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2016年07月30日

●神様のお手伝いをさせて頂くつもりで

 「御礼に働かせて頂く」とか「世のため人のために働かせて頂く」ということは極端な様に聞こえるかもしれませんが、実に大切な根本の考え方です。「自分が食べるため、自分が生きるために仕事をしている」という考えは勿論一部分では正しいのですが、それだけでは、立ち行かなくなっていきます。ほとんどのことを神様にして頂き、様々な方々のお世話になっておきながら、そのことを自覚しない生活になってしまいますとだんだんと驕りが出てきてしまうのです。

★神様のお働きは大変大きなものであります。氏子が「その一部分でもお手伝いさせて頂けますように…。」と願い、仕事をしていると神様は喜んで下さいます。私たちが出来ないことは神様がして下さり、神様が出来られないことは私たちがさせて頂くのです。例えば、神様は命を授けて下さいますが、人(子)をお産みになることはありません。人が人(子)を産み、神様が様々なお恵みを与えて下さってお育て下さいます。人は神様のお手伝いをさせて頂くつもりで子供を養っていくのです。

★また、神様は何十万年、何千万年もかけて鉱物、石油等を作り出して下さり、大地を肥やし、木々を生育させて下さいます。人は神様がお作りになった原材料を使わせて頂いて様々な産業を営ませて頂いているのです。各産業では精製や加工を行い、製品を作っていきますが、ついつい人間の力だけでできている様に勘違いをしてしまいます。

★何もかもを神様に与えられていながら、その有り難さを感じずに生活してしまうと、御無礼不行届きとなって身体あるいは仕事に表れてきます。信心をさせて頂いていると、神様に御礼を申し上げる生活が出来、天地に対する慎みの心が育ち、日々有り難さを分からせて頂くことができますから結構ですね。「万分の一でも神様のお心に添い奉るような生き方ができます様に。」とお願いさせて頂きましょう。
『神様の氏子らしくならせて頂くのが信心である。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 06:05 | 平成28年の「み教え」