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2021年09月04日

●真に有難しと思う心

私が金光教学院にご修行中に、学院長として御用なさっておられました内田守昌師は、大変立派な先生であられました。重厚なお人柄であられましたから、私はいつも尊敬いたしておりました。その先生が、ネフローゼ症候群を患われ、入院なされた時のお話です。

★入院されて、薬を毎日投与して頂かれ、一週間が経ってもなかなか効果が現われず、医師から「今日も効果が無い・・・」とばかり言われたそうです。毎日「効果がない」と言われますと、「もうこれで私は死んでしまうのではないか。・・・」「私の家族はどうなるのか。・・・」と心配に捉われて、病院食も頂けず、夜も寝れないという、不安でたまらない日々を過ごしておられたのでした。

★そんなある日、松山成三先生の奥様の松山いち先生が、病院にお見舞いに来て下さり「お願いしておりますよ。」と仰せられたそうです。そのお言葉がすとんと内田師の心に納まり、「そうだ、御祈念して頂いてるじゃないか。この親奥様の願いの中に、すべてお任せしたらいいじゃないか。自分で力んで、あれこれ心配せずともよいじゃないか。」と思うことが出来られたのでした。そして、お下がりで頂いたりんごを丸かじりに頂きながら、涙があふれ「今日がおかげ日だ!」と大変有難い気持ちになられたのです。すると次の日に、担当の医師が「内田さん、薬が効いた!」と告げて下さり、それからどんどんと良くなられて、病院食も美味しく毎日完食され、夜はゆっくりと休むことができられるようになり、全快のおかげを頂かれたのでした。

★内田先生ご自身が、お話しなさっておられた中に[自分というものは、なんと我の強いものであるかなあ。自分で欲や我を放そうとすればするほど、それができないものです。ところが「お願いしておりますよ」という、いわばお取次ぎの言葉を頂いた瞬間、しつこい我執が放たれ、心配がなくなり、有難い気持ちにならせて頂いたのです。いのちが承服したのです。なんでもないですね。放してみると、楽になるしありがたいし、ご飯はおいしいし、毎日が生き生きしてくるわけです。]とあります。

★『真に有難しと思う心、すぐにみかげのはじめなり』

★我を放しますと、有難いという心に満ち満ちて、おかげの船に乗せて頂くことができる、ということが分からせて頂けます。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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