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2021年10月31日

●諦めるのではなく、喜び、生かす

 中山亀太郎師は、5歳の時に電車事故に遭われ、両腕片足を失われました。いじめられたり、差別を受けたり、幼い頃からのご苦労は、私共には計り知れないものと思わせて頂きますが、御母上のご信心に導かれて、ご自身のありのままの姿を受け入れ、更に、喜び、お体を活かす生き方を悟られたのでした。

★小・中学校では足の指に鉛筆を挟んで字も書かれ、大学では口に鉛筆をくわえて筆記し、授業中に書き留めたノートは、健常者の友人が借りに来るほど、きれいに書いておられたそうです。また、義足をはめての歩行は、ご不便もあられたことと思われますが、「電車の中では、席に座れない時には、義足をはずして、その上に座るとなかなか便利です。」と喜んでおられたそうです。先生は、義足をはめるご自分の足の部分が少し短く、長めの人に比べて、使いながら外れてしまい易かったそうですが、先生は、義足が外れやすいことも「諦める」のではなく、喜びに変えておられたのでした。そして、他人と比べて引け目を感じ「人を恨み、運命を憎み、呪う」生き方ではなく、「運命を愛し、運命を生かす」生活に変わられたのです。

★中山先生は、「どんな不幸せな人にも、どこかに少しは幸せが残されてあるものです。わが身の不幸を嘆く人は、不幸な所ばかりを見て、有難いところに気付かないのです。私は残っている幸せを見つけ出して、それを風呂敷のように広げて、その中に不幸せを包んで、外に出さないようにすれば良いと思います。』との、有難いみ教えを残して下さっておられます。

★また、「不幸せをなくし、運命を開拓していく方法」として、
一、正しい努力をすること
一、強い意思を持つこと
一、正しい信仰を持つ、
一、明朗な生活
と、み教え下さっておられます。

★ご不自由が沢山あられたに違いない、と思える境遇であっても、有難いご縁を頂かれて、神様を杖にされながら、喜びに満ち溢れて、満99歳を越えられるまで、ご長寿のおかげを蒙られたのでした。

★『天地金乃神様は天地を一目に見とおし、守っておられる。人間は神の氏子、神様のおかげを身いっぱいに受けるように、この身この心を神様に向けて信心せよ。何事も無礼と思わず一心に取りすがっていけば、おかげが受けられる。枯れ木にも花が咲くし、ない命もつないでいただける。わが身におかげを受けて、難儀な人を助けてやるがよい』

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2021年10月30日

●神様が一番よいようにして下さる

真清会館建築の際のことです。

★設計図も出来上がった後、近隣にお住まいの方に集まって頂いて、説明会を持たせて頂いた上で、役所に建築確認申請を提出させて頂きました。そして基礎工事が始まり、着々と工事が進んでいた時です。ご近所の方から再度集まって話し合いをしてほしいと連絡があり、2回目の会合を持ちました。その時に「設計図にあった裏口を作る事を止めて欲しい」という要望があったのです。その裏口は、三代教会長先生が、教会から真清会館に、歩いてお出ましになる時に、使用される為のものでした。

★早速、設計して頂いた方と話し合わせて頂き、夜10時を過ぎていましたが、万が一の時の為に新しい案を考えさせて頂いておりますと、夜中1時頃、応接室に電気がついているのを見られた三代教会長先生が、「何事があったのか?」とお出ましになられたのです。経緯を説明させて頂きますと、三代教会長先生は「皆さんの要望に応えさせて頂き、言われる通りにさせて頂きなさい。」と仰せになられたのでした。

★そこで新しい案のお許しを頂いた上で、設計図を書き直していきますと、裏口をなくした分、倉庫が広くなり、また、空調の室外機を置く場所も出来たのでした。そして何よりも、変更させて頂いたことで、ご近所の方に大変喜んで頂けることになったのでした。

★工事が完成するまでの間に、三代教会長先生は大腿骨頸部を骨折なさったため、真清会館には、車を使って表の門から出入りされる事になり、裏口を使う必要は無くなりました。「これが一番良いだろう」と、私たちが最善を尽くして準備させて頂いたつもりの以前の設計よりも、使い勝手が良い、値打ちのある設計とならせて頂いたのでした。

★どんな時にも一心に、神様の仰せを謙虚に、素直に頂いてこられた三代教会長先生のご信心の尊さを、改めて教えて頂いたことでした。

★人の口をもって、或いは出来事を通して教えて頂いたことを、神様が将来のために良い方向へ導いて下さっていると、有難く頂くためには、一心にならせて頂くことが肝要です。出来てきたことは、すべて神様の思召しでありますから、神様に万事お任せさせて頂き、「神様が一番良いようにして下さる」と信じて疑わず、お縋りさせて頂きましょう。

★一心とは、
(1)天地金乃神様に一筋に信心する。
(2)心に迷いを持たず二心にならないように。
(3)一心不乱、一所懸命に打ち込む。
(4)神様と一つ心になる。神様の願って下さる心と同じ心になるように。
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2021年10月29日

●素直に、純真に、本気になって

 昨日は、天候初め万事に御都合お繰り合わせ頂き、初代教会長先生の95年祭を無事お仕え申し上げることが出来ました。真に有難いことと厚くお礼申し上げます。

★初代教会長先生は、ご布教の始めから「毎日お説教のある教会にならせて頂きたい」「どうぞ毎月御本部参拝がさせて頂ける教会にならせて頂きたい」と願われました。現在に至るまで、演台を出してお説教をさせて頂くことを、たとえ台風で荒れて、誰もお参りが出来られない状態であっても、続けさせて頂いております。それは「畳の目をご信者と思って、させてもらいなさい」というみ教えを頂いてきたからです。御本部御礼参拝も、「ふんどしを質に入れてでも!」との覚悟をもって、布教当初からお願いなさって続けられましたので、現在も団体参拝・代表参拝と、状況によっておかげを頂いております。

★またご布教の始め、御隠居様(二代教会長伊藤コウ師のご母堂)は、「この阿倍野教会を中心として、西は果て、東は果て、北は果て、南は果て、悩み苦しむ方々がお引寄せ頂かれ、次々と助かっていかれる教会にならせて頂けます様に、教会らしい教会にならせて下さい」と願っておられました。いつお参りなさっても、ご門が開いていて、いつでも御祈念がさせて頂くことができ、お届けをさせて頂ける教会であるようにと願われ、一度も常の時間帯に、ご門が閉まったことはありません。月例祭・月例霊祭も、全ての御祭典は必ずお仕え申し上げて参りました。それは、ご信者皆様が助かって頂く為、との強い願いがあってのことです。「何が何でも・・・」と願い続けてこられたからこそです。

★何事も出来ないと思っていたのでは、どこまでも成就はしません。素直に、純真に、本気になって願い続けてゆくことが大切です。それぞれの家が入信以来、今日まで、「体の丈夫・子孫の信心教育・豊かな生活・平和円満・徳と力」と5つのお願いに基づいてお願いを立てさせて頂いてきました。5年先・10年先、さらに何十年先の為にお願いをして、その為に「今どのように生きるべきか?」ということを、み教えを頂いて、諦めず、不可能だと思わずに願い続けてきましたことは、教会もまた同じなのです。

★私共が、それぞれに入信させて頂いた初めのところを振り返らせて頂いて、代を重ねて結構におかげを頂き続けて参りました、その中身を常に振り返り、おかげを頂いてきた歴史、それぞれの家が、入信前より入信後、どのようにみ教えを頂いて、どのようにおかげを頂いてきたか、それをしっかりと頂き直しをさせて頂きましょう。一人一人がお命を頂いてきて、今日までのことを振り返らせて頂いて、その有難いおかげを頂き続けてきた年月を、改めてお礼の申させて頂ける一年間とさせて頂きたい、と願わせて頂いております。

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2021年10月28日

●過去・現在・未来が助かるように…

ある時、あるご信者が、血相を変えてお結界に来られ、「先生、先日から同じ怖い夢を何度も見て、大変怖いです。これは、何かの障りでしょうか?祟りでしょうか?最近、随分お墓参りを御無礼しておりましたので、先日お墓参りへ行かせて頂きました。先祖が祟っているのでしょうか?」とお届けされたのです。私は、「まず、お墓参りへ行かせて頂く機会を頂かれたことは結構でしたね。しかし、ご先祖の祟りか、障りか、というのは、霊様のせいにしているのと同じことです。それは、霊様への冒涜であり、そのような考え方では、あなたも助かってはゆきません。教徒でありながら、霊様の例年祭を丁寧にお仕えさせて頂けているでしょうか?霊様に対して、真心が足りなかったお詫びをしっかりと申させて頂きましょう。そして、霊様が助かって頂けるように、実意丁寧な信心をさせて頂かねばなりません。御修行が進んでまいりますと、神様から何を教えて下さっているか分からせて頂けるのです。信心に基づいた生活がさせて頂けるように、改まった御修行をさせて頂き、生活全面に見直しをさせて頂きましょう。」とお話しさせて頂いたことでした。

★ご先祖が代々積み上げて下さったお徳によって、私達は結構なおかげを頂いているのです。ご先祖のお徳によって、現在が結構にならせて頂けているのですから、お礼をしっかりと申さねばなりません。そして、安心して頂き、喜んで頂けるような私達にならせて頂かねばなりません。さらに、ご先祖が助かっておられない部分があられましたら、助かって頂けるように、私達がしっかりと信心させて頂くことが大切です。その信心のお徳というものは、目の前の問題の解決だけにとどまらず、ご先祖にも伝わっていき、また子孫にも伝わり、過去・現在・未来が助かってゆくということになります。このように考えると、私たちの現在のご信心が、どれほど大切なものかを分からせて頂けますね。

★過去の霊様方も助かって頂き、現在の私たちもおかげを頂いていき、未来の子孫の端々まで、また縁につながる方々にもおかげを蒙って頂ける様に、実意丁寧な信心をさせて頂きましょう。

★『ご信心しておくがよい。ご信心してあなたがおかげを受けると、あなただけではない、後々の孫、ひ孫の末の末までがおかげを受けるし、また、ご祖先ご祖先の精霊御霊までが、あなたがご信心して、おかげを受けてくれるからと、安心してお浮かびなさる。あなたの受けたおかげは、いつまでも離れずについてゆくものじゃから、できるだけこの世でご信心して、おかげのもとを作っておくがよい。』
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2021年10月27日

●前掛け一枚でも、良い方を相手に

 平成27年にお国替えになった樋口氏は、結婚を機に奥様にお導き頂かれました。建築写真や航空写真を撮る写真家で、始めは会社勤めをなさっておられましたが、独立したいと願いを持つようになられ、二代教会長・伊藤コウ師のお取次を頂かれました。「百日間朝参りをしてから、独立させてもらいなさい」と、み教えを頂かれ、朝参りと聴教に励まれ、頂いたみ教えを心に刻みながら、独立のおかげを頂かれたのでした。

★独立したての頃に、旧・建設省からの仕事を入札に参加するよう依頼を頂かれ、入札されますと、ある会社と同額であったそうです。独立したてということもあり、何としてもその仕事がしたいと思われたのでしたが、伊藤コウ師にお取次頂かれますと、「競合先に仕事を譲りなさい」と、み教え頂かれたのでした。独立までの朝参りで、伊藤コウ師のみ教えを毎日頂かれるうちに、「親先生のみ教えは、何としてでも守らせて頂こう」と、心が定まっておられた樋口氏は、み教え通りに、競合先に仕事を譲られたのでした。

★ところが、後日、その仕事の依頼が樋口氏の元に再びきたのです。事情を聞かれると、入札で受注が決まった会社の写真の仕上がりの評価が思わしくなく、再度撮影のし直しとなったということでした。納期は迫っており、一回限りの航空写真を撮ることになり、樋口氏は、撮影当日まで、天候のご都合を頂き良い仕事がさせて頂けるよう、一心に神様にお願いされ、撮影に臨まれたのでした。そうして、無事に納得してもらえる写真を撮ることが出来られ、独立してからの信頼と、実績を積む大きな一歩を踏み出させて頂くことが出来られたのでした。

★神様は、進歩・発展する為のチャンスをいくらでもくださいます。それをしっかりとつかませて頂くためには、み教えを頂いて、謙虚さをもって相手を立て、人や物を大切にさせて頂き、そして、技術を磨き、知識を身に付けて、準備をしておりますと、神様から与えて頂くチャンスをつかませて頂けるのです。いざという時、お徳を頂く方向に舵を切らせて頂けるよう、日々お取次、み教えを頂いて、信心の稽古に励ませて頂きたいと思います。

★『どんな物でも、よい物は、人に融通してやれば人が喜ぶ。それで徳を受ける。人にやるのでも、自分によい物を残しておくようなことではいけない。人に物をやる時には、たとえ前かけ一枚やるのでも、よい方を人にやり、悪い方を自分が使うようにせよ。』

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2021年10月26日

●純真な心を大切に

数年前のことです。あるご信者は、ミニチュアダックスフントを飼っておられるのですが、その犬の後ろの両足が、突然麻痺して動かなくなり、後ろ足を引きずって前足二本で歩くようになってしまったのです。そこでご信者は、犬を動物病院に連れて行かれました。レントゲン検査を初めとして、色々調べて頂きますと、獣医より「腰椎が原因の麻痺です。手術せねばこのままでは治りません。手術には老犬でリスクがあります。痛み止めの針治療をして温めておきましょう。」とのことです。そのご信者は、早速お届けに来られました。

★私は、そのご信者に[家にお祀りしておられる御神殿の前に、犬も連れて行って、一緒に御祈念させて頂きましょう。そして「今から天地金乃神様にお願いさせて頂くから、あなたも一緒にお願いさせてもらいなさい。」と犬に話して聞かせてあげましょう。そして、麻痺している足や腰部に御神酒を付けさせて頂いておかげを頂きましょう。犬は純真ですから有難いおかげを頂きますよ。]とお話しさせて頂いたことでした。

★早速そのご信者は家に帰られて、犬を家の御神殿の前に連れて行かれ、一緒に御祈念されました。そして、腰部や後ろ足に御神酒を付けられて、一心に御祈念されました。すると翌朝、なんと麻痺していた後ろ足が元の状態に戻り、全く以前と変わらない姿で歩くことが出来ていたのでした。その犬は、今も再発なしに元気に歩いているのです。

★動物は、人間と違って、あれこれ心を乱すことなく、純真無垢な心持ちで飼い主のことばかり思い、飼い主に喜んでもらえることばかりを考えています。私達人間も、純粋さ・熱烈さ・素直さ・謙虚さをどこまでも保ち続けながら、純真な心を神様に向けていくことが大切です。み教えを頂いておりましたら、「天地の道理を説いて聞かせて下さることは、本当に有難いことだなあ。本当にその通りだなあ。」と、心の底から納得がいく瞬間を与えて頂けます。それは、自身の尊い神心に響くからこそ、そのように感じるのです。それが有難いのです。

★『信心は本心の玉を磨くものぞや』

『おかげを受けられるか、受けられないかは、わが心にある。わが心さえ改めれば、いくらでもおかげは受けられる』
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2021年10月25日

●神心を養う

 ある寒い雪花が散っていた日のことです。片岡次郎四郎師は、片道十四里(約五十六キロ)の道のりを、教祖様のお広前に歩いてお参りをされる道中に、気の毒なおじいさんに遭われました。あまりに可哀想に思われて、着ていた物を脱いで、そのおじいさんに差し上げられたのです。おじいさんは大変喜ばれ、別れ際には、片岡次郎四郎師の背中を拝まれたのでした。

★それから教祖様の元へお参りされますと、教祖様が待ち構えておられたかのように『才崎の金光(片岡次郎四郎)、今日は結構なおかげを受けたなあ。不幸せな者を見て、真にかわいいの心から、わが身を忘れて人を助ける、そのかわいいと思う心が神心じゃ。それが信心ぞ。その神心におかげがいただけるのぞ。人の難儀を助けるのが、有難いと心得て信心せよ。』と仰せになられたのでした。

★周囲の人々の為に真心込めてさせて頂いていることは、全て神様はご存知で、それは一粒万倍となって有難いことが返ってくるのです。自分自身に返ってこなくても、子孫の代に返ってくると思っておればよいのです。

★日参と聴教に励ませて頂いて、周囲の人々の助かりと立ち行きを祈る、万物を拝む稽古を重ねさせて頂き、神様から頂いている正しい心を養わせて頂きましょう。

★佐藤一斎というお方が、リーダーとしての有難い人間像を教えて下さっています。
1)山のようにどっしりとした姿勢と挙動の人
2)大きな包容力を持つ人
3)温かくてゆったりとした風格がある人
4)明るく輝く目を持つ人
5)大地にしっかりと立つ足を持つ人
6)ふっくらとして包み込むような手を持つ人
7)思慮深く細心の注意を払える人
8)心身共に清く、澄んだ心を持つ人 等々

★『世に一粒万倍ということがあるが、その一粒万倍は、蒔いて生ずるのか、蒔かずに生ずるのか。蒔かずに生えたものには確かなものはない。また、種を蒔かずに収穫のできることはない。信心も真という種を蒔けば、神さまから万倍にして戻してくださる。』(金光四神様のみ教え)

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2021年10月24日

●霊様も共に祈って下さり、お働き下さっておられる  

10月23日は、初代教会長伊藤徳次師の甥にあたる、池田司氏のご命日でした。

★平成15年10月18日、池田司氏の3年祭を神戸でお仕えする日の朝のことです。午前4時前頃に、私の夢に池田司氏が出て来られ、スーツ姿でネクタイを締め正座をなさり、次の様にお礼を言われたのです。「孫が受験をさせて頂きました。即日結果を頂きまして、合格致しました。御礼を申し上げます。」目が覚めた私は、どういう御意味かは解りませんでしたが、すぐにノートに書き留めさせて頂きました。

★その年は、司氏のお孫さん2人が受験の年で、実はその日は、1人のお孫さんの受験日だったのです。そして、司氏のご命日である10月23日に、合格の通知を頂いたのでした。また、もう1人のお孫さんは、10月21日、初代教会長先生のお父様である池田太市氏のご命日に、無事合格の通知を頂いたのでした。

★池田家は、代を重ねて熱心にご信心をお進めになり、その信心のお徳によって、霊様となっても徳高く、安心のおかげを頂き、子孫を守って下さっているということが分からせて頂きます。

★今、生かして頂いている私達だけが、様々な事柄にあたって心配りをし、準備しているという事ではありません。霊様方も共にご信心して下さり、共に祈って下さり、子供の事、孫の事、曾孫の事を守りに守って下さって、お働き下さっておられることがよく分からせて頂きます。生かして頂いている時も、御霊とならせて頂いた後も、天地金乃神様のお世話になって、生き生きと働かせて頂けるような、有難いお徳を頂いた姿とならせて頂くように、日々ご信心を進めさせて頂きたいと願わせて頂いております。

★生かして頂いている間に、生涯かけてめぐりのお取り払いを頂き、身にお徳を積ませて頂いて、生き通しのお徳を頂いた存在とならせて頂くように、おかげを頂いてゆくのが、このお道のご信心です。「生涯が修行である」というご意味を分からせて頂き、神様から頂いている本心の玉を磨きに磨いて、有難いおかげを頂いて参りたいと思います。
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2021年10月23日

●信心は、わが身わが心に克つことを心掛けること

 二代教会長・伊藤コウ師のご時代のことです。

★ある方が入信前には、任侠の世界にあこがれて、喧嘩が好きで、無理難題を言うことが男らしいと思って生活をし、家賃も払わずに、何でも付けで買っては借金を踏み倒していました。誰からも信用されず、その名は警察のブラックリストに載せられているほどで、借家もボロボロになっても直してもらえず、立ち行かない生活でした。息子さんがお導きを頂いて、教会の子供会にお参りするようになり、息子さんのお導きによって、お母さんが入信され、後にお父さんをお導きなさったのでした。

★そのお父さんは、家族が辛い思いをしていようが、生き方を変えることをしてこなかった人でしたが、子供が次々と亡くなるという憂き目に遭い、次第に神様に心を向けていかれたのです。

★その方は、ブリキ職人でありましたので、伊藤コウ師から「一軒一軒、御用を聞きにまわりなさい。」とみ教え頂かれ、御神米をおともして御用聞きに廻られました。最初は門前払いばかりでしたが、あるお屋敷を訪ねた時に、その家の奥様がちりとりを注文して下さいました。信心によって心を改めていったことにより、頂いた仕事を実意丁寧にさせて頂き、その確かな腕を認めて頂けるようになり、そこから道が開けていったのです。しかし、改まったつもりでも、何かをきっかけに、また悪癖、悪習慣が出て来ないとは限りません。その都度、諦めることなく、改まりを続けていくことが出来てゆかれたのです。毎月お礼のお宅祭を仕えられ、長年積み重ねてきた借金を完済させて頂き、住んでいた四軒長屋を買わせて頂くほどに、立ち行くおかげを頂かれたのでした。

★二代金光四神様のみ教え
一、信心は、立ち聞きする心で信心することを心がけること。
一、信心は、わが身わが心に克つことを心がけること。
一、言いたいことは明日言えということあれど、明日も明後日も一生涯言わぬよう心がけること。
一、堪忍辛抱を去って、自己の不行届きを悟るを心がけること。
一、ただ一心に願って、わが心に諸々の思い来るくもりを払うことを心がけること。
一、めぐりが来てもわが心を苦しめず、明日の幸福の来ることを楽しみ願うことを心がけること。
一、真の信心は、従来の悪しき風習をよろしく変えて、家内の者に(良い)くせを示すことを心がけること。
一、信心は苦労して人に同情を寄せ、わが身の苦労することを心がけること。

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2021年10月22日

●神さまは、つきまとうてくださる

 昨日は、初代教会長先生のお父様である、池田太一老翁霊神様の御命日でした。昭和10年10月21日に、85歳で御国替えされたのです。★池田太一氏は、福岡県浮羽郡吉井という所から、片道4里の道を甘木教会に熱心に参拝なさっていました。ある日、二代金光様の十年祭の祭典に生きた鯉をお供えさせて頂こうと、鯉を買い求められました。太一氏は、神様にお供えをさせて頂くのに、不浄の心が少しでも入っては申し訳ないと思われ、商人の言い値で鯉を買って、藁苞に入れて持って参拝なされたのです。

★ところが、筑後川を渡られる際に渡し船に乗って、鯉が元気になるだろうと、鯉の入った藁苞を船べりから水につけたところ、鯉が逃げてしまったのです。船が対岸に到着すると、網を貸してくれる探して網を借り、太一氏は船頭さんにお願いをして、もう一度鯉が逃げたであろう所まで戻られました。すると、流れがあるにもかかわらず、その鯉が逃げたその場所にとどまっていたのでしょう、網を船頭さんに頼んで下してもらいますと、その網に鯉がかかって上がってきたのでした。

★太一氏は、鯉を再度藁苞に入れて甘木教会へお供えさせて頂き、安武松太郎師に事の次第をお話しなさると、先生が大層喜んで下さり、「御供えさせて頂きたいというあなたの真心が、神様に届いていたのです。途中で水に泳がせた方が鯉が元気になるから、神様がそうさせて下さったのでしょう」と仰って下さり、生きたまま鯉をお供え下さり、御祭典が終わってから、まだ元気であった鯉を教会の池に放して下さったのでした。なんとその鯉は、甘木教会の池で生き続け、10年後には3尺以上にも立派に成長したということです。

★日々、生神金光大神のお取次を頂いて、神様・霊様に真心の通じていく生き方、めぐりをお取り払い頂き、お徳を積ませて頂く生き方に導いて頂き、子孫繁盛、家繁盛のおかげを頂きたいと願わせて頂きます。

★『かわいがられる者は、どこへ行ってもかわいがられる。何事にも実意丁寧ということがある。だから、人にかわいがられるくらいの者なら、神さまも好かれる。』『お供え物でも何でも、自分がするのではない。みな、させていただくのである。させていただくという心には、神さまはつきまとうてくださる。』(金光四神様のみ教え)
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2021年10月21日

●有難いの一心で、日々、良い方へ生まれ変われる

 二代教会長・伊藤コウ師が13歳の時、肋膜炎と腹膜炎を併発され、医師がさじを投げてしまわれた時のことです。

★コウ師のお母様であられるハル刀自は、「これまで親としての育て方が間違っておりました。神様の大切な氏子を預からせて頂いておりながら、大きくなれば伊藤の家の為に、ああもしてほしい、こうもしてほしいと、勝手なことを考えておりました。元気にならせて頂いた暁には、成長後も伊藤の家の為には使いません。神様の御用にお使い頂けるような人間に育てさせて頂きますから、神様のおかげによりまして、生き永らえさせて頂きます様に」と神様にお詫びを申し、心を改めてお願いをなさったのでした。

★コウ師は骨と皮のガリガリの体で、お腹だけは腫れている状態でありましたが、2週間で全快のおかげを頂かれたのです。その間、昼も夜もハル氏は、御神前にひれ伏して、一心にご祈念をなさっておられたのですが、コウ師は生死の境をさまよっているような状態の時に、眼を開けたらハル氏のご祈念なさっている姿が見え、まぶたに焼き付けておられたということです。

★病気の後遺症で、コウ師は髪が抜けてしまわれ、学校では先生にあてられても、答えることが出来ない程、朦朧としておられ、級友には「伊藤さんは病気になって頭がボケてしまいはった」と言われるほどでした。コウ師はハル刀自に「頭がボケたと言われました」と言うと、ハル刀自は「あなたは神様に助けて頂いた。神様に助けて頂いた頭は、絶対に悪くなりません。必ず良くなっていきます。今までの弱い弱い体の子供は生まれ変わって、強い強い体に作り変えて頂けるように、神様にお願いしてるから大丈夫や。必ず良くなる」と仰られたのでした。その言葉通りに、段々と回復なされ、髪の毛も元通りに生えてくるおかげを頂かれたのでした。

★命を助けて頂いたことを、心の底から有難く思われ、【神様の御用にお使い頂けるような人間に】との約束を、「どこまでも守り通していかねば!」という一心で、御隠居様は守られたのでした。

★『人間は死ねるから有難い。信心しておかげを受ければ生まれ変われるからなあ。この生まれ変われるような信心をせねば、ご信心がご信心になるまいが』『有難いことを知らぬ者に、困ったり難儀な者が多い。信心して思い分けが出来、有難いことが分かって、お礼が言えるようになると、難儀災難が払われ、達者にもなってくる』

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2021年10月20日

●素直で謙虚な信心

18日には、教徒会例会で、小池氏より有難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★小池氏は、お父様が叔父様にお導きを頂かれ、昭和32年に入信のおかげを頂かれました。小池氏が4歳の時に、お父様の仕事の関係で大阪へ戻ってこられ、それ以来ご両親と参拝され、子供会・学生会・青年会へと進まれ、現在は青少年後援会の副会長として御用にお使い頂いておられます。

★昭和63年にご結婚なされてから、五カ年計画で、住宅購入のお願いを立てておられました。平成3年8月に河内長野市に、住宅購入のおかげを頂かれましたが、その半年前に御所市で、ある住宅を購入させて頂く話が進んでおり、不動産会社で契約させて頂くその日に、匿名の奇妙な電話があり「お宅が、今買おうとしているお家は、やめておいた方が良い。もう一度、よく考えたらどうですか?」という内容でありました。小池氏は、すぐに教会に電話をし、お取次ぎを頂かれました。三代教会長先生より、「それは、神様が人の口を通して、仰って下さっているのですから、やめさせて頂きなさい。神様が喜ばれるお家なら、何の障害もなく、話は進んでいくはずです。」とみ教えを頂かれたのです。小池氏は、頂いた素直にみ教えを守られ、そのお家の購入を丁重にお断りなさいました。

★その5カ月後、お母様が意識不明となり、救急病院へ搬送され、お父様を初め家族が、24時間交代でお世話をなさることになりました。もし、御所市の家を購入していれば、お母様が入院されている病院まで、片道2時間以上掛かり、数ヵ月で手放さなければならないところだったのです。また、契約金を支払う直前にお知らせを頂いたので、大金を無駄にすることもなくおかげを頂かれたのでした。

★小池氏は、長男さんが小学4年生の時に、お宅祭に来て頂いていた、祭主の先生より「長男さんが中学校に上がるまでに、もっとお教会に近い所で、住宅を購入させて頂けるよう、しっかり神様にお願いさせて頂きましょう。」とみ教え頂かれました。小池氏は、「いつか教会に近い所へ転居したい」という気持ちはあられましたが、現実的に住宅ローンも残っており、「当分は無理であろう」と思い込んでいたところを、み教えにより期限を切って頂いたのだと有難く頂かれたのです。諦めずに願い続けておられますと、長男さんが6年生の年に、教会へ車で20〜30分の交通の便の良い所で、奥様の実家からも近い住宅を、無事購入のおかげを頂かれたのです。地鎮祭、棟上げ、新築落成のおかげを頂かれ、なんと頂いたみ教え通り、長男さんが中学校入学式の6日前に、無事に入居のおかげを頂かれました。

★何事もお伺いさせて頂き、お取次ぎを頂いて、素直に謙虚にみ教えを守らせて頂きますと、すべてにご都合お繰り合わせて頂いて、おかげを頂いてゆく道を歩ませて頂けるのです。

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2021年10月19日

●生まれ変わってゆくために・・・

 2009年の10月28日、初代教会長・伊藤徳次彦霊神の例年祭の日のことです。

★あるお方の息子さんが、食事が喉を通らなくなってしまい、やせ細ってしまわれました。このままでは働けなくなってしまう、という状態にまでなられ、お母さんは、「良いお医者さんが、どこかにおられますか?」と、近所の方に尋ねておられましたところ、「お医者さんもよろしいですが、もっと良いところがありますよ。」と親切なご信者にお導き頂かれたのでした。

★阿倍野教会に参拝なさった時、私は例年祭の為の神饌の御用をさせて頂いておりました。呼んで頂いて、お広前でお母さんと息子さんにお会いして、[あなたが生まれてから今日まで、一人でこのように成長させて頂いたわけではありません。親のお世話になり、立派な体格に成長させて頂き、社会人にならせて頂いたことを、まずお礼を申させて頂きましょう。そして、私達は天地のお恵みの中で生活させて頂いており、神様の賜り物のおかげで生かして頂いております。空気やお日様のお照らし、食物やお水を拝ませて頂いたことがありますか?お水一杯でも、額まで上げて拝んで頂かせて頂きますと、お水の中に含まれている天地のお徳が自分の体に頂けるのです。食物も、その命を分けて頂いて、私達は生かして頂いているのですから、すべての物を拝んで、お礼を申して食べさせて頂きましょう。神様は、毎日の生活の中で「感謝の心が足らない・・・。喜びが足らないぞ・・・。」と教えて下さっておられるのです。ですから、「金光様、有難うございます・・・」と、一つ一つお礼を申す稽古をさせて頂きましょう。今日はご祭典がありますから、しっかりとご祭典を拝んでおかげを蒙りましょう。]とお話しさせて頂きました。息子さんは、その晩、み教えを頂いた通りに、拝んでお礼を申してから、食事を口に運ばせて頂かれますと、なんと、支障なしに食事が頂けるようになられたのです。

★そのお母さんご自身も、腎臓病を患っている為に、朝起きられず、それまで一度もご主人を朝に送り出すことが出来られませんでした。しかし、ご祈念して休ませて頂くことで、毎朝4時に起きられるようになられたのでした。さらにご主人のお弁当を作って、送り出してから朝参りが出来られるまでに、体質改善のおかげを頂かれたのでした。

★そのご家庭には、入信前には商売上で出来てしまった6000万円という多額の借金があったのですが、「どうぞ、借金を全額返済のおかげを頂けますように」と一心にお願いなさって、家族が心を合わせてお参りし、生活を改まって行かれたのです。すると、なんと有難いことに、入信より17年後の初代教会長先生の90年祭の年の10月に、借金全額返済のおかげを頂かれ、有難いお礼の参拝が出来られたのでした。家内中が良い方へと生まれ変わることが出来られたのです。

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2021年10月18日

●本当に大切なことを見失わない 

あるご信者のお宅祭で、その存在を知ることになった詩ですが、読むたびに心に深く感じる詩があります。

★『手紙 〜親愛なる子供たちへ〜』(作者不明、ポルトガルの詩を和訳したもの、日本語訳・角智織氏)
年老いた私がある日 今までの私と違っていたとしても どうかそのままの私のことを理解してほしい  私が服の上に食べ物をこぼしても 靴紐を結び忘れても あなたに色んなことを教えたように 見守ってほしい  あなたと話す時 同じ話を何度も何度も繰り返しても その結末をどうかさえぎらずに うなずいてほしい  あなたにせがまれて繰り返し読んだ 絵本のあたたかな結末は いつも同じでも 私の心を平和にしてくれた  悲しいことではないんだ  消え去ってゆくように 見える私の心へと 励ましのまなざしを向けてほしい  楽しいひと時に私が思わず 下着をぬらしてしまったり お風呂に入るのを嫌がるときには 思い出してほしい  あなたを追いまわし 何度も着替えさせたり 様々な理由をつけて 嫌がるあなたとお風呂に入った 懐かしい日のことを  悲しいことではないんだ  旅立ちの前の準備をしている私に 祝福の祈りを捧げてほしい  いずれ歯も弱り 飲み込むことさえできなくなるかもしれない  足も衰えて 立ち上がることすらできなくなったら あなたがか弱い足で立ち上がろうと 私に助けを求めたように よろめく私に どうかあなたの手を握らせてほしい  私の姿を見て悲しんだり 自分が無力だと思わないでほしい  あなたを抱きしめる力がないのを 知るのはつらいことだけど 私を理解して支えてくれる心だけを持っていてほしい  きっとそれだけで それだけで 私には勇気がわいてくるのです  あなたの人生の始まりに 私がしっかりと付き添ったように 私の人生の終わりに少しだけ付き添ってほしい  あなたが生まれてくれたことで 私が受けた多くの喜びと あなたに対する変わらぬ愛を持って 笑顔で答えたい  私の子供たちへ  愛する子供たちへ

★御恩を知ったつもりでいても、いつの間にか忘れてしまう、ということが、私達には多々あることでしょう。年を重ね、立場が変わるとともに、ものの見方は変わってきますが、自分の都合を優先して、本当に大切なことを見失ってはいけませんね。み教えを何度も頂き直すということは、本当に大切なことを見失わない為に必要なことです。

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2021年10月17日

●有難い生き方を伝える

 二代教会長伊藤コウ師は、ご母堂であられる伊藤ハル刀自のことを「継母かと思うほど厳しいお母さんであった」と述懐されるほど、小さい頃より、大変厳しい養育を受けられました。小学校一年生の時には、朝にはご自分でお湯を沸かされ、かまどでご飯を炊かれ、お弁当をつめて学校に通っておられたということです。

★コウ師が、女子師範学校の寄宿舎におられた頃は、寄宿舎から毎週末、家に戻らせて頂いた時に、家にある親の縫物(つづくりもの)を、寄宿舎に持って行かれ、1週間のうちに勉強をしながら仕上げて、週末に出来上がったものを、家に持って帰っておられたのです。さらに日曜日には、袴をほどいて、洗って干して、月曜日には持って行けるように、縫い上げておられたそうです。

★そのようなことが出来るようになられたということは、まず第一に「どうあってもさせて頂きたい・・・」と、願っておられるから、出来られたのです。最初から「そんなことは出来ない・・・」という気に、なっていましたら、物事は何事も成就していかないのです。真剣にみ教えを頂いて、真剣にお願いをしてさせて頂ける、そういう生き方を、ハル刀自から実践をもって教えて頂かれたのでした。

★『信心はやすいようでも、なかなかむつかしい。神の言うとおりにせぬからむつかしいのぞ、と金光様は言うてござった。親の言うことでも、なかなか聞けるものではない。親が無理を言うように思えるものじゃが、親の言うことを聞かなかった子が後で難儀をする。ご信心する者でも、神様の仰せが無理のように思えて、言われるとおりにせずにおると、後で困ることができる』

★婦人の方々が家の家老として、家中を良い方向へ導いていけるよう、機関車のお役目をさせて頂かれましたら、有難いことに家中・親戚中、皆が結構になっていくのです。そのように、おかげを頂いていく生き方を教えて頂くのが、婦人会なのです。そのようにして、立派に家を支える働きが出来ていく自分にならせて頂けます様に、というお願いをさせて頂くことが大切です。皆それぞれに親から子に、子から孫にと、有難いものがしっかり伝わっていくように、おかげを蒙らせて頂きたいですね。

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2021年10月16日

●全てを生かしていく

このお道は、「全てを生かしていく道」と教えて頂いております。「全てを生かす」とは、「自分を生かす」・「物を生かす」・「人を生かす」・「土地を生かす」・「家を生かす」・「時間を生かす」等々・・・のことで、それらを生かしていくことによって、天地のお徳を現わす生き生きとした働きに繋がってゆく、ということを教えて頂いております。

★阿倍野教会では、初代教会長先生が御布教なされた当初から、お説教の演台は実に99年に亘って、同じものを使わせて頂いております。ご信者皆様がおかげを頂いてこられた内容を、全てによく見聞きしてくれていることでしょう。初代、二代、三代教会長先生と長きに亘って、力を込めて説き続けて下さった、その熱き心を感じ取ることが出来ます。阿倍野教会にとっては、大切な宝物です。天板の無垢の一枚板には、力を込めて説かれる為に、両手の親指の爪の跡が刻まれています。そうした精神を失わないように大切にしながら、毎日の4回のお説教時に、今日も現役で使わせて頂いております。

★私が結婚後、住宅の屋根裏の物置を整理させて頂いておりましたら、二代教会長・伊藤コウ師のご母堂、伊藤ハル氏のご時代に使っておられたタンスなどが置いてありました。その中に、ハル氏が嫁入り道具として持参なさった鏡台が、バラバラになって置いてあったのでした。それを使わせて頂くことを、三代教会長先生にお許しを願いましたら、「それは有難いことです。ご隠居様が大変お喜びのことでしょう。」とお許し下さったのです。それを木工ボンドで組み合わせますと、元通りに使用させて頂くことが出来、現在まで30年以上毎日使わせて頂いております。

★私たちは、水・ガス・電気など全てに於いて、神様からのお恵みを頂いて生活させて頂いております。そのお恵みに対して、お礼を申しながら使わせて頂き、無駄のないように心掛けさせて頂きましょう。日々、油断なくみ教えを頂き、天地の道理、親神様のご恩をしっかりと分からせて頂くことが大切です。知らず知らずご無礼を重ねることのないように、ご恩を知り、ご恩に報いる信心生活にならせて頂けるよう、おかげを頂きたいと願っております。
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2021年10月15日

●絶え間なく頂き続けているおかげにお礼を申す

 先日、70才を超えたあるご信者が、24時間のホルター心電図検査を受けられました。

★そのご信者は、1日のうちに2回不整脈がみられましたが、「正常の範囲内で異常なし」との有難い診断を頂かれました。1日に不整脈が100回を超えると、治療が必要になるそうです。1分間に70回脈を打つとしますと、1日におよそ100800回を脈打つ計算になりますが、更に、1年間にはおよそ36792000回、70年ともなると、およそ25億回を超え、2575440000回、脈打つ計算になります。心臓の働き一つとりましても、長い年月に亘って、寝ている間も絶え間なく、実に正確に機能して下さっていることに驚くばかりです。

★また、90才を超えらるあるご信者は、今日もお元気で、1人で電車を3回乗り継いで教会に参拝なさいます。そのお方は、駅で階段を上り下りされる度に、「金光様、有難うございます・・・」と、お礼を申されながら、一段一段進むよう心掛けておられるそうです。そうすると、自然と1日に何百回となく、「有難うございます」とお礼を申すことが出来、有難い信心の実践になると、おっしゃっておられました。

★そのご信者は、先日、血液検査を受けらると、90才を超えるご年齢でありながら、何の問題もない、滅多に見られない程のきれいな血液の状態であると診断して頂かれたそうです。日々のお礼のご信心のお徳で、お体の上にもおかげを頂かれ、大変有難いことと思わせて頂きました。

★日々お命をつないで頂いているということは、どれほどの天地のお恵みを頂き、お守りを受けてのことか分かりません。身体のこと一つとりましても、それぞれの臓器が実に精密に、互いに調和しながら、絶え間なく機能して下さるおかげで、命をつないで頂いているのです。目に見えるおかげ、また、目に見えない無意識のうちに頂いているおかげにも、お礼を申す心をいつも忘れず、今月今日、お礼を申すご信心を進めさせて頂きたいと思います。

★『世界中、天が下の者は、みな天地の神様の子である。天地の神様のおかげは世界にいっぱい満ちている。そのおかげがなければ空気がないのと同じで、一時も人は生きてはおられない。』

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2021年10月14日

●願いに沿った生活

二代教会長伊藤コウ師が、昭和40年にお話しなさった中に次のようなものがあります。

★あるご信者の娘さんが、高校に入らせて頂いた際に、二代教会長伊藤コウ師の元へお届けに来られ、「高校3年間、どのような心構えをもって、生活を送らせて頂けばよいでしょうか?」とお伺いされました。

★コウ師は「一番結構なことは、立派なお嫁さんになる準備をさせて頂くことです。頭脳をしっかりと鍛えさせて頂き、手足がしっかりと働かせて頂けるように、信心と勉強と御用に励ませて頂きましょう。頭脳ばかりを鍛えて、手足を動かさず、家事が何もできなければ、世の中へ出た時、家庭を持たせて頂いた時に大変なことになります。」とお話しなさったのです。

★娘さんは、コウ師に頂かれたみ教えを有難く守られ、学校から帰ってきますと、炊事、洗濯、掃除を手伝われ、夏休みには、裁縫のけいこに励まれたのです。そして、大学に進まれた時には、お母様に「10日間、家のことをすべて私にさせて下さい。家事はもちろん、家のお金の出入りを勉強させて頂くため、家計も任せて頂けますか?」と自らお願いなさったのです。そうして、娘さんは、家事を勉強をなさって、色々と分からせて頂いたことがあられたのでした。結婚後、嫁として家を支えていくために助けになるような、内職や和裁・洋裁を、家庭内で仕事としてできるように、大学へ通っている間に本格的に習わせて頂きたいと、お母様にお願いされたのです。将来のことをここまで考えられ、学生の間に先々の準備をさせて頂きたいと願われた娘さんは、結婚後、良き家老として、家庭を支えられたのでした。

★『ご信心するからには、しっかりとした願いがなければならん。何かなしに願っているというのではなしに、ご信心しておれば何をおかげを受けねばならんか分かろうが。いつも心にかけて願っておれば、身の立つおかげが受けられる』

★物事が成就してゆくためには、すべてに準備が大切です。阿倍野教会では、五ヵ年計画を立てて、大きなお願いを持って願い続けることを教えて頂いてきました。5年先、10年先には、どうありたいかを考え、それぞれの年代や立場によって、願いを立てさせて頂く事が大切です。願い成就に向けて、五年五年と願い続けて、御修行に取り組ませて頂きますと、願いに沿った生活ができてゆきます。今日一日を大切にするからこそ将来が開けてくるのですから、今日一日を真剣に生き、ご修行に取り組ませて頂きましょう。
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2021年10月13日

●おごりや慢心をお取り払い頂く

 教祖様は『我慢・我欲はならんぞ』と、み教え下さいました。ここでの我慢というのは、慢心する・わがままに振舞う、ということです。油断をして、日々の生活におごりや慢心が出ましたら、おかげを受けることが出来ない状況に、自らがしてしまう、ということになるのです。そうならないように、心を改めていくことが大切なのです。

★安武松太郎師(甘木教会初代教会長先生)は、「われよしと思う心」に対しての戒めとして多くのお歌を残しておられます。「われよしと 思う心は 道の仇 我が身の仇と 戒めてゆけ」「われよしと 思うは智慧の行きづまり 怪我あやまちも そこよりぞ来る」「われよしと 思う心を仇として 戦いて行け 日ごと夜ごとに」おごり・慢心というものを、お取り払い頂いていくということが、己に打ち克っていくご修行になるのです。何事にも、日に日に新たに、日々がさらというつもりで、取り組ませて頂くことが大切です。

★私達はそれぞれが、神様からお役目を頂いて、この世に生を受けている尊い存在です。自分というのは【全体の一部分】である、と教えて頂いております。家族・親族の一部分、地域・社会の一部分、国家の一部分、神様の氏子の一部分と、それぞれの持ち場・立場で、お役に立たせて頂けるように、願いをかけて頂いているのです。ですから、私達一人一人が、信心を進めさせて頂いて、身にお徳を頂いていくということは、周囲が助かっていくのです。

★『金光様が、お一人おかげを受けられたので、今日のように諸人万人が、天地金乃神様のおかげをもらうようになったのじゃ。一家の内に一人、本当にご信心な者があれば、一家はみな信心になる。一村に一軒、本当にご信心な家があれば、一村みんなおかげを受けるようになる。信心は一粒万倍じゃから、はじめに信心する者が、よい種をまいておかねばならぬ』このように、良い方向へ導かせて頂ける、有難い存在にならせて頂けますよう、自分自身向上させて頂き、磨きをかけていくことが大切であると思わせて頂きます。

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2021年10月12日

●聞く耳を養う

三代教会長先生が、あるご信者のお宅祭に行かれた時のことです。その家には、ご信者のお知り合いの同業の方が、たまたまお参りしておられたのでした。

★ご信者は、終戦後に商売を始められました時には、経済的に厳しい状態であられ、親戚からも借金をしておられました。二代教会長伊藤コウ師より「なるべく早く借金を完済しなさい。借金せずに商売をさせて頂きなさい。」とみ教えを頂かれ、半年で借金を返済されたのです。それからは、自己資本だけで商売をされ、借入金なしの方針で商売を続けてこられました。しかし、同業の方は、商売の初めから間口も広く構えられ、盛大に商売をなさっておられました。一方、その方は、借金をして商売をなさっておられましたので、常に資金繰りに走り回っておられ、ご主人が店におられない状態であられたのです。そして、借金が嵩み、苦労しておられたのです。

★その方も、親の代から金光教のご信心を頂いておられるとのことで、三代金光様に直々にお取次ぎを願われ、「長年信心しておりますが、なぜこのように商売がうまくいかないのでしょうか。」とお尋ねになったそうです。三代金光様は、初めは何も仰らなかったそうですが、重ねて「なぜうちはこのように商売が…」と尋ねると、三代金光様は、『何事も実意でな。』とみ教え下さったそうです。しかしその方は、「そんなことなら知っている。」と思った、と話されたのでした。その話を三代教会長先生がお聞きになられ、「普段より心からみ教えを頂かねば、誰が何をお話ししても、聞き入れる余地が無いのだなぁ。三代金光様からみ教えを頂いても、このような受け取り方だからなあ」と残念に思われたと言うことです。

★み教えの頂きようが足りませんと、どれほど有難いみ教えを頂いても、み教えの御意味を理解することはできないのです。それは自分自身の思い上がりや、ご無礼不行き届きが積み重なっている状態であり、受け物が壊れている状態なのです。日々み教えを頂き、自分自身の聞く耳をしっかりと養い、頂いたみ教えを守り通させて頂き、本物のご信心に近づかせて頂きましょう。

★『ここへ参っても、神の言うとおりにする者は少ない。みな、帰ってから自分のよいようにするので、おかげはなし。神の言うことは道に落としてしまい、わが勝手にして、神を恨むような者がある。神の一言は千両の金にもかえられぬ。ありがたく受けて帰れば、みやげは舟にも車にも積めぬほどの神徳がある。心の内を改めることが第一なり。神に一心とは迷いのないことぞ。』
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2021年10月11日

●永世生き通しのお取次のお徳

 教祖様は、ご生前中から「金光大神祭り日(まつりび)」として、10月10日に御祭典をお仕えになっておられました。明治16年の10月10日に、金光大神様は神上がられ、今日でも10月10日には、御本部に於いて生神金光大神大祭がお仕えになられます。昨日10月10日は、阿倍野教会のお広前で、ご信者皆様と共に、御本部生神金光大神大祭を遥拝させて頂きました。真に有難いことでございます。

★教祖様はご生前中に、福嶋儀兵衛先生に対して『月も雲に隠れることがあろう。隠れても月は雲の上にある。此方とて生身であるから、やがては身を隠す時が来る。形がなくなっても、どこへ行くのでもない。金光大神は永世生き通しである。形のあるなしに心を迷わさず、真一心の信心を立てぬけ。美しい花を咲かせ、よい実を結ばせて下さる。』と仰せられました。福嶋先生が「それはいつのことですか」とお伺いされますと、『此方はどこへも知らせないが、真ある者には神様がお知らせになろう。凧の糸を引くようにな』と仰せられたということです。その仰せの通り、教祖様の直信の信者の中でも、とりわけ信心の篤い方々が、神様から教祖様お国替えのお知らせを頂かれて、遠方各地からも、御霊地に参拝なさってこられたということです。近隣であっても、遠方であっても、まさに時間も空間も超えて、神様のお徳が現れたのでした。

★二代教会長・伊藤コウ師は、〔「神様、どうぞ良い考えを頂かせて下さい」と、しっかりお願いさせて頂きなさい。そして考えが浮かんだら、「神様有難うございます。もっと良い考えがありましたら、どうぞ教えて下さい。」と、お願いさせて頂きなさい 〕と、み教え下さいました。生神金光大神様は、永世生き通しでお働き下さっておられるのですから、生神金光大神様のお取次のご庇礼は、こちらの頂き様次第で、いくらでも蒙らせて頂くことが出来るのです。事の大小にかかわらず、軽重を問わず、いつどんな時でも、素直に、謙虚に、生神金光大神様のお取次を頂きながら、物事を進める稽古をさせて頂きたいと思います。
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2021年10月10日

●足元の大きな穴を埋め、盤石にする為 

8日のみかげ会で、お話しされた藤原氏のお父様は、家具職人であられました。

★ある家具製造会社の職長として、安い月給で勤務しておられた時のことです。勤務してから5年ほどして、会社の社長が土地を勝手に売却し、何千万という会社のお金をすべて持ち逃げして、「後のことはお父様に頼む」とのことで行方不明となり、倒産したのでした。この時、工場の機械は、全てお父様の名義になっており、注文先の方々はお父様に「社長になって仕事を続けて下さい」と言って下さり、また職人さんも「一緒に仕事をして下さる」と言って下さったのです。

★会社の売り上げは安定し、なんら問題はなかったので、お父様は、「今まで辛抱したおかげで、結構なお話を頂いた」と思って、二代教会長・伊藤コウ師にお届けされました。コウ師は「そんな物はすべて返して、無条件でやめてきなさい。あなたのしていることは、大きな穴の上で仕事をしているようなもの。行く行くは、みんな逃してしまう物です。」と仰せられたのです。しかし、お父様は仕事が軌道に乗っているので、未練があり、その後も製品を作っておられました。ある日、コウ師はお父様をお呼びになり、「泥沼に釘を打っているようなものだから、いくらしても無駄です。直ぐに辞めなさい。」と懇々とお話し下さったのでした。お父様は、他の方に無条件ですべて譲り、退職され、新たに家具職人としてほかの会社に勤められました。コウ師は、めぐりのついた物を身につけないようにと、ご教導下さったのです。

★後になって判明したことですが、お金を持ち逃げした社長は、その後1年余りで、心臓麻痺で亡くなってしまったそうです。また、無条件で譲り渡した会社は、売り上げが2億円以上までに成長しておりましたが、悪い人に乗っ取られて、倒産したというのです。

★お父様が、家具のお店を独立開業される際に、コウ師より「お客さまからの注文を、断ってはいけません。お金が無かったら買わない。借金はしない。何事にも先ず、御祈念をさせて頂くこと。何事も、する前にお取次ぎ頂き、お願いをするのと、しないのとでは、天地の差があります。」とみ教え頂かれ、生涯守り通されました。そして、日々の御用では、17年に亘って数取りの御用を続けられ、毎朝のお参りは、御祈念が始まる前に参拝され、50年間お国替えされるまで続けられたのでした。

★信心辛抱のご修行を、有難くさせて頂かれたことにより、後々の子孫まで、健康の上にも、お仕事の上にも、経済の上にも、全てにおかげを頂いておられるのです。
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2021年10月09日

●神様に大きな真を向ける

 8日には、みかげ会例会が開催され、藤原氏より有難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★藤原氏の家のご信心は、藤原氏のお父様が、昭和25年に、阿倍野教会にお引寄せ頂かれたことから始まりました。広島から大阪へ来られた当初は、古い家の三畳と四畳半の二階を借り、炊事は干場を使って飯盒で、お米を炊くという生活であられました。

★二代教会長伊藤コウ師より「天地の親神様は、どんな事でも聞いて下さる神様だから、お願いを持って、お参りさせて頂きなさい」と、み教えを頂かれた藤原氏のご両親は「家を頂きたい」との願いを持って、日参に励まれたのでした。そして3年後に突然、家主さんより「二階を出て下さい」と言われ、コウ師にお届けなさいますと「結構です。信行期間中におかげを頂きましょう」とみ教え頂かれました。

★この年より信行期間が始まり、当時の御祈念は朝4時からで、期間は50日間でした。ご両親は一層日参に勢を出され、日参と聴教、夜中参りを、一日も遅れることなく、続けられたのでした。筋向いの二階建ての大きな家が空きましたが、買わせて頂くだけのお金が無いところを、売主と親しくしておられた方が、「私が責任を持ちますから、藤原さんに売ってあげてください」とお願いして下さり、保証人になることや、頭金の金額、残金の月払いなどの条件を、売主さんと交渉して下さったのです。コウ師にお取次頂かれ「結構ですね。すべて現金で買わせて頂きなさい」との言葉通り、家を買わせて頂かれたのでした。

★コウ師から「これからどのように、お礼のご信心をさせて頂きますか?」と、尋ねられたご両親は「三年間、御修行をさせて頂きます」とお答えなさり、お母様は家計簿をコウ師に目を通して頂き、頂かれたみ教え通りに、無理無駄ムラを省いていかれ、お父様は朝四時に参拝させて頂かれ、参拝者の数取りの御用を、十七年間にわたり、無遅刻無欠席で続けられたのでした。

★1つのみ教えを守らせて頂くだけでも、容易なことではありません。ご両親は有難いことを分からせて頂いて、どこまでもみ教えを守らせて頂き、さらに、自分自身の決めたご修行を守ることを続けられたところに、神様から何もかもお守り頂けるお姿になられたのだと、思わせて頂きます。現在では有難いことに、ご両親から見たお孫さんに当たられる方が、自ら「お宅祭のお供え物をさせて頂きたい」と申し出られ、続けられています。自身のお姿を以て、お手本を示され、子孫の真心を育てさせて頂かれた、ということが、一番の財産であると思わせて頂きます。

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2021年10月08日

●本心の玉を磨く

あるご婦人は、「息子の嫁に着物を買ってやったのですが、お礼の一つも言いません」と、二代教会長・伊藤コウ師にお届けなさったのでした。コウ師は、「それは、あなたがお嫁さんに対して、お礼の心が足りないんじゃないですか?日々、大切な息子さんの食べること、着ること等、一切のお世話をして下さっているお嫁さんに、まずはあなたが、しっかりお礼を申すように心掛けさせて頂きましょう。」とお話し下さったのでした。

★そのご婦人は、「全くその通りでございました。これから、しっかり改まらせて頂きます」と、み教えを有難く頂かれたので、コウ師は、「有り難いなあ!あなたは、日頃からみ教えをしっかり聴いておられるから、このようなみ教えも、すぐに素直に聴かせて頂くことが出来るのですよ。」と仰せになり、大変喜ばれたのでした。

★このご婦人は、7人のお子さん、14人のお孫さんに恵まれ、親孝行を願う子孫の皆さんから米寿のお祝いをして頂かれた時には、「これからは、子孝行、孫孝行がさせて頂けるよう、元気におかげを頂きたい」と、有難いご挨拶をなさったのでした。90才を超えられても、教会の近くに1人でお住まいになり、家事全般、身の回りのことも自分で何でもさせて頂かれ、日参・聴教に励まれながら、お掃除など御用を通してお徳を積まれたのでした。

★自分の心が我情我欲で一杯になり、頭も既成概念で凝り固まっていては、有難いみ教えを頂いても心から漏れ出てしまいます。時には自分の狭い考えで、はねつけてしまって、み教えの尊いご神意を頂くことは出来ません。日々お取次を頂きつつ、己を省みることによって、心と体の余計なものをお取り払い頂き、まっさらな心でみ教えを頂くことが出来、真の改まりが出来ていくのです。

★『玉磨かざれば光なし、光なければ、石かわらのごとしというておるが、また、信心する氏子は本心の玉を磨きて信心せねばならぬ。鉄でも磨けば銀のように見える。金銀も磨かねば光がない。人間、万物の霊長なれば、本心の玉を磨きて、何事にも心がけをよろしきようにせねば、神様へ信心しておると思うても、人が信心なと見て敬うてくれず、わが身信心と思うほかなし。』
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2021年10月07日

●有難いの一心で・・・

 大正15年10月28日、阿倍野教会(旧広前)ご建築を目前に、初代教会長伊藤徳次師がお国替えなされました。徳次師の十日祭をお仕えさせて頂く日に、建築に携わっていた方々全員が、教会長夫人であるコウ師に対して、建築委員総辞職という連判状を提出なさったのでした。

★コウ師は、その連判状をご神殿にお供えされ「この度は、人を頼りにせず、神様を頼りにしなさいとのみ教えを頂いて、良い機会を与えて頂きました。ありがとうございました。人に建てて頂く教会は人の教会、神様に建てて頂いた教会は神様の教会。どうぞ、恩借やご信者の分担金、銀行借入金なしで建てさせて頂きますように・・・」と神様に御礼を申され、お願いなさったのでした。

★境内地の土地は購入済みで、建築用の木材が積んである中、工事は一旦中断されました。ご建築にご尽力下さった竹本駒蔵師は、その状況を見られて「建築は到底先になるだろう」と思われて、京都に帰られたほどのことでした。そんな中、コウ師は神様に「初代教会長先生のご遺志を、何としても受け継がせて頂けますように。私は現在32歳で、どんなご修行もさせて頂く所存でございますが、母親が68歳ですので、お広前のご建築が3年先、5年先と悠長なことは言っておられません。母親が元気な間に建築させて頂いて、ご安心頂きとうございますので、1年間でおかげが頂けますように。」と、お願いなさって、四面楚歌の中ご建築に取り掛かられたのです。コウ師は、初代教会長先生のご遺志を引き継がせて頂きたいと願われる心と、親の心を思う心を両輪に原動力となさって、意地の一心や、欲の一心ではなく、有難いの一心で神様におすがりなさったのでした。

★ある時、竹本駒蔵師が、建築費の7割程の現金を「無期限・無利子ですから、遠慮なく使いなさい」とわざわざ京都からお持ち下さいましたが、コウ師は丁寧にお断りになられました。すると、竹本師は「それでは、お供えさせて頂こう」と仰って下さいましたが、コウ師は「先生がお供えなさるのは、御本部があられ、親教会があられますから、それは筋違いでございます。神様の心に適いませんので、お受けすることはできません。」とお断りなさったのです。そしてついに、借金なし、分担金なし、寄付の強要なしで、翌年の昭和2年11月11日、開教5年の記念大祭と新築落成の祝祭を盛大に奉行させて頂くことが出来られたのでした。

★自分中心に物事を考え、人を見て、人を頼りにしてしまいますと、事が起こった時に、腹立ちや、ねたみ根性、ひがみ根性、人を恨んだり憎んだりする、意地の一心・欲の一心が起こってきます。それらをすべて、神様にお取り払い頂けるようにお願いしながら、有難いの一心にならせて頂きましたら、有難いことに道を失わずに、おかげを頂いて行けるのです。

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2021年10月06日

●喜んで真剣に家業に打ち込む

昨日は、真栄根会例会で、森田氏より有難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★森田氏は、フランス料理を学んでおられましたが、ピザ職人になることを決意されて、イタリア語を一から勉強され、イタリアへ留学され、ピザ専門店に修行に入られました。食べることと住む場所は、店のオーナーが世話をして下さったそうですが、最初の二年間は勉強の期間ということで、給料なしで働かれたということです。メモは全てイタリア語でとり、気になることは、納得できるまでとことん先輩に質問なさって、寝る間も惜しんで勉強されたのです。そうした努力が身を結び、イタリアで開催されたピザ職人の世界大会に出場することを勧められ、日本人初の総合一位を獲得されました。それでも、決して慢心されることなく修行に励まれ、更に翌年には、ピザのデコレーションの部門で優勝されたのです。

★三年半のイタリアでの修行から帰国後、ご信心のある奥様とご縁を頂かれ、入信されました。初めは、福島区にお店を構えられたのでしたが、「住宅と店舗が一つになったお店を構えたい・・・」と、ご夫婦が願われ、何度もお取次を頂かれて、谷町6丁目にお願い通りの店舗付き住宅を新築させて頂くおかげを頂かれました。森田氏は、同業者の方の繁栄を願われ、地域に貢献し喜んで頂ける経営をなさって、円満に繁盛のおかげを頂いておられます。

★無心に打ち込んで仕事をさせて頂きますと、有難いことに神様から与えて頂いている能力が磨かれ、十二分に発揮出来るようになってくるのです。例えば、果物の販売をされているご信者は、長年仕事を続けておられますと、果物を見ただけで、品種も産地も、味さえも分かるようになってくるということです。皆それぞれの家業に、喜んで真剣に、打ち込んでさせて頂いておりましたら、他の人には感じることのできないような感覚を身につけて、表すことができるようになるのです。神様から与えて頂いている能力は無限のもので、私達には強い強い力があります。それは、苦難を跳ね飛ばして、生き抜いていく強い力があるということです。神様から自分自身に授けて頂いている力を見出していけるように、打ち込んで家業に励ませて頂きましょう。
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2021年10月05日

●ご慈愛の中に生かして頂いている御礼

『心配する心で信心をせよ』とみ教えを頂いております。私達は、完全無欠ではありませんから、心配が次から次へと、起こってきますね。しかし、信心させて頂く者は、その心配をお願いに変えさせて頂けることが、本当に有難いのです。そのご信心を、私達は日々、稽古させて頂くことが大切です。

★何か物事が起こってきた時に、「神様は、どういうご意味で、この出来事を与えて下さったのでしょうか?私には到底分かりません。どうぞ教えて下さい・・・」と御祈念させて頂いて、教えて頂いたら、「なるほど、そういうことでしたか。分かりました。有難うございます」と、意味が分かってから、お礼が申せるというのが一般的です。

★しかし、その物事が起こってきた瞬間に、ご意味が分からなくても、都合の悪い、難儀に思えるようなことであっても、「金光様有難うございます」と、まずお礼を申す稽古をさせて頂きたいものです。そして「これは、神様が私に、必要であるがゆえに与えて下さったことだ!有難うございます。可愛がって下さって、有難いことでございます。何卒、ご意味を教えて頂けますように・・・」と、分からないながらも、お礼を申せるようになってきましたら、出来てくることを丸生かしにさせて頂き、しっかりと、本質を掴ませて頂けるようになっていくのです。

★このお道は、喜びで開けたお道です。難あって喜び、苦あって喜び、喜びによって有難い受け物が出来ていき、将来が開けていくのです。苦難によって、神様に近づかせて頂けるのですから、難はおかげなのです。ただただ、「生神金光大神様、天地金乃神様、有難うございます・・・」という心持ちにならせて頂くことを稽古するのです。そして、神様のご慈愛の中に、日々有難いお恵みを頂いて、お許しを頂きながら、生活をさせて頂いていることを、悟らせて頂くことです。「どれほどご辛抱頂いていることか・・・、どれほどお許し頂いていることか・・・、有難いことでございます。勿体ないことでございます」という、姿勢を大切にさせて頂きましょう。

★『心配が増したり、物事に苦を病むようになるのは、ご信心が落ちた証拠ぞ。この折、これをありがとう思うてご信心すると、これが修行になって、また一段とご信心が進んでくるが、そうでないとご信心が落ちてしもうて、心配や難に負けて、どうならぬようになってしまう』

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2021年10月04日

●常の信心によって、大きな出来事も乗り越えてゆく

阿倍野教会の信徒総代をなさって、昭和42年70才でお国替えされた植田藤楠氏は、お若い頃に会社の鉄工所で、鉄板が倒れてきてそれに接触した為、右手の親指が皮一枚残して切れてしまうという事故に遭われました。すぐに病院に行かれたのですが、医師からは、「一応手術しますが、血管も神経も切れていますから、つきませんよ。血液が通わなかったら、腐って取れてしまいます。元の通りにはなりません。」と言われたのです。当時の外科手術では治る見込みは少なかったのです。植田氏の奥様は、早速教会へお参りし、二代教会長伊藤コウ師に、「親先生、体裁が悪いですから、せめて格好だけでも、ひっつくようにおかげを頂きたいと思います。」とお届けなさいました。

★するとコウ師は、[私はそんなお取次はようしません。役に立たない格好だけの指なら、セルロイドでも木でもひっつけておきなさい。そんなお願いは、天地の親神様に対してご無礼でしょう。天地をまる生かしになさる親神様の御神徳を、汚し奉るようなお願いは出来ません。「元通りにしっかり働きの出来る指にして下さい。」というお願いならさせて頂きましょう。]と仰ったのでした。コウ師は、お願いさせて頂く上での心構えとして、神様の御神徳を現して頂けるような願い方をさせて頂かなければ、おかげを蒙ることが出来ないということをご教導下さったのです。

★そのみ教えを頂かれた奥様は、すぐに改まられました。普段から、危険な現場でご主人が無事に仕事をなさっておられたお礼と、お礼の足りないお詫び、妻として後ろ祈念の足りなかったことをお詫びを申され、ご主人の側で夜通し御祈念なさったのでした。すると後日、手術なさった医師が「血管も神経も元通り通っています。奇跡的です!」と大喜びをなさった程の回復のおかげを頂かれ、元通りに働きの出来る指に治して頂かれたのでした。

★人間ですから、心配にかられたり、不安でどうしようもなくなったり、出来事に打ちのめされたり、まともに前を向いて進むことができない瞬間が、訪れてこないとも限りません。しかし、その時こそ、常の信心の積み重ねによってみ教えを頂いておすがりさせて頂くことが大切です。正しいお願いをさせて頂く道に、自分自身を引き戻して頂きますと、有難いことに、そこから一歩一歩前に進ませて頂くことが出来るのですね。

★『自分の事になってくるとなかなかわからんものじゃが、そういう時には金光様はどうなさったじゃろうか、どうなさるじゃろうか、おかげを蒙っておる者はどうしたらよいのじゃろうかと考えればすぐ合点がいく。しかし我々はつまらんから合点がいってもなかなか実行できん。そこでお参りをせねばならん。お参りをすると教えて下さり、できるように願って下さり、引っ張って導いて下さる』
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2021年10月03日

●天地のご恩を知る

 建築の仕事をなさっていた、あるご信者は、教会にお引寄せ頂いて、み教えを聴かせて頂くまでは、自分が努力して技術を身に付け、施主の要望に出来る限り添えるよう、誰にも恥じることのない仕事をしてきたと、自負しておられたそうです。ところが、お参りをさせて頂いて、み教えを頂かれる度に、それが思い違いであり、神様に対してご無礼な仕事ぶりであったということが、悟らせて頂けるようになられたのでした。

★そのお方は、「自分の木材や釘や道具等は大切にしていましたが、自分の利益に関係のない、得意先の材料が余りますと、捨てておりました。施主さんに損はさせないように、施主さんに喜んで頂くことだけに意識をおいていました。ところが、み教えを頂きますと、神様から与えて頂いている材料を無駄にすることで、自分自身にめぐりが積み重なっていたことに、初めて気が付きました。神様のお恵みに対するお礼と、当たり前のように、そのお恵みを無駄にしていたことに対する、お詫びが出来ておらず、天地に対する御無礼を重ねていたことを痛感しております。これからは材料を無駄にしないよう、仕入れの量も気を付け、材料が余れば、それを生かして使わせて頂けるように、努力と工夫をさせて頂きます。」とお詫びを申されたのでした。

★また、阿倍野教会の現在のお広前ご建築中のことですが、工事中の境内地に、まだ使えそうな釘が、何本も落ちていたことがあったようです。ある時には、まとめて土に埋められていたこともあったというのです。大工さんからすれば、釘の代金は施主が払うものであって、少々の材料を無下に扱っても、自分の懐に影響はない、という考えがあったのかもしれません。三代教会長先生は、それらの釘一本も無駄になることのないように、拾って集められたということです。

★日々油断なくみ教えを頂き、天地の道理、親神様のご恩をしっかりと分からせて頂くことが大切です。知らず知らずご無礼を重ねることのないように、ご恩を知り、ご恩に報いる信心生活にならせて頂けるよう、おかげを頂きたいと思います。

★『木の恩を知りておる人少なし。木の生えるはじめ双葉であるが、おいおい成木するのは天地の親神のおかげである。田畑に植える物には肥やしを施すが、山には肥やしを施す者なし。日に月、年を重ねて大木となる。これを用材として家屋建築するにつきては、第一、天地の神のご恩を知らねばならぬ。次に、毎日薪の恩を知りて、食べ物の支度をいたす者少なし。天地の神様のおかげで、四季に応じ水気があがりおりするゆえ、春、芽を出す。秋は木の葉が落ちるを見て、神様のおかげであるということを知らねばならぬ。』

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2021年10月02日

●実意丁寧な姿勢

『実意丁寧、これが金光様が神様からご信用を受けられて、生神様になられたもとじゃ。天地金乃神様を信心する者は、このもとの実意丁寧を一番に見習わねばならぬ』

★私たちは、教祖様の「神様に対して、どこまでも実意・丁寧なご姿勢」を習わせて頂く必要があります。実意とは、御恩を知って、御恩に報いさせて頂きたいと願う心のことであり、真心とも表現します。丁寧とは、まだまだ至らないことが多くある自分だと思って、何度も反復練習して、求め求め、磨きをかけてゆくことです。日々新たに、実意丁寧な姿勢を稽古してゆき、物事を習熟し熟練させて頂きましたら、早く、綺麗に、丁寧に、正確なことがさせて頂け、同じ時間内に、より高度な行き届いた仕事がさせて頂けるようになってきます。どこまでも謙虚に、実意・丁寧を心掛けさせて頂きましょう。

★孔子の弟子である曾子は、実に実直で親孝行な方で、孔子亡きあと一門をとりまとめた方だそうです。
論語の中に、次のような言葉を残しています。
「曾子曰く、吾日に三たび吾が身を省みる」…私は毎日何度も自分を省みる。
そして曾子は、日々、次の3つのことを何度も反省しておられたそうです。
@「人のために謀りて(はかりて)忠ならざるか」…人の相談相手になって、いろいろと考えるとき、真心を尽くさなかったのではないか。
A「朋友と交わりて信ならざるか」…友人と交際する中で、誠実ではなかったか。
B『「習わざるを伝えしか。」と。』…自分がまだ習熟していないことを、人に教えはしなかったか。

★神様の氏子として、それぞれの立場で、自分自身が、今日一日実意丁寧な生活がさせて頂けただろうかと省みながら、日々見直し、聞き直し、考え直しをしつつ信心を進めてまいりましょう。
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2021年10月01日

●お礼を言う心が篤いほど、信心が篤い

 お礼を申すということ一つをとりましても、様々なお礼の申し方があります。自分の思うようにならなければ、お礼が申せないというのは、視野の狭い生き方になってしまいます。例え病床にあっても、お礼を申せることは多くあります。

★腸閉塞で入院なさっていた、ある方は、まず「お水が飲めますように」とお願いなさっておられました。腸閉塞を悪化させてしまいますから、水を飲むことも食事を食べることも出来ません。そのような中で、信心辛抱させて頂きながら、お命を頂いているお礼を申し、治療を受けさせて頂いているお礼を申し、看護して頂いて、色々な方にお世話になっているお礼を申されたのです。そうしてお水、重湯と頂けるようになっていかれ、徐々に回復させて頂くごとに、お礼を申す範囲も広がってゆき、全快のおかげを蒙られたのでした。

★厳しい状況に陥らなければ、日々の有難いことに気付けない、ということでは申し訳ないことです。毎日生かされて生きているお礼を申し、お水も食事も頂け、大小便もお取り払い頂けて、通常の生活を送らせて頂いていることが、どれほど有難いことでしょうか。

★自分の不注意で、怪我をしてしまうこともありますが、大難を小難にして下さって、小さなことで教えて下さっているのです。そこに、神様の思し召しがあってのことです。そのことを、まずお礼申さねばなりませんし、今まで積み上げてきた信心のお徳と、身のめぐり・家のめぐりが、せめぎあって、一番軽い状態でご都合をつけて頂いているということが、すでにおかげを頂いてのことなのです。

★しかし、そのことによって、何かをお知らせ下さっているのですから、そのみ教えを、しっかりと、つかませて頂くことが出来てこそ、神様の思し召しが分かるということですね。何かことが起こってきたら、そこには必ず、神様からのお手紙が付いています。そのお手紙を読み解くだけの力を頂かねばなりません。日参と聴教に励ませて頂いて、日々、更なる向上を遂げさせて頂けるように、鍛えさせて頂きたい、磨かせて頂きたいとお願いしましょう。そして、どんなことが起きてきても、おかげにさせて頂ける自分自身にならせて頂きたい、とお願いしましょう。何事があっても辛いと思わず、全てを有難いこととして、受け取らせて頂けるだけの、受け物を作らせて頂きたい、と願わせて頂きます。

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