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2021年11月17日

●「伝える信心」「伝わる信心」

以前、幼稚園と小学校低学年の子供さんを連れたお母さんがお届けに来られ、「子供は、お広前に座ることが辛く、教会へお参りしますよと声をかけますと、じっと座っているなら嫌だ、と言います」とお届けされました。その家は、教徒としてご神殿も御霊殿もお祀りしておられます。

★私は、そのお母さんに[毎日食事をされる時に、子供さんにどういうように声をかけておられますか? 一緒に御祈念して、御礼を申してから頂いておられますか? 食前訓を唱えさせて頂いた後に、「日々、有難い食事が頂けるのは、お父さんが一生懸命働いて下さっているからですよ。お祖父さんとお祖母さんが一生懸命、今まで働いてきて下さったおかげで生活させて頂けるのですよ。神様、ご先祖の霊様、祖父母様、両親のおかげによって、美味しいお食事を頂くことができるのですよ…」とお話しをしてから頂くようにしましょう。私達は様々なお命を分けて頂いて、命を繋いで頂き、生活しております。天地のお恵みを、頂き通しに頂いていることを伝えさせて頂きましょう。家庭内でそのようにしておられますと、朝起きた時、外出する時、帰宅した時、夜に寝る前など、神様、御先祖に手を合わすことを嫌がることはなくなりますよ。]とお話しさせて頂いたことでした。

★「子は親の鏡」と教えて頂いておりますが、「子供が拝みません…」とか、「子供が面倒くさがります…」というのは、親が手本を示していないだけのことで、伝えさせて頂く努力が出来ていないのです。そのことの積み重ねによって、子供の心が神様に向かわない生活にさせてしまっているのです。「私はこのように育てた覚えはありません。」というのは、責任逃れをしているだけなのです。「伝える信心」も「伝わる信心」も両方共大切な事ですね。

★『女の信心が、神様のお楽しみお喜びである。懐妊の時、心を改め磨き、真心の子供を産んで養育し、日々食べ物を取りあつかい、この注意不注意によりて、病気のできることもあり病気を除くこともあり、子供の間は母親が子供の真心を作るのである。また、着物の洗濯をするのも体の養生である。この役目を油断なく注意する氏子を見て神は楽しみ喜び、ここに女の大責任があるぞ。神様の前に参りて自分の思うことを頼むばかりが信心ではない。神様へ参らん時に信心することがたくさんあります』
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:44 | 令和3年の「み教え」