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2013年12月21日

●信念を持って…

本日は、夜7時半より二代金光四神貫之君120年祭・三代金光攝胤之君50年祭・四代金光鑑太郎君例年祭がお仕えになります。今日までおかげを頂いているお礼をしっかり申し、万分の一でもご信心を見習わせて頂きましょう。

★12月20日は、二代金光四神様のご命日です。阿倍野教会では、在籍教師であられた門田豊実先生のご命日でした。門田豊実先生は、警察署長を退職の後、企業に勤務なさり、その後昭和26年53才で阿倍野教会に入所させて頂かれ、昭和53年80歳でお国替えになられるまでの間、在籍教師として御用にお使い頂かれました。門田先生は、お若い頃神経衰弱を患われ、全く仕事も出来られない程の状態であられた所を、日参と聴教・お取次ぎを頂かれて全快なさったのでした。門田先生は、その御恩を決して忘れる事なく、お礼のご信心に励まれたのです。

★東京で警察学校に通われた時には、ご自分で日参の出来る金光教の教会を探され、近くに下宿を決めて日参なさることを、神様とお約束なさいました。日参なさっておられた教会のご事情で教会が別の場所に移転なさった時にも、再びその教会の近くに引っ越されて、日参を続けながら警察学校に通われたのでした。それ程の一心な熱烈なご信心のお徳によって、警察官となられてからは、お若い頃から異例の速さで出世なさったのです。同僚の方から、「何か大きなコネでもあるのでしょう?」と尋ねられた程であられたようですが、先生は、「はい、そうです。私には、『生神金光大神様・天地金乃神様』という大きなコネがあるのです。」と、お答えになられたということです。

そして教会入所後は、おかげを頂かれたお礼に生涯、お身体の続く限り神様の御用に励まれました。伊藤ハル刀自(二代教会長伊藤コウ師のご母堂)は昭和7年にお国替えなさいましたが、その晩年に言い残されたことがありました。「あの若いけれども熱心な門田さんは、将来教会に入所なさってご修行され、御用にお使い頂かれる方ですよ…。」そこお言葉通り20年も後に53才でご修行に入られることとなったのです。伊藤ハル刀自の将来を見通された御神徳にも感銘を受けるところです。

★『あなたはなぁ、精を出してお参りしなされや、遠方ならば大八車に徳を積んで帰りなされ、近くならば大広前へ参って井戸の水を汲むごとむ徳を受けなされや。』
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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:52 | 平成25年の「み教え」