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2016年03月25日

●真のお礼の信心

 あるご信者は、37才の時に目の病気を患われ、緑内障で失明するかもしれないとのことで、病院を回られましたが、手術することもできない状態で医師からも手を放されたのです。お導きを頂いてお引き寄せを頂かれ、二代教会長伊藤コウ師より、「ここへお参りしていた限りはきっとおかげが受けられるから、信じてお願いしなさい。あなたも少しなりとも御修行をさせて頂きなさい。おかげを頂けることを信じることと、今まで喜べなかったことが喜べるように毎日喜ぶ稽古をしなさい。」とみ教えを頂かれたのです。

★それからは、毎日朝に昼に2人のご信者さんが両脇を抱えて一緒に参拝して下さって、み教え・お取次ぎを頂かれたのです。ご信者は、薄紙を剥ぐようにおかげを頂いてゆかれ、夜も眠れない状態から段々と休ませて頂かれるようになられ、視力も徐々に回復のおかげを頂かれたのでした。そうして、針に糸が通せるまでに視力も回復され、全快のおかげを頂かれたのでした。その後には、御縁を頂いて、徳島県に嫁がれて農家を手伝われ、3人の子宝にも恵まれました。

★27年ぶりに、64才の時にお参りされた時には、病気が全快されてから一度も再発することなく、さらには娘さんが嫁がれるまでにおかげを頂いておられました。参拝された時に、三代教会長先生より「願いが成就したら後の信心が止まるということは、願いが小さい。神様、金光様に申し訳ないでしょう。助けて頂いたら、その有難さを周囲の多くの人々に話し伝えておかげを受けられる方々が増えてゆくよう御礼の信心が出来ますように大きな願いを持ちなさいよ。」とみ教えを頂かれたのです。

★神様は見放されることはありませんが、結構なおかげを頂いた後に、一段と進んだ信心に向上させて頂かねばなりません。今まで手を引いてお導き下さったことへの御礼に、今度は自身が難儀な方の手を引いてお導きさせて頂いて周囲の方が助かって頂けるようにお願いの中身が広く大きくなってゆくことが、真の御礼になるのです。天地の親神様のお心に適うお願いのあり方にならせて頂きましょう。

★『この広前へ参りてお願いし、全快してお礼参りをすればそれで大願成就とする人もあるが、この神様のおかげで全快すれば、此方の話を聞いた事を他の難儀な者に伝え、一人増しに真の信心する人のできるよう、話し伝えるのが神様へのお礼になる。』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:39 | 平成28年の「み教え」