願っておられるのです。

★教祖様は『金光大神の姿に目をつけないようにせよ。金光大神の衣服や形におかげはない。金光大神の御霊の働きにおかげがあるのである。』とみ教え下さいました。肉体の命には限りがありますが、御霊の働きは永遠です。肉体の働きが終わったら、何もなくなってしまうということではありません。生きている間は肉体の制限がありますので、行きたいところに行こうと思っても限界があります。ですが御霊とならせて頂きましたら、時間も空間も超えて、行きたいところに行かせて頂くことが出来、生き生きと働かせて頂くことが出来るのです。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:31 | 平成28年の「み教え」