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2016年03月10日

●自分自身を知る

教祖様は『信心する人は、めぐりを取り払ってもらっているのであるが、信心せず、うかうかと暮らす人は、めぐりを積んでいるのである。』というみ教えを残して下さっています。

★私達人間が日々生活させて頂く上で、神様に対してご無礼不行き届きなところは、必ず出来てきます。お土地や空気を汚したり、水、食物を粗末にしたり、心で人を殺したり、人の心を傷つけたり…等々、神様のお目から見れば、ご無礼不行き届きなところは多々あるでしょう。「私は何も悪いことはしておりません。」「私は何もめぐりを積むようなことはしておりません。」という人は、ただ自分自身を見ていない、自分を知らないだけなのです。

★信心させて頂くということは、今まで天地の御恩も親や御先祖の御恩も知らない生き方から、御恩を知って御恩に報いていく生き方に変えさせて頂くということです。そして、知らず知らずのうちに積んできた前々のめぐりをお取り払い頂いて、お徳を積ませて頂く生活に変わらせて頂くのです。

★み教えを頂きますと、今日までどれほどの恩恵を受け、お世話になって生活させて頂いたかが分からせて頂けます。まず私達の心が「和賀心」すなわち「和らぎよろこぶ心」にならせて頂くことを目標に信心の稽古をさせて頂きましょう。

難儀の真っ只中であろうが、病床で治療を受けている時であろうが、いついかなる時にも、「和らぎ賀こぶ心」にならせて頂けるように努力させて頂くことが、自分の心を研いてゆくこととなり、その瞬間からおかげを頂いてゆく道が開けるのです。

★『不自由を行と思い、物を不足に思わず、物を苦にせず、万事、神様を一心に頼み、万物をありがたく頂くという心を磨いておると、早くおかげが受けられるのである。』
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 06:40 | 平成28年の「み教え」