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2016年06月04日

●心の眼、心の耳を開く

先月のことですが、あるご信者は、外出する際に、自宅の扉の鍵を閉め、カバンの中に鍵の束を入れ、15分ほど自転車に乗って知人のお宅を訪れ、用事を済まして帰宅されました。自宅の鍵を開けようとカバンの中を探しましたが、鍵が見当たりません。御主人にも伝え、一緒に探されましたが、とうとうその日、鍵は見つかりませんでした。

★御主人は、それから御神殿で「この度の鍵の紛失によって、信心が一段と進ませて頂き、御大祭のご庇礼が頂けますように。どうぞ、出てきますように。」と御祈念されました。翌朝、御主人は、教会へ参拝されお願いしておりますと、心に「妻が訪れた先方の家の近くに落ちている」と教えて頂かれたのです。

★もう一度、奥様が通られた同じ道を御祈念しながら、「必ず出てくる」と信じて探されました。先方の家まで行かれ、引き返して探しておられますと、交差点の信号が点滅したので、止まられました。ふと車道と歩道の間にあるプランターをみておりますと、「そこ(向こう側)に落ちている気がする」と心に思われ、自転車を降りそのプランターと車道の間をみますと、なんと鍵が落ちていたのです。鍵をみますと、頑丈な部分が一つ欠けている所があり、おそらく鍵は車道に落ちて車のタイヤで飛ばされたことが分かりました。信号が変わらなければ、そのまま通り過ぎていたところを、神様が教えて下さったのです。御主人は、早速お礼届けに来られ「御大祭のご庇礼を頂き、有難うございました。この度は、貴重な結構な勉強をさせて頂きました。」と御礼を申されました。

★どのようなことが起きてきても「これをおかげにさせて頂けますように。」とお願いさせて頂き、改まらせて頂きますと、心の眼、心の耳が開いて神様の思し召しが分からせて頂くことが出来るのです。それは、出来事を通して教えて頂くこともありますし、また人の口をもって教えて頂けることもあるでしょう。また、心に思わせて頂くこともあるでしょう。それを、素直に有難く頂いて改まってゆく所に、みなおかげとなってゆくのです。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:39 | 平成23年の「み教え」