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2016年09月17日

●子孫に有難いものが伝わる為に…

 三代教会長伊藤良三師は幼い頃から、御両親と共に布教当初の吉野通りのお広前にお参りなさっておられました。そして、初代教会長伊藤徳次師より日々み教えを頂いておられたのです。徳次師より頂いたみ教えの中で、良三師は幼心にも印象に残り、生涯守り通されたみ教えが、1)大地にタンや唾を吐かない。2)人と喧嘩をしない。ということでした。それは、戦時中に軍隊に入られ、戦地に赴かれても同様に守り抜かれたのでした。親様から頂いたみ教えを生涯かけて守り通すところに、子孫に有難いものが継承されてゆくのです。

★信心教育というのは、真心を育てるということです。いくら口でみ教えを説いたとしても、自身がみ教えを守っていなければ、何も伝わりませんし、真心は育ってゆきません。子供がおられない方でも、お導きの親として、人様に教え導かせて頂く時に、自身がみ教えを守っていれば、自ずと相手の心に響き、尊いものが伝わるでしょう。二代教会長伊藤コウ師は、「信仰を持たずに、ただ勉強ばかりしていても、天地の道理に基づかない生き方になってしまうのです。それでは怖ろしい人間を作ってしまうことになります。」と仰せになっておられます。神様から頂いた尊いものを育ててゆけるような、親としての役目を果たせる信心に向上させて頂きましょう。

★『家庭は器のようなものである。水は円い物に入れれば円く見え、四角の物に入れれば四角に見える。母親が真の心を持ち、神の子が胎内にいるという尊い心持ちで、家業を潔く勤め、親兄弟に親切をして、信心に油断なく、教育にも油断がなければ、よい子が育ち、先祖への無礼もなく、国も栄えるもとになる。』

『信心には何を目的にすればよいか。病人は痛いのを治してもらいたいと願い、健康な者は、作ができるようにとか、商売が繁盛するようにとか願って参るが、それは一時のことである。信心するには末の安心を楽しみにしないと信心が続かない。末の安心のためには、自分一人がおかげを受けただけではならず、子孫に伝わる信心をすることが大切である。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:43 | 平成28年の「み教え」