金光教阿倍野教会ページ内リンク


2016年06月01日

●初めの心を忘れずに

四代金光様は、『どこまでも、教祖様のおぼしめしを頂いて、自分の流儀とか、自分が中心になるような考え方ではなしに、つまりご用が金光大神流になるということ、我流なご用にならんというそういう生き方は、やはりお手本を習う、けいこをしていく生き方のなかからできていくのだと思います。

「信心も手習いも同じこと」とおっしゃっておられます。習うのは自分ですけれど、全部、お世話になり、手本があってのことであります。我をはっては、手本に絶対に似ることはありません。手本に似るということは、我流が抜けていく姿だと思います。我をはるつもりはなくても、自分の思うことが中心になったり、自分の思いを通したりすることは、結局、自己過保護にすぎない。我を通すことも、わがままをすることも、みなそうだと思います。』と仰せになっておられます。

★『這えば立て、立てば歩めの親心』と昔から言いますが、天地の親神様は氏子が這うことが出来るようになれば、次は立てるようにと願って下さいます。さらに、立つことが出来るようになれば、次は歩くことを願って下さって、どこまでも私達の信心が進むことを願って下さっておられます。しかし人間というのは、年を経て、月を重ね、社会に出て様々なことを経験していくづつに、おごりがましくなってしまいやすいものです。

★そこで、成長させて頂くにつれて、初めの心(純真さ、素直さ、熱烈さ、謙虚さ)を忘れずに、常に見直し・聞き直し・考え直しをさせて頂くことが大切です。常に心が正しく神様に向かわせて頂き、今日一日今日一日新たに向上させて頂けます様、下半期おかげを頂いて参りましょう。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】
posted by 金光教阿倍野教会 at 00:41 | 平成23年の「み教え」