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2021年08月05日

●いつでもどこでも元気な心で

『神信心しておかげを受けて、難儀な人を助ける身にならせてもらうがよい。神心となって、受けたおかげを人に話して真の道を伝えるのが、神へのお礼である。それが神のお喜びとなる。信心するといっても、これまではみな神様を使うばかりで、神様に使われることを知らない。天地金乃神様は人を使わしめになさる。神様に使われることを楽しみに信心せよ』

★三代教会長先生が、大腿骨頚部を骨折なさった時、検査と手術の為に病院に入院されました。三代教会長先生は、「病院に行くことによって、病気による痛みや、不安の為に苦しむ多くの方々を、目の当たりにさせて頂きました。平生は、お結界で御用をさせて頂きますが、この度は神様が、私を病院に差し向けられたと思っております」と仰いました。三代教会長先生は、ご自身も患者の立場であられながら、入院者や外来の患者の方々の助かりを祈られ、医師、看護師、調理師や清掃員の方々など、目の前の全ての人の助かりを祈られたのでした。また、お世話になる方々に丁寧にお礼を申され、病院のお食事も拝んで有り難く頂かれたのです。

★そのような入院生活を送っておられますと、手術後、通常ならば痛みが出るそうですが、三代教会長先生は、一切痛むことがあられなかったのです。医師からも、「痛みはありませんか?痛みを我慢すると動きが悪くなり、術後の回復も遅れますから、我慢せずに言ってくださいよ」と、言って頂かれたのですが、全く痛むことなく回復なさる、というおかげを頂かれたのでした。

★『やれ痛やという心で、ありがたし、今みかげをという心になれよ』痛いとか、辛いとか、苦しいということが、起こってくるのが人生ですが、そうした中に【今みかげを】という心にならせて頂きましたら、これまでの有難さも、ここからおかげを頂いていくということも、分からせて頂けるのです。【病気も災難も、神様の思召しがあってのことだ】と受け切らせて頂いて、そのことを通して、私達が「本心の玉を磨いていく」ということが大切なのです。私達が生涯を通して体験していく一つ一つの出来事は、本心の成長の為に与えて頂いており、出来てくることに無駄事は何一つないのです。そのように分からせて頂いて、どんな時も元気な心で、日々のご信心をより一層、力強く確かなものにさせて頂きたいですね。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 06:09 | 令和3年の「み教え」