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2013年12月24日

●日々心を改め磨く

昨日は、日々信心の稽古場所として使わせて頂いておりますお広前を一年の後始末として、年末の大掃除のおかげを蒙らせて頂きました。

★生活しておりますと、知らず知らずに塵がたまってゆきます。締め切った部屋でさえ、隙間からホコリが入ります。大掃除で隅々までさせて頂きますと、普段掃除をしていても行き届いていないことが良く分からせて頂けます。金光教では掃除を洒掃と言います。洒とは器のことです。自分自身の心の器を改め磨かせて頂くつもりで、掃除をさせて頂くことを教えて頂いております。私達も、生活しておりますから心に我欲から塵が積もってゆきます。塵をほって置くと、固まって油汚れのようになかなか取れないという状態になります。ですから、日々信心の稽古によって常平生から我情我欲を取ってゆくのです。

★人の心を鈍らせるあり方、
1)我見(無心になれず、自我に執着する。自分の意志や行動を押し通そうとすること。)神様に使って頂いていると思わず、自分がしていると思ってはいけません。心を空にして、み教えを頂ける場所を開けておかねば教えが入る余地がありません。 
2)偏見(一面一辺しか見ない。多面的に物事を見ない。)様々な立場から物事を見られるように、柔軟性が必要です。 
3)邪見(よこしまな見方・考え方。ねじけ根性)。

★このお広前で汚れをお取り払い頂き、純真な心になるよう、生涯かけてご修行に励ませて頂くのです。そうして起きてきた出来事に対して、「自分自身の心を磨かせて頂くために神様から与えて頂いた出来事だ」と有難く頂いてゆくのです。日々心を改まり磨かせて頂いて、お徳の頂ける器を作らせて頂きたいと思います。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】
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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:42 | 平成25年の「み教え」