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2016年10月15日

●神様に心配事を預けて真心で一心となる

『金光様は「欲しい、憎い、かわいいという心を放れて信心せよ」と教えられたが、ありがたいみ教えである。わが子の病気でもかわいい、かわいいと思って信心に油断ができると、かわいい子を殺してしまう。欲しい、憎いも神の機感にかなわない。』

★土井つちの氏の長女さんが9才の時に肺門リンパ腺炎に罹られた時、病気全快の為に、東天下茶屋に開業していた専門の医師を探している際に、偶然阿倍野教会の旧広前の提灯を見つけられ門をくぐられたのが参拝の始まりでした。

初めて二代教会長伊藤コウ師にお届けされた時、コウ師から「娘さんが胸の病気ということですが、親が今、胸を悩まされていることは何ですか?」と尋ねて頂かれたのでした。土井氏はお米の卸しと小売業を営んでおられ、一軒売掛金の回収が滞っているところがあり、そのことで家庭が不和になっている事をお話しされました。

★コウ師より「親がそうして心を悩まし、家の中が不和になっていることが、子供の病気につながっているのです。売掛金は神様の銀行に預けて無期限の定期を作ったと思って、後は催促をせずに時節を待たせて頂きなさい。御信心によって改まらせて頂いておかげを頂きましょう。」とみ教えを頂かれたのでした。

★それからはご夫婦で熱心に西九条から日参されて信心に打ち込まれたのです。すると、なんと今まで滞っていた食堂から未払いの分を何回かに分けてすべて支払って頂けるおかげを頂かれ、また同時期にお子さんの病気も全快の大みかげを頂かれたのでした。

★もし、つちの氏がコウ師からみ教えを頂いた時に「娘の病気を治して欲しいだけなのに、親先生の仰ってることはよう分からん。そんなこと私には出来ない。」と思っておられましたら、本当におかげを頂くご家庭にはなっておられなかったと思います。欲しい・惜しい・憎い・可愛い(溺愛する)を離すことが出来られたからおかげを頂かれたのです。

欲しい・惜しい・憎い・可愛い(溺愛する)というのは全て人に心が向いてしまっているのですね。神様が一番良いようにして下さるということを分からせて頂いて、そこから神様に心を向けさせて頂けましたら、おかげを蒙らせて頂けるのです。心配事は神様に全てお預けさせて頂き、神様に心を向けられるような信心向上のおかげを蒙らせて頂きましょう。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:58 | 平成28年の「み教え」