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2022年01月23日

●万物を有難く頂く心を磨く

咳がなかなか止まらないご信者が、三代教会長・伊藤良三師の元へお届けに来られ、「この間から風邪を引きまして、お願いしても咳が止まりません。思うようにおかげを頂けないということは、私のどこかに心得違いのところがあるに違いありません。どこを改まらせて頂けばよいのか、み教えを頂けますでしょうか。」とお伺いされました。

★良三師は、「それは、大変有難い質問ですね。常平生から信心をさせて頂くという心で、続けてこられた証拠です。病気というのは、常の生活を改まるチャンス、見直すチャンスです。あなたの常の信心によって、大病を小病におまつりかえ頂いているのですよ。本当は寝込んでしまう所を、寝込むことなく、咳だけに留めて頂いているのです。まず、日常生活が出来ていることにお礼を申させて頂きましょう。天地に生かされて生きている私たちは、御礼の申しようが足りないのです。考えてみれば、天地の恩恵に対して、世の中にお礼の申し足りている人は一人もいません。どこを改まれば良いのかと言いますと、歩かせて頂いていること、お参りさせて頂けていること、夜に睡眠させて頂けていること…等々、一つ一つに丁寧にお礼を申し上げ、お茶の一杯、お水の一杯でも有難く拝んで頂く稽古をさせて頂きましょう。真に喜ばせて頂くということが、身体を清めて下さるのです。御礼の言う心が沸き上がってくれば、病気の大半は治ります。気を病むことで病気は重くなります。気を病むことから抜け出すことです。心が解放されましたら、病気は八割方は治ったようなもので、あとは回復を待つばかりです。私のような何もかも足りない自分を、神様は可愛がって下さっている、ともったいなく感じ、御礼を申して、おすがりさせて頂きましょう。」とみ教えを下さったのでした。ご信者は、み教えを有難く頂かれ、無事全快のおかげを蒙られたのです。

★『人間は食べ物でできたのであるから、物を食べなければすぐにやせる。病気になると、欲しい物が食べられないので困る。その時に、不自由を行と思い、物を不足に思わず、物を苦にせず、万事、神様を一心に頼み、万物をありがたく頂くという心を磨いておると、早くおかげが受けられるのである。信心はむつかしいことはないなあ。』
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2022年01月22日

●生き死にを通してお礼のご信心に努める 

平成9年1月18日は、69歳でお国替えされた春田数敏氏の御命日でした。

★春田氏は、筋炎という病気を患われ、21歳の時に命をなくしかけておられたところを、48年も命を延ばして頂かれたのです。21歳の4月に、藤森病院に入院され、実に10回も手術を受けられたのです。しかし、手術を10回受けても治らず、11回目の手術がうまくいかなければ、医師も手を放されるほど、差し迫った状態であられました。

★当時、同じ病院で、同じ境遇で入院なさっておられた方がありました。その方のお母さんは、子供さんが病気であるにも関わらず、実に落ち着いておられ、毎日病院に付き添いをなさっておられたのですが、同じ時間にすっと病院から出て、どこかへ行っておられたのです。春田氏のお母様は、その方と知り合いになられ、その方に「いつもどこへ行かれているのですか?」と尋ねられると、その方は「私は、金光教阿倍野教会にお参りに行って、子供の病気全快のお願いに行っているのです。」と、話を聞かして下さったのです。それから春田氏のお母様は、数敏氏が11回目の手術を受けられる7月に、その方に連れて頂いて初めて教会へ参拝なされたのです。そして、手術のことをお願いされますと、11回目の手術が無事に成功され、それから病気根切れのおかげを頂かれたのでした。

★その後、お母様と春田氏は、お命を助けて頂かれたことを大変有難く思われ、お礼のご信心を続けられたのです。春田氏は、産経新聞にお勤めになられ、新聞記者として激務をこなされたのでした。様々なところに転勤され、単独のスクープでもって表彰されるほどに活躍なさったのです。

★平成8年に春田氏は肝臓を患われ、入院されて適切に治療を受けられ、命を助けて頂かれました。その年の12月31日に、退院の御礼と、一年の御礼に教会へ参拝されました。車に乗せて頂かれ、南門からご家族に支えられながら入ってこられたところに、ちょうど私が出会わせて頂き、「今日はよくお参りなさいましたね。無事に退院出来られて有難いことですね。」と挨拶させて頂きますと、春田氏は「こうして年末を迎えさせて頂き、有難くて何が何でもと思ってお参りさせて頂きました。」と、男泣きに泣かれてお礼申されたのでした。そして、年を越して1月18日・教徒会総会の日にお国替えなさったのです。

★ご生前中に働かれたことは勿論のこと、御霊となられた後も変わらずに、毎日お広前でご祈念を込めておられ、家族・親族の事を守っておられるのです。このお道の信心は、生き通しのお徳を頂くことが出来る有難い信心なのです。
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2022年01月21日

●神様を杖につけば楽じゃ

あるご信者のご主人が、事故で亡くなられました。

★二代教会長先生に、お届けなさいますと、「まず、あなたが生き残っていることに、お礼を申しなさい。母親であられるあなたが、生き残らせて頂いたということは、神様から3人の子供を立派に育てていきなさい、という大切なお役目を与えて頂いたのです。あなたに、大切な使命があると言う事に、気が付いて、目を覚ましなさい」とみ教え下さったのでした。さらに、今後のことについて「誰にも頼らずに、神様におすがりしなさいや。親・兄弟に頼ったりせずに、3人の子供を立派に成長させなさい、一人一人がそれぞれ、立ち行くようにお願いして、あなたが、ご信心を基にして、お仕事をさせて頂きなさいよ」とみ教え下さったのでした。ご信者は、毎日お願いなさりながら、編み物の技術を磨いて、教室を開かれ、3人の子供さんを立派に育てあげられたのでした。

★人を頼りにするという生き方を選びますと、一時的に親切にして頂いて、一時的に生活を立ち行くように援助して頂いても、ずっと続いていくということにはなりません。本当に、頼りにして、おすがりさせて頂かなければならないのは、「生神金光大神様・天地金乃神様」です。どのようなことが、突発的に起こってくるか、分からない世の中でありますが、そこから新しく芽を出させて頂けるように、新しい方向へ舵取りをして、進ませて頂かねばならないのです。そのご信者は、神様を杖にして、笑顔で、前向きで、明るい心持ちで、日々を過ごしていかれましたので、辛い・苦しいことがあられたことは、周りには分からないくらい、有難いお姿であられたのです。

★それぞれに、神様から頂いている、能力や神心、徳と力を十二分に発揮させて頂けるように、おかげを頂いていくということは、実に大事なことですね。『願う氏子におかげを授ける』と仰って下さっているのですから、お願いをしっかりさせて頂き、「どうあってもおかげを頂きたい!」と、本気でみ教えを頂き、おかげを蒙らせて頂きましょう。
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2022年01月20日

●相手のことを想い、根気よく願う

 あるご婦人は、ご主人が大酒飲みで、長年苦労しておられました。

★親戚の人たちも、ご婦人が苦労してきたのを見ておられましたので、「あんたの主人の酒癖の悪さは一生直るものじゃないから、もう別れてしまいなさい」と、言われるほどだったのです。ある時、三代教会長先生に、「親戚の者たちもこのように申しますので、もう離縁しようかと考えております。先日も主人が、『お前は、教会に参ってわしが酒を止めるように願っているそうだけれども、誰がなんと言おうと酒はやめないからな!』と、言うのです・・」と、お届けなさったのでした。

★三代教会長先生は、「親戚の方達は、神様でもあるまいに、『あの人がこの先お酒を止めることはない』と言い切れるとは、どういうことでしょう?あなたは、ご主人の身体の為に、健康の為にお酒を止めてもらえるよう、お願いしていますか?『主人のお酒のせいで、苦労してきた』『主人が大酒飲みでは、生活が立ち行かない』というのは、自分中心の考えです。ご主人が暴言を吐こうとも、また、周囲から何と言われようとも、ご主人の体のことを心から想ってお願いすることが出来れば、おかげになっていきます。神様に、ご主人の愚痴不足をお聞かせしながらお願いするのではなく、自分の感情はちょっと横に置いておいて、神様にお喜び頂けるような、ご安心頂けるようなお願いをさせて頂きましょう。」と、み教えになられたのです。

★ご婦人は、根気強く願い続けられ、一生懸命にみ教えを守っていかれますと、段々とご主人のお酒の量が減っていき、自分から酒を飲まないようになられ、生活は落ち着いていかれ、立ち行くおかげを頂かれたのでした。

★何事も、一朝一夕にすぐに良くなっていくのではありません。自分の力で、相手を助けることも変えることもできません。また、自分自身も、自分のお願いの中身も変わり、すぐに改まれるわけでもないのです。根気よく神様に「相手が助かり、立ち行きますように。どうぞ私が改まらせて頂けますように」と、相手の立ち行きを先にお願いし、相手が助かるために自分はどのように改まってゆけばよいかを、み教えを頂いて考えさせて頂く必要があるのです。相手が立ち行くことこそ、自身も立ち行くおかげが頂けるのです。それぞれに、神様から信心の材料を与えて頂く機会があります。そうした時に、全体の助かり、相手の助かりを先ずお願いさせて頂きましょう。
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2022年01月19日

●人の助かりを祈る心を中心に

 昨日は、教徒会総会にて門田氏のおかげ話を聴かせて頂きました。★門田氏は、阿倍野教会在籍教師として御用なさっておられた、門田豊實師、門田登子師のご子息で、幼少の頃から、ご両親が一心に御用にお使い頂かれるお姿を見て成長なさいました。

★門田豊實師は、高知県の出身で、第一次世界大戦後に、警察官として大阪に出て来られましたが、生活環境の変化に加えて、ご家族を亡くされることが続かれ、心身共に病んでしまわれました。そんな時に、近所の方から阿倍野教会にお導き頂いて、初代教会長先生のお取次を頂かれ、言いようのない明るさと安心を頂かれたのでした。そして、その一週間後に巡査部長の昇格試験を受けられ、受験者20名の内、合格者1名という難関を、見事合格のおかげを頂かれたのでしたが、この時、初代教会長先生より頂かれた、「このおかげを忘れたらあきませんなぁ…」とのみ教えを、生涯守り通され、後には教会に入所なさって、御礼の御用に一心にお使い頂かれたのでした。

★また、門田登子師は、御晩年は末期の癌を患われて、寝たきりのまま自宅療養なさっておられましたが、それでも、ベットの周りに電話と婦人会の書類を積み上げられ、周囲の方々が逆に元気をもらうほどの気迫で、婦人会の御用に心血を注いでおられたそうです。

★門田氏は、病理医として勤務なさっておられますが、ご両親のお祈り、金光様、歴代教会長先生のお祈りのおかげで、難しい所も通らせて頂くことが出来、心中御祈念させて頂きながら、患者さんの助かりを一心にお願いなさると、必ずおかげを頂くことが出来ると実感なさっておられます。ご両親共に、神様の御用中心、人様の助かりと立ち行きを願うことを中心に据えられることで、ご自身の上にも、ご家族、ご親族の上にも、代を重ねて結構なおかげを頂いておられますことは、真に尊いことだと思わせて頂きます。

★『神信心しておかげを受けて、難儀な人を助ける身にならせてもらうがよい。神心となって、受けたおかげを人に話して真の道を伝えるのが、神へのお礼である。それが神のお喜びとなる。信心するといっても、これまではみな神様を使うばかりで、神様に使われることを知らない。天地金乃神様は人を使わしめになさる。神様に使われることを楽しみに信心せよ』

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2022年01月18日

●命があって結構なことやなあ!

27年前の平成7年1月17日に阪神淡路大震災が起こりました。

★お広前の朝御祈念の始まる直前で、下からドンッと突き上げられるような衝撃があり、目の前の大八足が揺れていますのに、自分の体を支えることが精一杯で、揺れを抑えに行くことが出来ない状態でした。その後に阪神高速の神戸線が倒壊してしまった光景や、あちらこちらで火災が発生しているというニュースを見させて頂き、大きな衝撃を受けました。多くの方々が亡くなられたり、被災なさった多くの方々が、避難所での不便な生活を余儀なくされ、ご苦労が多々あられたことです。

★震災発生直後の1月19日、兵庫県のお教会に物資を届けさせて頂く為に、西宮北口を降りて歩かせて頂きましたら、大変な被害であることが実感できました。芦屋まで歩く為に道を選んで移動しておりますと、前方からこちらへ向かって歩いて来られる70代のご夫婦が、「戦争の時は大変やった。爆弾は落ちてくるし、食糧はないし、大変な思いをした。でも今は、ちょっと離れたところに行くと食料は調達出来るし、爆弾は落ちてこないし、有難いことや。壊れた物もあるけど、また建て直したらよい。こうして命があって結構なことやなあ!」と話しておられるお姿を拝ませて頂きました。その会話を聞かせて頂いて、「本当にその通りだ。大変な災害だと思えてしまう状況であっても、戦争を体験なさった方からすれば、平和の中の被災であり、皆が助け合うことが出来ることは有難いことなのだなあ。」と大変感銘を受けました。

★『天地のことをあれやこれやと言う人がありますが、人では天地のことはわかりませぬ。天地のことが人でわかれば、潮の満ち干がとまりましょう。』『天地の神様は氏子の親神である。かわいいわが子を、どうして難儀に遭わせなさるであろうか。わが子をもって合点するがよい。常平生、神様に取りすがっていれば、神様と心安くならせてもらっているも同然である。無理も聞いていただける。大難は小難にまつりかえてくださり、小難は無難にお取り払いくださる』

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2022年01月17日

●目に見える貯金と目に見えない貯金

 二代教会長伊藤コウ師のご在世中の事です。

★ある家に高校生のお姉さんと、中学生に上がられる弟さんの姉弟がおられました。ある時、お姉さんが弟さんの貯金を見て、自分より多いことを知り、不公平だとご両親に訴えられたのです。そこで、ご両親はコウ師にお届けをなさいますと、コウ師は、「お姉さんにお話ししてあげて下さい。目の前の貯金が少ないけれども、心配はいりませんよ。貯金には、二通りあるんですよ。それは、目に見える貯金と目に見えない貯金です。目に見える貯金は、いわゆる郵便局や銀行などに預けているようなお金のことです。目に見えない貯金とは、神様から頂くお徳の貯金のことです。あなたが家のために一生懸命に働き、心配りをさせて頂いていることは、お徳の貯金として貯まっているのです。ですから、もっと家のために実意丁寧に働かせて頂きましょう。やがて、時節を頂きましたら、有難いことが分からせて頂けるる時が必ず来ます。肉眼をおいて、心眼を開かせて頂きましょう。」と仰せになられたのでした。

★お姉さんは、み教えを頂かれ、より一層に家のために炊事洗濯を手伝われ、さらに学校の休みの日には、割烹着を着て、お父様の職場へ行き、家業も手伝われたのです。弟さんは、小学校の頃からお父様の跡継ぎをさせて頂きたいと願われ、家業を手伝っておられたのです。そうして、家族が神様中心の生活となり、心を一つにして、陰日向なく、一生懸命に実意丁寧に働かせて頂けるようになられ、月々売上向上の繁昌のおかげを頂かれたのでした。

★坂村真民氏の詩の中にある一文です。
『尊いのは足の裏である』坂村真民
尊いのは 頭でなく 手でなく 足の裏である
一生人に知られず 一生きたない処と接し 黙々として その努めを果たしてゆく 
足の裏が教えるもの しんみんよ 足の裏的な仕事をし 足の裏的な人間になれ
頭から光が出る まだまだ駄目だ 顔から光が出る まだまだいかん 足の裏から光が出る そのような方こそえらい人である・・・

★大切なことは、「目に見えないところ」にあるということが分かりますね。心の眼を開き、陰日向なく、実意丁寧な生き方をして、ご神徳が頂ける働きをさせて頂きましょう。

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2022年01月16日

●重責も与えて下さい、私に世話をさせて下さい

二代教会長伊藤コウ師は、ご母堂であられる伊藤ハル氏のことを「継母かと思うほど厳しいお母さんであった」と述懐されるほど、小さい頃より、大変厳しい養育を受けられました。

★コウ師が末っ子で一緒に過ごす時間が短いので、教えることを精一杯教えて早くから一人前になれるようにとの思いがあられたのです。ですから、コウ師が小学校一年生の時には、ハル氏に「これから小学校へ行く支度は、自分一人でさせて頂きますので、お母さんはゆっくりと休んでいてください。」と仰って、一人で朝起きられ、ご自分でカンチキで火を起こして湯を沸かし、かまどでご飯を炊き、弁当をつめて学校に通っておられたということです。また、学校の勉強もハル氏に頼られることなく、分からないことは学校の先生に聞かれて、勉強に励まれたのです。そうして、小さい頃から、親に依存せずに、自立心を養われ、生き抜いていく力を身につけてゆかれたのです。

★しかし、コウ師も考え違いをされることがあられたのです。コウ師は、ハル氏のお世話をさせて頂くことに対して、2人のお姉様方にもお世話をして頂きたいと思い、お姉様に「いつも私がお世話をさせて頂いていますので、一年を4か月ずつ分けてお世話させて頂きませんか?」と相談されました。すると、お姉様は「あなたは親の心が分かりませんか?あなたと一緒に過ごす時間が短いので、付きに付いて教えて下さって一人前になって欲しいと願って下されているのですよ。」と仰ったのです。その言葉にハッと気付かされ、「私が間違っておりました。どうあっても親孝行がさせて頂けますように。親のお世話と姉のお世話が最期までさせて頂けますように。また、難しい御修行は、家族の代表として、私が引き受けてさせて頂けますように。」と神様にお詫びなさって、改まってゆかれたのでした。

★楽を望んでいては、決してお徳を頂くことはできません。コウ師は、常々[お徳を頂くには、神様に「責任を持てる人間にならせてください。」と、自ら真剣にお願いさせて頂くことです。]と仰せになっておられました。「楽は望まぬ、苦労は覚悟」という心持ちで、神様の氏子としての成長を願い、お徳を頂ける人間に成長させて頂きましょう。
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2022年01月15日

●神様のお声を聴かせて頂く

 お取次を頂く時に、「神様のお声を聴かせて頂く」「神様にお聞き頂く」という心持ちで、日々お取次を頂きましたら、どれほど自分自身がおかげを頂いていくでしょうか。お結界には「ここに金光様がおられる」と思って、金光様を拝ませて頂くつもりで、お取次ぎを頂くことが大切です。有難い事に、お取次頂いているその内容は、すべて生神金光大神様が、天地金乃神様にお取次下さり、必要なみ教えをお下げ下さるのです。

★天地金乃神様の御神徳は、天地全体に満ち満ちています。天地の親神様は、いつどのようにして、私達にみ教えを下さるのでしょうか?時によって、様々な形で表れてくるのですが、いつでもどこでも、神様のお声が聞かせて頂けるように、心の耳を開かせて頂き、心の眼を開かせてもらう、そういう心構えで信心の稽古をさせて頂くのです。

★『天地の親神は人の口を借りて教えてくださる。信心している者は、子守りの歌もあだに聞いてはならない』『信心は手厚くせよ。うちで信心いたしておると言うのは、信心の抜けはじめである。手厚く信心をする者は夢でもうかつに見るな。神は、夢にでも良し悪しを教えてくださる』

★私達が、様々な物を見て、聞いて、そして天地の全体のお姿を、拝ませて頂きながら、その中に、神様のみ教えを頂くのです。そのように、おかげを頂いていく為の生き方を教えて頂くのが、お取次を頂くということです。また、『わが身は神徳の中に生かされてあり』とみ教え頂いておりますように、毎日、御神徳の中に生活をさせて頂き、御神徳の中に家業をさせてもらい、御神徳に満ちた世界に、置いて頂いているのです。そのことが良く分からせて頂くように、ご信心が段々と進んでいきますと、何時でも何処でも、神様のお声を聞かせて頂いて、神様のお姿を拝ませて頂くことが、出来るようになっていくのです。

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2022年01月14日

●自ら決めたご修行

以前、工学博士のご信者様がこのようにお話し下さいました。

★[私は会社で仕事をさせて頂いている最中に、部下から手伝ってほしいと申し出があった時には「あなたが持って来て下さった仕事なら、私は喜んでさせてもらいます」と先ずは引き受けて、断らずにさせて頂きます。なぜなら、そこに必ず将来の仕事のヒントがあるからです。通常ならば、自分の研究もあるので、「あなたの仕事はあなたがしなさい」と言ってしまいがちです。しかし、ご信心を続けさせて頂き、み教えを聴かせて頂いて、だんだんと気付かせて頂いたことは、「出来てきた事は全て、現在最高の事。一番有難い事を神様が与えて下さっている」ということです。だから、たとえ部下から頼まれた仕事であっても、難問に全力で取り組ませて頂きます。すると、その出来事が後々になって、他の仕事と結びついていくのです。そのことに気づかせて頂いたので、職場では、日々「どんな仕事も有難くさせて頂く稽古」をさせて頂いております。職場での稽古を十分にさせて頂こうと思ったら、家でも稽古をする必要があります。仕事を家に持ち帰ってさせて頂いております時に、妻から用事を頼まれた時には、先にそちらを優先してさせて頂くように心がけています。一番甘えが出やすい家庭において、自分がご修行させて頂くつもりで、稽古をさせて頂きますと、職場でもすぐに対応させて頂けるようにならせて頂いております。]

★神様とお約束をして、自らご修行と決めたことを実践するときには、ストレスは無いことでしょう。ところが、自分は休むと決めているところに、あれこれと用事を頼まれると、過度のストレスを感じてしまうものです。これは、自分で自分の身体を痛めるのと同じことなのです。目の前の人を目当てにするのではなく、神様を目当てにさせて頂くことで、心身を健康に保たせて頂くことが出来、さらに進んでいくと、喜びに満ちて生活させて頂けるようになってきます。寒修行信行期間中、ご修行を決めて実践させて頂き、心を改めて参りましょう。

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2022年01月13日

●人も我が身も助かる道

先日、あるご信者がお結界にお届けに来られ、「私の友人に娘さんがおられるのですが、娘さんがご病気を患っておられ、なかなか治らず、大変苦労なさっておられます。どうぞ友人をお導きさせて頂けますように。…」とお願いされました。

★その時に、「親切・丁寧にさせて頂きましょう。あなたがお導きするのではありませんよ。神様の御用にお使い頂くのです。自分がお導きすると思いますと、そこに我情我欲が出てしまい、正しいお導きにはなっていきません。神様にお願いをすれば、神様がお導きの時節を与えて下さいます。」とお話しさせて頂いたことでした。

★ご信者は、頂かれたみ教え通りに、神様にお願いしながら、親切・丁寧に声をかけておられますと、先日そのご友人から「あなたのお話しを聞かせて頂いてると、奇跡的なおかげをたくさん頂いていますね。私もそのようになりたいので、教会へ連れて参ってくれませんか。」と言って頂かれたそうです。そうして、有難いことにこの信行期間中に、「二人の都合のつく日にお参りさせて頂こう」と話し合い、心が決まられたのでした。

★ご信心を基にして、一つ一つおかげにさせて頂けるように取り組ませて頂きましたら、自分自身が病気を通して、家庭の問題、あるいは仕事上の問題を通して、様々な問題を通して経験させて頂くことは、自分のみならず、周囲の方々が助かっていかれるお手伝いをさせて頂けるように、新しい自分を練りだしていけるのです。自分が導くという心でお導きしますと、いつしか我情我欲が出てきて、正しいお導きになっていきません。「あの方に助かって頂きたいので、どうぞ御用にお使い頂けますように…」と神様にお願いさせて頂き、親切・丁寧にさせて頂きますと、神様が機会を与えて下さいます。

★『此方のことを、神、神と言うが、此方ばかりではない。ここに参っておる人々がみな、神の氏子じゃ。生神とは、ここに神が生まれるということで、此方がおかげの受けはじめである。みなもそのとおりにおかげが受けられるぞ』『人は此方のことを生神であると言うが、此方でも、あなた方と同じ生身の人間である。信心しておかげを受けているまでのことである。あなたも、神様の仰せどおり真一心に神信心しておかげを受け、人を助けて神にならせてもらうがよい』
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2022年01月12日

●ゆるぎない、強く確かな生き方

昭和27年1月11日の月例祭の日のことです。あるご信者がご主人に「今日は阿倍野教会の月例祭ですので、月例祭にお参りして頂けますか?」とお願いなされました。するとご主人は「今日は、戎さんに残り福をもらいに行く。金光様の月例祭は毎月あるが、戎さんは1年に1回だから、今日は戎さんに行く。」と言われ、一番良い着物を身につけて今宮戎神社まで行かれたのでした。

★そして帰る途中、いつもとは違う遠くの銭湯へ寄られました。脱衣所で着物を脱いで、貴重品を番台で預けることなく、着物と一緒に全て脱衣所へ置いたままお風呂へ入られました。お風呂から出ると、なんと貴重品だけでなく、着物から下着まで全て盗まれていたのでした。ご主人は、「えべっさんで福をもらいに行ったのに、服を盗られた!」と立腹なさったのですが、そこで気付かれ、早速改まられました。それからは、月例祭には、どんなことがあっても欠かすことなく参拝し、商売の品物のお初穂を、必ず月例祭にお供えされることを心に決められ、より一層実意丁寧に信心生活に励まれたのでした。その後も、変わることなき信心のお徳の積み重ねにより、現在も息子さんやお孫さんが家業と信心相続のおかげを頂かれ、繁盛させて頂いておられます。

★当初、ご親戚に借りておられたお金を返済するために、小さな間口から始められ、仕入れたものは全て売り切れるだけの仕入れをするなど、分相応に手に合ったところでの商売を続けられました。また、現金での支払いができませんと、商売が出来なくなる規則ですので、資金ショートを起こさないように日々四苦八苦され、お湿りの日や、晴天の日には何を仕入れたら良いか一生懸命お願いし、日々ご都合お繰り合わせを付けて頂かれました。常に神様に真・真心を向けてゆかれましたので、結構に家庭の上にもお商売の上にもご庇礼を頂かれたのです。長年繁盛のおかげを頂いておられるお姿を拝ませて頂きますと、神様がずっとお守り下さっておられるのだなあと、実感させて頂きます。

★『神の綱が切れたというが、神は切らぬ。氏子から切るな』二代教会長・伊藤コウ師は「神の綱とは一体どの様な綱でしょうか?ロープのようなものでしょうか。それとも鎖のようなものでしょうか。皆さんはどの様なものだと思われますか。」とお尋ねになられました。そしてコウ師は、「神の綱とは、日参と聴教そして、神様から銘々に頂いたみ教えを、どこまでも守らせて頂くことです。」と教えて下さいました。毎日毎日の積み重ねが、ゆるぎないものを作らせて頂け、さらに何か事が起こって来たときには、正しい方を選ばせて頂けるような、強く確かな生き方を進めさせて頂きましょう。
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2022年01月11日

●出来事に込められた神様の思し召し

 先日は、御本部年賀参拝を団体参拝でさせて頂き、暖かい日が差す有難いお天気のもと、共々に御礼参拝のおかげを蒙りました。

★また、年賀参拝に合わせて、御本部で成人式を挙行させて頂き、阿倍野教会の新成人14名のご信者が参加され、有難いことでございました。とりわけ今年は、「阿倍野教会の開教100年」という有難い節の年を迎えさせて頂いた御礼を申し上げ、共々に一層の信心向上を願わせて頂いたことです。

★先日の御本部御礼参拝の折にも、金光英子先生に、年始のご挨拶をさせて頂きました。その際、金光英子先生より、「節の年というものは、様々な出来事が起こってくるものです。私もこれまでに、病気であったり、何度か節となる出来事を通らせて頂きました。病気の時には、お医者様も驚かれるほどのおかげを頂きました。出来事が起きてきた時には、その受け方が、大切になってきます。何か事が起こった時に、受け方を間違わない様にさせて頂きたいものです。有難く受けさせて頂けば、その出来事が有難いおかげとならせて頂けます。」との、大変有難いみ教えを頂きました。

★二代教会長・伊藤コウ師は、「与えて頂いた出来事には、神様からのお手紙がついています」と、み教え下さっておられます。何か事が起きてきた時には、神様からのお手紙には何と書いて下さっているのかを分からせて頂けるよう、お礼を申し上げながら取り組ませて頂き、一歩一歩、本物のご信心に進ませて頂けるよう、おかげを頂きたいと思います。

★『だれでも、不幸災難に遭うて困りきっておる時に助けてもろうたのは、このご恩、このおかげを一生忘れられるものかと言うが、日に日に授かっておるおかげは、案外みんな知らずにおる。神様のおかげは、生きておるから死んだからじゃないぞ。いつも受け通しぞ。』

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2022年01月10日

●神様がつきについてお守り頂く生活

8日に、みかげ会例会が開催され、西山氏より有難いおかげ話を聞かせて頂きました。

★西山氏は、平成23年の御本部御大祭参拝で、ご祭典が始まってすぐに、意識を失って床に倒れてしまわれました。しかし、すぐに意識を回復され、病院で検査を受けられましたが、脳にも心臓にもどこにも異常は見つかりませんでした。教会長先生より「御本部で起きたことは、全ておかげです」とみ教えを頂かれた通り、御本部御大祭の御庇礼によって、怪我もなく後遺症も残らず、大難を無難におまつりかえ頂かれたのでした。

そして、その出来事を通して「いつ何が起こるか分からない!」という事を実感され、長年先延ばしになっていた、高知県土佐市の西山家のお墓に納められていたお骨を、教会の納骨殿に納めさせて頂くことを決意されたのでした。最終の墓前祭、納骨式や手続き等全てにおいて、万事にご都合お繰り合わせ頂かれ、子供や孫も皆そろって賑やかに、ご先祖、御霊様方を教会の納骨殿に納骨して頂かれ、丁寧にお祀りさせて頂かれました。まさに、御本部御大祭での出来事がおかげとなり、有難い方向へと導いて頂かれたのです。

★西山氏は[三代教会長先生が「常に無事と言うことは、何事もなかったということだけでなく、色々な事柄がある中を、何事もなかったかのように、お繰り合わせ頂くことです」とみ教え下さっています。入信以来を振り返ってみますと、知らず知らずのうちに、どれほど、このようなおかげを、頂いてきたかと思います]

[日常生活で、様々起こってくる問題を、お取次頂くことにより、正しい方向付けと、日参・聴教・朝参りを継続させて頂いて、出来てくること、皆おかげにお繰り合わせを頂いております。この有難いご信心を子供達・孫たち一人一人に伝えさせて頂けますよう、お礼のご信心に励ませて頂きたいと願っております]とお話し下さいました。

★「信心させて頂く心になりなさい」と教えて頂いております。私達がご神縁に繋がって、神様の願いがかかっているということを自覚させて頂き、全てにお願いして、心中御祈念させて頂くことが出来ましたら、神様が全ての事に、つきについて、お守り下さるおかげを頂けるのです。
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2022年01月08日

●欲にとらわれない稽古

二代金光四神様は、ある時一人の信者に『人は欲しい、惜しい、憎い、可愛いという事を離れさえすれば楽じゃ』と仰せられました。さらにその信者は、「我が子と他人の子と遊んでいる時に、二人同時に転げたら、どちらを先に起こせばよろしいでしょうか」と尋ねました。すると二代金光四神様は、『それは他人の子を先にせよ』とお答えになりました。「それでは余りにも、我が子に情愛が薄うはございませんか」と申し上げると、『いやそれで情愛が厚いのじゃ、その心になれば我が子は神様が起こして下さる』とお諭し下されました。

★『人は欲しい、惜しい、憎い、可愛いという事を離れさえすれば楽じゃ。』
1)欲しい:貪欲。金銭欲、名誉欲、権勢欲、自己顕示欲にふけること。
2)惜しい:惜しみがかかること。恩着せがましいこと。
3)憎い:人を憎んだり恨んだりすること。
4)可愛い:子供や孫を溺愛すること。

★人間には食欲、睡眠欲など、生きていく上で必要不可欠な欲があります。しかし、欲どおしく欲しがる・惜しみがかかる・憎い・溺愛するというような我情我欲・利欲打算という心も、また皆が持ち合わせています。そして、欲に囚われて物を欲どおしく欲しがったり、恨んだり、憎んだりと、欲が過ぎますと、身を滅ぼすこととなってしまうのです。そうならない為に、み教えを頂き、常にお取次ぎを頂き直して、自分自身が心の中身を見つめ直していくことが大切です。常に、心を神様に向かわせて頂けるように、稽古をさせて頂きたいものですね。
★『人心を去りて神心になれ、人心を持って神心を失うなかれ』
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2022年01月07日

●実意丁寧・真心込めたご信心

 昨日は、昭和45年に81歳でお国替えされました、伊藤スエ大刀自霊神(二代教会長伊藤コウ師のお姉様)の御命日で、お広前で52年廻れる例年祭を仕えさせて頂きました。

★スエ氏は阿倍野教会創設の頃には、上のお姉様のカツ氏と一緒に、一信者として教会のために熱心に信心されました。そして、陰の御用に励まれ、ご自身のことは徹底して質素倹約されて、旧広前の150坪の御土地をお供えされたのでした。

★このお土地は、地主さんがもっている大きな土地の一部分で、晴明通りに面した一番良い条件の所にあって、地主さんは「切り売りはしない」という方針の方でありました。しかし、スエ氏の真心に対して報いさせて頂こうと、コウ師は「何としてでも成就させて頂けますように」と、日々、夜中にそのお土地の前で座られ、神様に大祓詞を唱えてお願いされたのでした。その熱い願いが神様に届き、地主さんは数人の知り合いに相談なさったところ、皆が「教会のご用地に使って頂くというが、こんな結構なことはない。」と仰り、遂に売ることを決心して頂けることになったのでした。後に、コウ師はその続きのお土地もすべて購入のおかげを頂かれたのです。

★コウ師はスエ氏の真心に対し「倍にして御礼のお返しをしたい。」と願われ、スエ氏の住居(新宅)お家を建てられ、住んで頂くことになられたのです。姉妹は信心を基にして、互いに真心で尽くし合いをなさったのです。家族みなが心を揃えて、それぞれの立場で一生懸命に御用され、力を合わされたからこそ、阿倍野教会の礎が築かれたのでした。

★実意をもって、どこまでも神様に心を向け、一心に貫かせて頂くその願いは神様に必ず通じてゆくのです。真心が集まってご建築が完成されました旧広前は、建築より95年を迎える現在も大切に使わせて頂いております。そのようなご信心を、私達もしっかり見習わせて頂きたいと思います。

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2022年01月06日

●表行よりも心行をせよ

教祖様は、『表行よりも心行をせよ』と仰せになっておられます。このお道の信心は「○○を食べてはいけません」等の戒律もなければ、山にこもったり、寒中に水垢離をとったり、滝に打たれて修行をするといった、特別な難行苦行の『表行』より、家業を通して日々ご修行させて頂く『心行』をせよと、仰せになっておられるのです。

★日々の生活の営みの中で、誰もがしながらも、誰もが疎かにしているようなことを、実意丁寧にさせて頂くことを心掛けるのです。四代金光様は『実意を込めてすべてを大切に』とみ教え下さっていますように、食事の頂き方、お金の使い方、物の扱い方…すべてに心を込めて行き届いたことにならせて頂くことが、お道のご信心であると仰って頂いているのです。

★また、家計に於ても3年の貯えが出来るように、常から出来るだけミニマムな生活をさせて頂いて、どんなことが起きてきても、それに耐えうるだけの貯えをさせて頂きなさい、と教えて下さっています。農業でも、豊作の年もあれば、不作の年もあります。豊作の年に合わせた生活をしていれば、不作の年は苦労します。しかし、どんな時も不作の年に合わせた生活をしていれば、楽々と過ごせますね。

★『世の中に表行はだんだんする人があります。寒行して拝んで歩行しておる人もあるが、心行というて、人を不足に思わず、物事に不自由を行とし、家業を働き、身分相応を過ごさぬよう倹約をし、だれにも言わずに行えば、これ心行なり』

★開教百年記念の年、寒修行・信行期間の願い
1.天地の大恩を悟り、喜びにみちみちて家業の行につとめ、世のお役に立つ信心をさせて頂くこと。
2.ひときわ心をこめて、日参と聴教に励み、特に月例祭、及び各会例会には家内中勢を揃えて参拝させて頂くこと。
3.開教百年記念の年に当たり、御取次を頂いて、各自お願いを立て直し、おみちびきと信心相続の実現を願うこと。
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2022年01月05日

●お恵みの中に生かされている毎日

 『百姓が、春の末、綿の種を田畑に植えつけ、夏作り、秋綿がふき。種と綿は分け、この綿を種々様々に使用し、寒さの時は格別に綿をもって用意いたし、人間、不自由をせんようにする。水を使うには、おけ屋が調えた道具を用い、食べ物を煮るには鍋釜を用いる。この鍋釜は、鋳物屋が調え、その他、人間が食い飲みする道具あまたあり。また夏のかやを用意するのも、夜安楽に寝て、昼働くためである。畳の上に寝起きしておるが、畳の藁や藺の生長したもとを考えてみよ。百姓は藁や藺をはじめいろいろ作りおるから、人間の力ばかりでなく、四季を天地の神様がお守りくだされてあることはわかりましょう。』

★ある方が信心の先輩に「信心させて頂いたら、どうなるのですか?」と聞かれたところ、赤い郵便ポストを指されて「あの郵便ポストに御礼を申す事が出来るようになります」と言われたそうです。最初は意味を理解出来なかったご信者も、み教えを頂いておりますと、郵便ポストを拝むと言うのは、ポストの存在を拝むというだけのことではない、と分からせて頂けたのです。

★郵便物を投函させて頂きましたら、集荷して下さり全国各地さらには海外にまで、安い金額で短期間で相手のところに届けて頂けますね。それは、どれほど多くの人様の手をお借りして出来ていることであるか、ということに気付かせて頂くということです。そうしますと自然とお礼を言えるようになり、制度や人の働きにお礼を申し、拝ませて頂けるようになるのです。

★私達は、家族や友人知人との繋がりだけではなく、会ったこともない多くの人々の有形無形の働きのお世話になって、生活をさせて頂いております。更には、人の働きは全て、水や空気、木材や鉱物などの天地のお恵みを頂き、利用させて頂いて成り立つものですから、この天地は、「神様のおかげに溢れている」ことが分からせて頂けます。

★日々、金光大神様のお取次を頂き、み教えを頂きながら、毎日頂き続けているおかげをしっかり自覚させて頂き、御礼の心に満ち満ちて生活させて頂きたいと思います。
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2022年01月04日

●日々心中ご祈念する稽古を積み重ねる 

正月三が日、夫々のご家庭でおせち料理を頂かれたことと思います。様々なご馳走を用意して、健康の上におかげを頂き、円満で繁盛するようにご祈念を込めさせて頂き、お願いしながらおせち料理を頂きますね。

★その折に、もうここでよいと思った時が、神様のご分霊がお知らせ下さる時ですが、「もう一杯飲もう、もう一口頂こう。」と思うのは、「我飲み、我食いである」と教えて頂いております。そのことによって、体の調子を崩してしまう因を作ってしまうのです。私も、以前から腹八分目を心掛けておりますが、近頃は腹七分目になるように、あまり食べすぎないように考えております。しかし、もう少し食べたいという気が起こらないとも限りません。そこを、常から心中ご祈念させて頂いておりましたら、神様が仰って頂いているところを、すぐ素直に有難うございますと、守らせて頂くことが出来るのです。あとは胃腸の働きや、各臓器の良い様に、体の丈夫をお願いさせて頂く毎日です。

★以前に私は、膵炎を患ったことがありました。慢性膵炎と診断され、常に痛んでおりました。味の濃いものを頂いても痛みますし、甘いもの、脂っこいものを頂いても痛んでおりました。コーヒーには油分が入っておりますので、その油分に反応して痛みますから、コーヒーも頂けませんでした。ですから、お茶や紅茶、お白湯やおかゆしか頂けなかった時期がありました。その時に、膵臓の働きというものは、実に大切な役割を果たして下さっているのだなあ、と改めて痛感させて頂きました。現在は、全く痛むこともなく、何でもおいしく頂くことが出来ております。

★先日も、ご祈念を込めて作って頂いたおせち料理やお雑煮を、痛まずに頂くことが出来るというのは、本当に有難いことだと、手を合わせて有難く拝んで頂きました。しかし、それも程々にしなければ、また痛みでもって神様からお知らせを頂くことがあります。これは私の体に神様からお知らせを下さっているのです。そのお知らせを無視して、食べたいだけ食べておりますと、たちまち体全体の調子が狂ってくるのです。

★私達はご祈念しながら食事を頂き、日々の生活を営み、自動車や自転車に乗ります。また、心中ご祈念しながら仕事をさせて頂きます。いざという時や、どうするすべもない時に常の信心が表れてくるのです。真剣にお願いし、真剣にお取次ぎを頂き、真剣にみ教えを頂く稽古が出来ておりませんと、間違った方向に進み、取り返しのつかないことになります。常に心中ご祈念の積み重ねを心掛けておりましたら、全てに間に合うようにおかげを頂くことが出来るのです。
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2022年01月03日

●あいよかけよで助かる世界

教祖様は、天地金乃神様から度々お知らせを頂いておられ、それらを書き残しておられますが、元治元年のお正月に頂かれたお知らせの中に、『金光大神の取次で、神も立ち行き、氏子も立ち行き。氏子あっての神、神あっての氏子、子供のことは親が頼み、親のことは子が頼み、天地(あめつち)のごとし、あいよかけよで頼み合いいたし。』という一節があります。

★これは、このお道のご信心に於いて、大変大切なご内容だと思います。氏子から言えば「神様あっての氏子」でありますが、神様は「氏子あっての神」と仰って下さるのです。親子といえども、親が子供のことを願い、与えるばかりの関係ではなく、子供も親のことを思い、あいよかけよで願い合い、立て合うことが、有り難い関係を築き、真のおかげを頂く世界が開けてゆくことを教えて頂いているのです。

★家族の間でも「あなたがいて下さって、私があります」と、お互いに「あいよかけよ」で立て合う事が大切です。しかし、み教えが抜けてしまいますと、だんだんと夫婦や親子の間で、足りないところが目についてしまい、相手にばかり改まりを求めてしまうことがあります。『実意を持って願え』とみ教えを頂いておりますが、「相手が改まりますように」とだけ願っているのは、実意を持って願っている姿とは言えませんね。

★近江の聖人、中江藤樹の教えに、次のような有難いものを残して頂いております。
「五事を正す」
貌(ぼう)・・・和やかな顔つきで人と接する
言(げん)・・・温かく思いやりのある言葉で話しかける
視(し)・・・澄んだ目で物事の本質を見る
聴(ちょう)・・・相手の話に耳を傾けてよく聴く
思(し)・・・真心をこめて相手のことを思う

★「五事を正す」ことを心がけさせて頂くということは、私達が日常生活の上で、ご信心の稽古をさせて頂く事にも通じます。自分自身の心の改まりを願い、より一層磨きをかけてゆくことこそが、実意を持って願うことであり、互いにあいよかけよで立ち行く事になるのです。

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2022年01月02日

●素直・純真・本気で

『信心のはじめを忘れなよ』『真一心の信心をたてぬけ』と、本年のカレンダーの表紙に、記させて頂きました。まず、何を大切にさせて頂くのか。【素直】【純真】【本気】ということを、信心の目標と掲げさせて頂こうと、思わせて頂いております。

★素直とは、言われたことを、仕方なしに、そのまま聞いておきますという、操り人形のようなことではありません。三代教会長先生は「本当にその通りだ、有難い!と感じて、自分自身が、自発的に、み教え頂いたことを進めさせて頂く姿が、本当の素直さということですよ。それは信心の聡明さというものがなければ、なかなか身に付くものではありません」と教えて下さいました。

★純真とは、【邪心がない】ということです。不平不足、わがまま気まま、貪欲、怒り、愚痴不足、慢心、不成心、我情我欲等を、お取り払い頂く稽古をさせて頂きましたら、純真に近づいていくのです。「私には到底できない・・・」ではなく、「何が何でも!」という心で、求め求めさせて頂いておかげを頂いていくご信心を共々にさせて頂きたいと思わせて頂きます。

★本気とは、「どうあっても本物にならせて頂きたい!」とお願いをさせて頂いて、それぞれの家業に、精励させて頂くこと、家庭を良い方向へ導いていくこと、正しく日々の生活を営ませて頂くことを、職場や家庭や社会においても、本気で打ちこんでさせて頂くことです。

★自分の現在の姿が、百点にはなってなくても、毎日の生活で、行き届いたことがなかなか出来てないことがあっても、神様は決して見放しはなされません。どこまでも、氏子可愛いと、思し召し下さって、助かることを願って下さる、有難い神様の、ご慈愛の中に、私達は包まれているのです。「どうあっても、ここから、一歩でも二歩でも、進ませて頂きたい!」とお願いさせて頂いて、お取次ぎを頂いて、足らないところは足して頂いたらよろしいのです。そうしておかげを頂いていけるのが、この道のご信心です。

★『疑いを放れて 広き真の大道を開き見よ わが身は神徳の中に生かされてあり』『おかげは和賀心の中にあり』
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2022年01月01日

●令和4年をお迎えして

新年おめでとうございます。今朝は、元日祭をお仕え申し上げ、昨年一年間、万事万端にご都合お繰り合わせを頂きまして、大難を小難に、小難を無難に、また大病を小病に、小病を無病におまつり替え頂き、新たな年を迎えさせて頂くことが出来ましたことを、共々に神様にお礼を申しあげました。更に、本年も心身共に健康で、無事安心に生活され、万事に亘って一層の大みかげを蒙られますように、また感染された方々の助かりと立ち行き、亡くなられた方々の霊様の助かりと、感染拡大の終息、世界中の今後の立ち行きをご祈念させて頂きました。

★『教祖さまは、「昨日を忘れ、今日を喜び、明日を楽しめ」と仰っしゃったが、過ぎたことはどうにもならぬ。今月今日の信心に油断をせぬよう、明日を楽しんで、日に日に生きた信心をせよ』(二代金光様)

★昨年を振り返らせて頂きますと、「あれもおかげであった、これもおかげであった。」というように、おかげの連続で、一日一日有難い生活を送らせて頂いた、ということに気付かせて頂きますね。

★尋求教語録には、「日は年月のはじめじゃによって、その日その日のおかげを受けたら、何十年、何百年も立ち行こうが。」と残して下さっています。「今日一日。今日一日。とおかげを頂く」ということは、日々改まりを進めてゆくことだと分からせて頂きます。そうして、今日一日今日一日の信心を大切にさせて頂き、その日その日のおかげを頂いてゆけば、何十年、何百年と立ち行かせて頂けると教えて下さっているのです。

★今年は、阿倍野教会開教100年記念の年を迎えさせて頂き、五カ年計画・第5年目の満願の年を迎えさせて頂きます。各ご家庭におかれましては、11月11日を目指して「五つのお願い」「五カ年計画の願い」を粘り強く願い続け、満願成就に向けて、油断なく日々の信心生活を進められますよう、お祈りいたしております。

★1月5日から2月3日まで寒修行信行期間を設けさせて頂き、各自がご修行に励ませて頂きます。「信心のはじめを忘れずに、真一心を立てぬく」〜素直・純真・本気で〜を目標として、日参と聴教に励み、それぞれの信心の初めを思い起こし、今日まで頂いてきたおかげを自覚させて頂きましょう。そして、素直に純真な心で、み教えを頂き直し、願い成就に向けて、本気になって信心に取り組ませて頂きましょう。今年一年が、喜びに満ち満ちた一日一日の積み重ねとなって、御神徳に包まれ、大みかげを蒙られます素晴らしい一年となりますよう、お祈りいたしております。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 07:52 | 令和4年の「み教え」