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2016年07月20日

●不自由や難儀が起こるもと 

 先日、ある奥さんが「主人を怒らせてしまいました…」とお届けされました。[主人が家族の為に時間を割いて一生懸命にしてくれていたことに対して、「もっとこうしてほしい、ああしてほしい」と注文をつけてしまいました。主人は、その注文を聞いてくれましたが、その後に「これからはもうしない!」と言って怒ってしまいました。いつも、してもらうことが当り前だと思っていた私は、自分が御礼の足りていなかった事に気付いていませんでした。しかし、「もうしない!」と言われて初めて気付くことになりました。よくお説教で『御礼の心が足りない』とみ教えを聴かせて頂いておりましたが、自分自身がお世話になっているご恩が分かっていないこと、御礼が足りていないというのはこういう事なのだと、よく分からせて頂きました。]とお詫びを申されたことでした。

★このお話は、他人事ではありません。私達は日々の生活の中で、人様に辛抱して頂いていること、許して頂いているということがたくさんあるように思いますが、そのことへの御礼が平素申せているでしょうか? 二代教会長伊藤コウ師は、あるご信者に、「あなたの御礼の心は小さいなあ。顕微鏡で見ないと見えないような、小さな小さな御礼の心では情けないですよ」とみ教え下さったそうです。現在もその事を思い出して、そのご信者は「40年以上も前に頂いたみ教えですが、未だ私の御礼の心はまだまだ小さいことを申し訳なく思っています。一番大切なことでありながら、私の分かっていなかったところを教えて頂いたことは、有難いことでした」とお礼とお詫びのお届けをなさっておられます。

★誰しも信心に至らない部分があり、日々頂いているおかげに対してお礼の心が足りていません。御礼が足らないから、不自由や難儀が起こってくるのです。自分自身の御礼の足らないことを横に置いておいて、主人が…子供が…と、人のことばかり言っていてはおかげになりませんね。「自分は出来ている!」という考えから、「私ほど御礼の足らない者はない」という謙虚な姿勢に変わらせて頂き、御礼の申せる私達に成長させて頂きたいと願わせて頂いております。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:37 | 平成28年の「み教え」