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2021年09月10日

●おかげの受け物を作る為には

二代教会長・伊藤コウ師のご時代に、あるご婦人が、息子さんのお嫁さんのことについてお届けなさいました。

★「うちの嫁の為にと、着物や色々なものを買ってあげても、お礼の一つも言いません。真に困った嫁です。」と思わずこぼされたのでした。伊藤コウ師は、「それは、あなたのお嫁さんに対するお礼が足りないのです。かわいい息子さんのお世話を日々して下さって、おかげで息子さんは元気に仕事にも行かせて頂けるのでしょう。あなたがお礼が足りないから、それがお嫁さんに現れるのですよ」と、み教えになったのでした。ご婦人は、「先生、有り難うございます。真にその通りでございました。早速改まらせて頂きとうございます。」と、おっしゃったので、伊藤コウ師は、「よく分かって下さいました。あなたは、毎日お参りしてみ教えを頂いておられるから、私の話をすぐに理解することが出来るのですね。」と、大変喜ばれたのでした。

★誰一人として、お礼の十分に足りている人、信心が十分に行き届いている人はいません。家庭も、職場も、至らない者同士の集まりと言えるでしょう。日々、しっかりとみ教えを頂いている人ほど、自分の至らなさが見え、だれに対しても謙虚に、相手を立てて、円満な関係を築くことが出来るのです。自分の至らなさの自覚が、改まりの原動力になるのです。

★謙虚な姿勢で、求めてみ教えを頂かなければ、練り直すことも出来ませんし、受け物を作ることもできません。ましてや、そのみ教えによって心を打たれ、改まりを決意することもないでしょう。「虚を以て心を養う」とありますように、心を空にしてみ教えを頂くことが必要です。そして、日々求めてみ教えを頂き、有難く頂く受け物を作らせて頂きましょう。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:47 | 令和3年の「み教え」