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2021年10月31日

●諦めるのではなく、喜び、生かす

 中山亀太郎師は、5歳の時に電車事故に遭われ、両腕片足を失われました。いじめられたり、差別を受けたり、幼い頃からのご苦労は、私共には計り知れないものと思わせて頂きますが、御母上のご信心に導かれて、ご自身のありのままの姿を受け入れ、更に、喜び、お体を活かす生き方を悟られたのでした。

★小・中学校では足の指に鉛筆を挟んで字も書かれ、大学では口に鉛筆をくわえて筆記し、授業中に書き留めたノートは、健常者の友人が借りに来るほど、きれいに書いておられたそうです。また、義足をはめての歩行は、ご不便もあられたことと思われますが、「電車の中では、席に座れない時には、義足をはずして、その上に座るとなかなか便利です。」と喜んでおられたそうです。先生は、義足をはめるご自分の足の部分が少し短く、長めの人に比べて、使いながら外れてしまい易かったそうですが、先生は、義足が外れやすいことも「諦める」のではなく、喜びに変えておられたのでした。そして、他人と比べて引け目を感じ「人を恨み、運命を憎み、呪う」生き方ではなく、「運命を愛し、運命を生かす」生活に変わられたのです。

★中山先生は、「どんな不幸せな人にも、どこかに少しは幸せが残されてあるものです。わが身の不幸を嘆く人は、不幸な所ばかりを見て、有難いところに気付かないのです。私は残っている幸せを見つけ出して、それを風呂敷のように広げて、その中に不幸せを包んで、外に出さないようにすれば良いと思います。』との、有難いみ教えを残して下さっておられます。

★また、「不幸せをなくし、運命を開拓していく方法」として、
一、正しい努力をすること
一、強い意思を持つこと
一、正しい信仰を持つ、
一、明朗な生活
と、み教え下さっておられます。

★ご不自由が沢山あられたに違いない、と思える境遇であっても、有難いご縁を頂かれて、神様を杖にされながら、喜びに満ち溢れて、満99歳を越えられるまで、ご長寿のおかげを蒙られたのでした。

★『天地金乃神様は天地を一目に見とおし、守っておられる。人間は神の氏子、神様のおかげを身いっぱいに受けるように、この身この心を神様に向けて信心せよ。何事も無礼と思わず一心に取りすがっていけば、おかげが受けられる。枯れ木にも花が咲くし、ない命もつないでいただける。わが身におかげを受けて、難儀な人を助けてやるがよい』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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