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2021年09月16日

●お礼とお詫びの心を厚く

 先日、甘木教会に参拝させて頂いた際に、教会長先生よりお結界で、阿倍野教会の初代教会長・池田徳次師が、甘木教会でご修行させて頂かれた際のお話を聴かせて頂きました。16歳という年齢から、池田家の代表としての役目を負って教会にご修行に入らせて頂かれ、辛抱も苦労も沢山あられた中を、足かけ8年のご修行を成就なさったということは、真にもったいなく有難いことであると、改めてみ教えを頂いたことでした。一日一日、お礼の心、お詫びの心を新たにさせて頂かれながら、願う心を強くさせて頂かないことには、とてもご修行成就させて頂けることではあられなかっただろうと、有難く感じさせて頂きます。

★ご修行は、今日まで頂いた広大無辺のおかげを自覚させて頂き、お礼の心で有難くさせて頂く真心が、神様に通じていくのです。ご修行が進めば進むほど、自分の信心の至らなさに気が付かせて頂き、お詫びの心とお礼の心が厚くなっていくものなのです。「自分はこれだけの辛抱をした。ご修行をした。」と、公言してしまうということは、辛抱も、ご修行も足りないということを露呈しているに過ぎないのです。

★三代教会長先生は、自分自身の戒めとして、「神様は、私に必要以外の何物も与えず、長い人生に遭遇する一切の経験は、皆自分の本心の成長の為にあるのであって、無駄なことは何一つもない。元気な心で試練に堪えよ。たとえ天災や病気や怪我であっても、或いは、わけのない中傷であっても、又、気のすすまない仕事であっても、何事も御神意としてとり、明るく生きぬく覚悟を持て」とお書きになったものを私達に残して下さいました。神様の思召しの尊いご意味をしっかりと理解させて頂けるよう、日々ご信心の稽古に励ませて頂きたいと思います。

★『金光様は、有難き・恐れ多き・勿体なきの三きを備えて祈れ。一切の願い事を成就させてやる。とおっしゃったが、この有難き・恐れ多き・勿体なき三きの心に、新気・根気・働きが立ち添うてこそ、一切成就の御信心がそなわるのじゃ。これが真の神徳を受けるもとになるのぞ』
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:32 | 令和3年の「み教え」