金光教阿倍野教会ページ内リンク


2021年10月04日

●常の信心によって、大きな出来事も乗り越えてゆく

阿倍野教会の信徒総代をなさって、昭和42年70才でお国替えされた植田藤楠氏は、お若い頃に会社の鉄工所で、鉄板が倒れてきてそれに接触した為、右手の親指が皮一枚残して切れてしまうという事故に遭われました。すぐに病院に行かれたのですが、医師からは、「一応手術しますが、血管も神経も切れていますから、つきませんよ。血液が通わなかったら、腐って取れてしまいます。元の通りにはなりません。」と言われたのです。当時の外科手術では治る見込みは少なかったのです。植田氏の奥様は、早速教会へお参りし、二代教会長伊藤コウ師に、「親先生、体裁が悪いですから、せめて格好だけでも、ひっつくようにおかげを頂きたいと思います。」とお届けなさいました。

★するとコウ師は、[私はそんなお取次はようしません。役に立たない格好だけの指なら、セルロイドでも木でもひっつけておきなさい。そんなお願いは、天地の親神様に対してご無礼でしょう。天地をまる生かしになさる親神様の御神徳を、汚し奉るようなお願いは出来ません。「元通りにしっかり働きの出来る指にして下さい。」というお願いならさせて頂きましょう。]と仰ったのでした。コウ師は、お願いさせて頂く上での心構えとして、神様の御神徳を現して頂けるような願い方をさせて頂かなければ、おかげを蒙ることが出来ないということをご教導下さったのです。

★そのみ教えを頂かれた奥様は、すぐに改まられました。普段から、危険な現場でご主人が無事に仕事をなさっておられたお礼と、お礼の足りないお詫び、妻として後ろ祈念の足りなかったことをお詫びを申され、ご主人の側で夜通し御祈念なさったのでした。すると後日、手術なさった医師が「血管も神経も元通り通っています。奇跡的です!」と大喜びをなさった程の回復のおかげを頂かれ、元通りに働きの出来る指に治して頂かれたのでした。

★人間ですから、心配にかられたり、不安でどうしようもなくなったり、出来事に打ちのめされたり、まともに前を向いて進むことができない瞬間が、訪れてこないとも限りません。しかし、その時こそ、常の信心の積み重ねによってみ教えを頂いておすがりさせて頂くことが大切です。正しいお願いをさせて頂く道に、自分自身を引き戻して頂きますと、有難いことに、そこから一歩一歩前に進ませて頂くことが出来るのですね。

★『自分の事になってくるとなかなかわからんものじゃが、そういう時には金光様はどうなさったじゃろうか、どうなさるじゃろうか、おかげを蒙っておる者はどうしたらよいのじゃろうかと考えればすぐ合点がいく。しかし我々はつまらんから合点がいってもなかなか実行できん。そこでお参りをせねばならん。お参りをすると教えて下さり、できるように願って下さり、引っ張って導いて下さる』
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:49 | 令和3年の「み教え」