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2016年04月27日

●神様がすべてご存知である

 昭和9年の頃のことです。地方のある小さな新聞に三代金光様のことを悪し様に書く記事が載りました。全く事実無根のことをあらゆる最大級の雑言をもって書き立てるので、長男様(四代金光様)は腹が立って腹が立って、ある日御母様である金光キクヨ姫様に申し上げられますと、キクヨ姫様は「ご本人の金光様が腹をお立てになっていないことを、あなたが腹を立てるということはどういうことですか?」と静かに呟くように仰せになられたのでした。その時長男様はハッとなされたそうです。「本当にそうであった。今更のように金光様の常の御姿を思わせて頂き、神様にお詫びを申し上げたことだった。私が金光様、金光様と申し上げながら、いつしか5人の親になったこの年まで、三代金光様は一度も腹をお立てになったことがない。」と気付かれたのでした。

★三代金光様は、全く動じられることなく、いつも通り御神勤をなさったのです。そして、ご家庭でもどこでもご自分の感情を表に出されることなく、我を放す稽古を徹底なさり、神様に心を常に向けておられたのです。
『人の悪いことをよう言うものがある。そこにもしおったら、なるだけ逃げよ。陰で人を助けよ。』
『真の信心をする人を見よ。おかげで無病息災、諸事よきこと子孫へ続く。信心する人は慈悲深くして、真の信心をするがよい。』

★江戸時代後期にある藩の財政を立て直した平尾源太夫という方が残された言葉があります。(1)常に心掛けて陰徳を積むべし。
(2)足るを知れば家は貧しくとも心は福者なり。足る事を知らざれば家は富めりと云えども心は貧者なり。
(3)家を治める事においては堪忍を第一とする。驕りをこらえて欲を抑え、欲しいままにせざるもこれ堪忍なり。
(4)無理に利益をむさぼれば却って財を失い、禍いがくる因になる。
(5)人の悪しきことを告げ知らす者があっても、みだりに取り上げ用いるべからず。聞かざるがごとくするもよし。これ家族の多く暮らす者の心得るべきことである。
(6)金銀を多く子孫に残し与えようとするよりも、財を捨て広く善事を行い、陰徳を積みおくべし。その徳善は、子孫にめぐりて子孫の幸となる。

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:34 | 平成28年の「み教え」