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2021年11月05日

●真心・一心・辛抱

信心の上において、「真心」と「一心」と「辛抱」が大切であると教えて頂いております。その中でも真心が大切で、教祖様は、「真一心」についての御内容を多く説いておられます。そして、そこに一心と辛抱が備わってゆくことが、信心がより向上してゆく上に、肝要であると教えて下さっています。

★伊藤コウ師の御母堂、伊藤ハル刀自のご主人の房次郎氏は「神様を拝むくらいなら、わしを拝め!」と言うほどに、信心に大反対なさっていました。ハル刀自は教会に参拝なさるようになってから、房次郎氏から何を言われても一切喧嘩をしない御修行をされていました。ある時、房次郎氏は、「神様なんぞいるはずがない。もしいるなら、このわしの手足が動かなくなるはずだ。」と言われ、家にお祀りしてあった小さな御神殿を、庭に投げつけて壊してしまわれたのでした。すると、程なく房次郎氏の愛娘・カツ氏の手足が動かなくなり、水も喉を通らない状態になられたのでした。医者に診て頂いても薬を飲んでも治りません。そこで、自身が悪かったと気付いた房次郎氏は、お結界で畳が濡れるほど涙を流し、お詫び申されました。家に帰られますと、カツ氏の病気は全快のおかげを頂かれたのでした。そこから、家族中が勢を揃えて信心をさせて頂くようになられたのでした。房次郎氏のなさった事に、代わりにおわびをなさって、「このことを通して家内中が勢信心になりますように」と、ハル刀自が願い通されたことで、家内中が良い方へとおかげを頂かれたのです。

★『人間はみな、生まれる時に約束をしてきているのである。だから、家族が一人よりは二人、二人よりは三人、三人よりは五人と大勢いるほど、家庭の中に種々の難儀がある。幸いに信心をしていると、まあ、それを除いていただくのであるが、下地(生まれつき)の約束であるから、また、こういうことが起きたというようなことが出てくるかも知れない。その時に、これほど信心するのに、なぜこういうことが出てくるのだろうかと思えば、もう信心はとまっている。これはまだ私の信心が足らないのだと思い、これはどこまでも私の勤めるべき役であると思って、信心をしていかなければならない。そこからおかげがいただける。これほど信心するのにと思えば、もう、それきり信心の筋はとまっているのである』
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 06:19 | 令和3年の「み教え」