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2021年11月21日

●けがをしたのが「私で良かった」

 18日の教徒会例会では、藤本氏のおかげ話を聞かせて頂きました。

★藤本氏の次女さんが、ご主人と4才の息子さんと、家族3人で出かけておられた時のことです。息子さんをのせて、前を走っておられたご主人の自転車の前方から、小学校2、3年生位の男の子が、下を向いたまま全速力で自転車を疾走させてきたのでした。4才の息子さんを乗せていたご主人は、「危ないで!」と言いながら、何とかよけることが出来たのでしたが、走ってきた小学生の自転車は、後ろを走っていた次女さんの自転車に激突したのです。幸いにも、小学生の子供にけがはなかったのでしたが、次女さんは、道路に全身を打ち付け、頭も強打して出血し、救急車で運ばれる事態となったのでした。

★あくる日、藤本氏が、次女さんに電話をして話を聞かれますと、「私で良かった」と、おっしゃったというのです。もしも、息子さんや、ご主人、また、相手の小学生が大けがをしたとなれば、もっと心配な、大変なことになっていたかもしれない。あるいは、全く別の高齢者の方や、幼い子供にぶつかって、もっと深刻な怪我を負われていた可能性も十分考えられると思うと、「けがをしたのが自分で良かった」と、次女さんは、有難い思い分けをすることが、出来ておられたのでした。

★次女さんも、傷口の手当を受けて、入院することなく帰ることが出来られ、大難を小難におまつりかえ頂いたことを、御礼申されたのでした。また、母親である藤本氏も、娘さんが、「事故に遭ったのが私で良かった」と、ご信心をもって、有難い思い分けが出来られたことを、何よりも有難いことと、喜んでおられます。

★甘木教会の安武松太郎師は、ご信心は、「御礼六分、御詫び三分、御願い一分」とみ教え下さっておられます。起きてくる事が、いかに神様のおかげを頂いてのことか、自覚をして先ずはしっかり御礼を申させて頂き、更に、これからのおかげにさせて頂けるよう、今日までの御詫びを申し、改まりの良い機会とさせて頂くことが出来たら、そこから一層繁盛のおかげを頂くことが出来るのです。

★『大難を小難におまつりかえ頂き、小難はお取り払いをお願いせよ。ものに例えれば、たらいに一杯ためた水を、屋根の畝から少しずつ流してみよ。これが、小難の例えである。それをどっと流すのが、大難の例えである。信心して、大難を小難にしてもらい、小難はお取り払い頂けば、あとは繁栄を頂ける』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:37 | 令和3年の「み教え」