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2021年08月31日

●御恩に報いる生き方をさせて頂く

大学の学長もなさった、哲学の教授であられた佐藤通次先生は、著書「言の林」の中で、「愛には、好む愛、求める愛、与える愛、応える愛の4つがある」と表わしておられます。「与える愛は、母親が子に愛情を注ぐように、報酬を求めない無償の愛」そして「応える愛とは、与えられる側にある者が、我に注がれる恵みの愛情を身に感じ、感恩感謝の念を抱いて、我を愛して下さる方に、愛を返してゆくということである」と表現なさっておられます。

★私達は神様から尊い生命を頂いて、神様からそれぞれにかけられている願いを悟らせて頂く事が大切です。その天命を悟り、報恩の心で日夜励ませて頂きますと、神様、御霊様は私達の足りない所を足して下さるのです。

★生かして頂いておりながら、人としての尊い本心を失う生き方にならないように、させて頂かねばなりませんね。その為には御恩を知って御恩に報いる生き方、そして実意丁寧、真心のこもった生き方をさせて頂くことが大切です。病気を患い、治療を受けて、身体が動きにくくなったとしても、身体を大切にするということは、何もせずに寝て暮らすことではありません。身体を大切にするということは、自分自身の体に頂いている能力を生かしてゆくということです。そして、自分の与えて頂いている使命をしっかりと分からせて頂いて、責任を果たしてゆくことが身体を大切にするということで、人生を大切にするということです。それは神様を抜きにして出来ることではなく、陰日向なくさせて頂くことが結構におかげを頂いてゆく生き方となるのです。

★『信心せよ。信心ということは、しんはわが心、じんは神なり。わが心が神に向かうをもって信心と言うなり。恩徳の中におっても、氏子、信なければ、おかげはなし』
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2021年08月30日

●生き通しのおかげ

 令和2年8月30日に、家内の叔父が83歳9ヶ月でお国替えされまして、昨日1年祭を仕えさせて頂きました。

★家内の実家は、仏式でご先祖を祀っておられましたが、結婚させて頂く際に、結婚後は金光教の教師になるために、家内一人が金光教の教徒にならせて頂くことをお許し頂きました。そして私共が、家内の実家のご先祖の慰霊祭を仕えさせて頂く際には、家内の親族も近畿内や関東、岐阜など各地から参列して下さっています。以前の叔父は無神論者であられましたので、そうしたお宅祭には「兄弟・親戚が集まるから行く」という理由でお参り下さり、「信心はしませんから、誘いもしなさんな」と仰っておられたのです。私たちもそのことを理解して、仰る通りにさせて頂いておりました。

★その叔父が、色々と悩みを抱えておられる時に、亡くなられたお母様(家内の祖母)が夢に出てこられたということです。そして「やよひ(家内)に相談すれば良いではないか・・・」と仰られたそうです。叔父は早速、家内に電話をかけて来られ、信心をさせて頂かれるようになられたのです。そして教徒にならせて頂き、ご先祖を金光教式でお祀りさせて頂くことになられたのでした。

★末期がんを患っておられた奥様(家内の叔母)を、献身的にお世話なさり、どうすれば奥様に安心してもらえるか、ということを真剣に考えられた末の決断であられました。その後、奥様がお国替えされた際には、金光教式で告別式や旬日祭をお仕え頂かれました。その後も叔父は、ご命日を大変大切になさり、丁寧に参拝されてお届けを続けられ、叔父自身も大病をされましたが、手術も無事成功され、元気で穏やかに過ごされたのです。

★『手厚く信心をする者は夢でもうかつに見るな。神は、夢にでも良し悪しを教えてくださる』とみ教え下さっておられます。教えて頂いた中身を正しく捉えさせて頂いて、有難いおかげを頂いていく方向へ舵取りをさせて頂くことが大切です。生前中のことを振り返ってお礼を申し、霊様として生き生きとお働き下さるように祈って頂き、お祭りをお仕え頂くことが出来ることは有難いことです。そして霊神として、永遠に有難い働きをさせて頂ける存在にならせて頂けるのです。生き死にを通して、天地の親神様の御神徳の中にお守りを頂くことが出来ることは大変有難いことです。

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2021年08月29日

●この身この心を神様に向けて信心せよ

あるご婦人のご信者は、脳梗塞の後遺症で半身不随になられたのでしたが、そのお身体で、阪南町からシルバーカートを押しながら、朝参りを毎日続けられました。

★ご信者は、ある時から段々と左足の甲が腫れてきて、ふくらはぎと同じ位の太さにまでなってしまわれたのでした。病院で処方された薬も根本的な治療にはならず、次第に病院に行くことも出来ない程に腫れと痛みが増し、歩けなくなり、医師に往診に来て頂かれたのでした。ご信者は、お剣先を御神酒に浸して、左足の腫れたところに貼っておられたのですが、傷口も何もないところから膿が出てお剣先についていたのです。そこで、医師がメスを入れてみられると、膿がどんどんと出てきて、ティッシュ一箱以上を使用するほどの血膿をお取り払い頂かれたのでした。

★早速、病院に入院して治療して頂かれましたが、なかなか腫れが治まらず、体中に膿が回ってきたのです。そこで、検査を受けられますと、糖尿病と痛風による合併症を引き起こしていることが分かったのでした。その後、今度は食事が入らなくなって、腸閉塞をおこしていることが判明したのです。

★詳しく検査を受けられますと、大腸にあるこぶし大のポリープが腸を塞ぎ、すぐにでも手術が必要ですが、体中に膿が回っている今の状態では手術は出来ないので、このままだと、2・3日の命であることが告げられたのでした。急な宣告に、ご家族は大変なショックを受けられ、お願いする気力も失いかけておられたのですが、「今こそ、家族が心を揃えてお願いさせて頂く時です。人間の命は、神様がお決めになることです。どうあっても良くなるようにお願いし、どうか親孝行がさせて頂けるよう、長生きして頂けるように、お願いさせて頂きましょう。」と、お話しさせて頂き、共にお広前でご家族も心を揃えて神様にお縋り出来られたのでした。

★すると、その夜中のこと、ご信者は夢か現実か分からない状態の中で、ベッドの周りをお装束を着た先生方、が四・五人も囲まれ、ご祈念下さるお姿を見られたのです。ご信者は、心の底からの有り難さと安心感に包まれ、「有難うございます…。と」お礼を申されたのでした。なんと、翌朝、肛門から液体のようなものをお取り払い頂き、その後に便をお取り払い頂かれたのです。医師に診察してもらいますと、「先日あったはずのポリープがない!」と、驚かれたのでした。その後、回復なさって水も食事も頂けるようになられ、1か月後退院させて頂かれたのです。後にお孫さんの結婚式を健康で迎えることができられ、家族中が喜ばれたのです。そして、安定した状態でご家族と共に過ごされ、一年寿命を延ばして頂かれ、一年後に実に有り難く、天寿を全うさせて頂かれたのです。

★『人間は神様の氏子、神様のおかげを身いっぱいに受けるように、この身この心を神様に向けて信心せよ。何事も無礼と思わず一心に取りすがっていけば、おかげが受けられる。枯れ木にも花が咲くし、無い命も繋いで頂ける。わが身におかげを受けて難儀な人を助けてあげよ。』
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2021年08月28日

●良い種を蒔く生活

 明治6年、教祖様のご時代に、お上のお触れ(通達)で神前を撤去しなければならないという事態が起こりました。それだけではなく、参拝者と共に御祈念したり、教えを説いて聞かすことも禁止され、それまでの信仰の形態の全てを取り上げられた、といっても過言ではないような状態になられたのでした。しかし、教祖様は決してお上に逆らうことなく、取り乱される事もあられませんでした。事前に頂かれた神様のお知らせを、ただ一心にお守りになったのです。

★『家内中、神のこと忘れな。何事あっても人を頼むことすな。良し悪ししことも、神任せにいたせい。心配すな。世は変わりもの、五年の辛抱いたし。とにかく、内輪きげんようにいたせい。もの言いでも、あなたこなたと申してよし。何事もあだ口申すな。』というご内容のお知らせを頂かれ、更に、本教の真髄ともいえる、「天地書附」は、銘々がどこにいても神様を拝む目当てと出来るように、この時期に神様からお下げ頂かれたのです。「天地書附」をいつも心の守となさりつつ、また、目当てとして銘々にご祈念なさりながら、神様のお知らせを守って信心生活を送られたのでした。その時神様から、『五年の辛抱』とお知らせがあり、その通りに覚悟をなさったところ、わずか31日間で神前撤去のお触れ(通達)は解かれ、再び神様をお祀りさせて頂き、拝ませて頂けることとなられたのでした。

★生活において、良い種をまくために・・・

一、家内円満(腹を立てない。けんかをしない)
一、互いに拝み合う・・・親子、兄弟、親戚、互いが拝み合い、また感謝し合ってお礼を申しあいながら生活させて頂く
一、何事も話し合い融和を心掛ける
一、何事も喜ぶ稽古をさせて頂く
一、良い所を見て良いことを口にする
一、飲食を節する
一、人が悪口を言っていてもそれに反応しない
一、陰で徳を積む
一、親、ご先祖を大切にする
一、初めを忘れず、慎みの心を保ち続ける

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2021年08月27日

●常平生からの積徳の信心の大切さ

先日、あるご信者は、腹痛を訴えられ、嘔吐し、食事も喉を通らなくなられました。家で安静になさっておられたのですが、水分も取り難い状態になったので、その奥さんが翌日、掛かりつけの病院へ電話を掛けられ、家まで往診に来て頂ける様にお願いされました。すると、医師が往診に来て下さり診察して頂きますと、すぐに大きな病院へ救急搬送して頂く必要ありと診断され、警察病院に電話を掛けられました。しかし、現在コロナウイルスの感染拡大により、「救急搬送は受け入れられません」と一旦断られたのです。しかし、その医師は「危険な状態ですから」と、何とか受け入れて頂くよう再度お願いして下さいましたら、有難いことに受け入れて頂くことが出来られたのでした。

★そして、すぐに救急搬送して頂きますと、なんと大動脈瘤が破裂しかかっており、これが酷かったら即死であったそうです。それを、循環器科の先生方や麻酔科の医師、看護師等たくさんの方々が集まって、チームを作って下さって、人工血管に替えて頂く手術を、緊急で4時間半掛けてして下さったのです。さらに大腸も癒着して破れていることが分かり、そこも縫い合わせて頂かれ、腹膜炎を起こさずに無事に手術を終えられたのでした。しかし、まだ大腸が腫れていますので、傷口を切開したまま、大腸の腫れが治まるのをⅭCUで待っておられる状態なのです。

★そのお方は、毎朝・毎晩日参されて、御用をされてお徳を積んでおられますから、本来でしたら、緊急入院出来ないところを受け入れて頂かれ、緊急手術も出来ないところをすぐに手術して頂いて、命を助けて頂かれたのです。医師も「よく間に合いましたね!大抵は手術が出来ずに亡くなってしまうのです。奇跡的ですよ!」と下さったそうです。

★考えてみますと、これは、人間が段取りをつけようとしても、決して出来ることではないのです。必要な時に、必要な様に徳の貯蓄が下りてきて、危ないところを助けて頂けるのは、日々の積徳のご信心が出来ておられる姿なのです。常平生から日参させて頂き、ご信心させて頂いて、お徳を積ませて頂く働きをさせて頂いておりますと、いざという時に間に合うように、お繰り合わせを頂くことが出来るのですね。
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2021年08月26日

●親も子も共に育つ

 昨日は、学生講演会が無事に開催され、中学生・高校生・大学生・専門学生、計四名が出場されました。出場なさった方々は、幼少の頃からお引寄せを頂かれ、ご信心を基にお育て頂かれた大変有難い講演をして下さいました。

★三代金光様の奥様であられる金光キクヨ姫様は『子供が大きゅうなる、大きゅうなると言うけれども、親がじっとしていて、子供だけが大きゅうなったんでは子供の方が大きゅうなるぞ。子どもが大きゅうなるほど親の心も大きゅうならにゃあ、親の値打ちはなくなってしまいます。その子その子で皆違うのじゃから。人とくらべてあれこれ言うてはなりません。しっかりお礼申して、先々お役に立つ子としてのおかげをお願いさせていただかねばなりません。』とみ教えを残して下さいました。

★福田美亮師は『我が道は子孫繁盛・家繁盛の道であるから、神に祈って子宝を頂け。』『子は神の氏子、養育を神に託されたものとして大切に育てよ。』『可愛ゆくば、三つ教えて五つ褒め、二つ叱って、良きひとにせよ。』と、子供の養育について教えて下さっています。これは、親の器が大きくならなければ、なかなか出来ないことです。親は、つい子供の悪いところばかりを見たり、他の子供と比べてしまうことがよくあります。それでは、子供も親も助かりません。子供が成長させて頂いてゆくごとに、親の信心も大きくならなければなりませんね。

★二代教会長・伊藤コウ師は、山本五十六元帥の言葉を引用なさり、「して見せて 言うて聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は育たぬ」ということを、よくみ教え下さいました。子供の代、孫の代がより一層体質が改善され、性質も改善されるように、長期に亘ったお願いをさせて頂き、良い行いを代を重ねて続けさせて頂くことによって、悪いめぐりの根を切って頂けるのです。親の代におかげを頂いたことについて、どの様に改まって、どの様にお願いしておかげを頂いたのかを、子孫に伝えさせて頂いて、代を重ねて信心を強く確かなものにさせて頂くことが、繁盛の道へとつながります。神様からお預かりしている氏子を大切に育てさせて頂いて、信心を基に養育をさせて頂きましょう。

★『父母も子どもとともに生まれたり 育たねばならぬ子も父母も』(四代金光様)

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2021年08月25日

●神様に通じる正しい願い方とは…

ある娘さんのお父さんは大層酒乱で、お酒を飲むとお母さんに対して暴言を吐き、さらには暴力を振るうなど、家族を大変困らせていました。 そこでその娘さんは、母親の悲しむ姿を見るのが大変辛く、なんとか助けて頂きたい一心で教会へお参りなさり、「どうしてもお父さんに酒飲みを止めて頂きたい。」とお願いされました。しかし、お願いさせて頂いておりましても、父親が酒を飲むことはなかなか止めませんでした。

★ある日お結界で、「私はお願いしておりますけども、父親が酒を止めてくれません・・・」とお届けしますと、「神様は親孝行が一番お好きです。あなたのお願いは親孝行になっていますか?あの父親さえいなければ、私の家は結構になるのに…等と思っていませんか? それは心で人を殺すことになり、神様のお心には適いません。どうぞ父親が健康で長生きして頂くために、お酒を止めてくれますように、とお願いさせて頂きましょう。 それが神様のお心に適うのです。」とみ教え頂かれたのでした。

★そのみ教えを頂かれた娘さんは、ハッと自分自身の間違いに気付かれて、今までのお願いの仕方を改められたのでした。それからは、お父さんに対して責める心を取り払い、一心に健康と長寿をお願いされるようになったのでした。すると、お父さんは、有難いことに自らお酒を止めてくれるようになり、暴言暴力が無くなり、円満に生活させて頂けるようになられたのです。

★お願いのあり方が大切なのです。それぞれのお願いを正しい方向へと導いて頂けるのがお広前であり、御結界です。「自分は正しいことをしている」と思っていても、お取次ぎを頂くことにより、自分の過ちに気付き、神様の願い、正しい願い方を教えて頂けるのは、大変有難いことですね。

★『死んで、ものを言わぬようになってから、ああもしてあげておけばよかった、こうもしてあげておけばよかったと、心残り多いことが多かろうが。親孝行は親の達者の間にしておかねばならず、信心は生きておるうちにしておかねば、後の祭りになるぞ。早うて間に合わぬためしはあるまい。親の達者の間の孝行と、生きておるうちの信心とが、家繁盛のもとじゃ。』
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2021年08月24日

●祈って頂いている私達

 22日には、御本部に代表参拝をさせて頂きました。お広前で御祈念をさせて頂いた後に、ご信者皆様が「御本部に奉献させて頂きたい」と願われました真心からのお献備を、金光様にお取次を頂き、お供えをさせて頂きました。そして、御礼とお詫びとお願いのお届けをさせて頂いたことです。その後、教祖様・二代様の奥城、三代様・四代様の奥城に参拝させて頂き、ご祈念をさせて頂きました。

★そして後に、金光英子先生にご挨拶をさせて頂きました。その際に、今日までおかげを頂き続けておりますことを御礼申し上げ、25日に学生講演会を開催させて頂くことをお話しさせて頂きますと「阿倍野教会で、例年通り学生講演会が開催されることは大変嬉しいことです。学生さんが4名講演なさるということは、その準備をなさっておられる、担当なさる先生も大変でありましょうが、学生さん方もそれだけの覚悟をもって取り組まれ、その準備が出来ておられるということですね。私も聴かせて頂きたいですが、出来難いことですから、こちらで御祈念させて頂きます」と仰って下さいました。

★今年の1月の御本部年賀参拝の折に、御霊地で成人式を行わせて頂きました時のことです。挨拶の中で「あなた方は国の宝です。そしてお道の宝、家の宝です。また、国の光、お道の光です。これから先々立派に成長させて頂かれ、国家社会を支えていかれる、大きな働きが出来てゆかれることでしょう。どうぞ、ご信心を基にして立派に成長させて頂かれ、世の中を照らす光となられますように・・・」等々お話しさせて頂いたことを、金光英子先生が境内地で聞いて下さっておられたそうです。「感激しました。本当にその通りだなあと思いました。これから皆様が立派に成長させて頂かれるように、しっかりとお願いをさせて頂かなければ、と思わせて頂きました」と仰って下さったことを思い出します。

★私達は皆、夫々が祈って頂いているのです。神様から祈って頂いて、ご神縁を頂いている私達です。また、歴代金光様や歴代教会長先生、霊様方のお祈りの中に、私達は今日生活をさせて頂いております。祈って頂いているということ、そして、私達一人一人の祈りを受けて下さる方々がおられるということは、大変有難いことなのです。

★学生講演会は、各家庭の将来を担ってゆく方々が育って頂けるように、しっかりとお願いをさせて頂くというところに、開催させて頂く大きな意味があると思わせて頂きます。ですから、私達が信心向上のおかげを頂き、信心相続のお願いをさせて頂かねばなりませんね。世の中を照らす光となって頂けるよう、それぞれが大きな願いをもって、一日一日共々におかげを蒙らせて頂きましょう。

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2021年08月23日

●何事にも無理をすることなく、我を出さない稽古 

私が大学時代のことです。幹部となって夏にクラブの合宿があり、その合宿の締め括りにOB会が開催される予定でした。

★先輩方に恥ずかしい状態は見せられないという気負いがあったのでしょうか。合宿が始まった初日の事です。練習中に私は指に怪我をしてしまいました。しかし、その怪我を押して練習しておりましたら、次は肩を床に打ち付けて痛めてしまい、肩を上げようとしても上がらなくなったのです。初めは小さな怪我から始まったのですが、我を出して無理を通しておりますと、中程度の怪我をしてしまったのです。それからは、まともに練習に参加できず、ボール拾いや準備や後始末等、支え役に回りました。中心になって動かなくてはならない時に、思ったように活動出来ないということは、何とも言えないくらいに辛く、忸怩たる思いで歯がみをしていました。

★それでも一日、二日、三日と日が経ちますと、段々と肩が上がるようになり、また練習に参加しておりました。すると、無理に無理が生じ、最終的に左足首靱帯損傷という、大きな怪我をしてしまったのです。一ヶ月半ギブスをはめ、全く動けない状態になり、まともに歩けるようになるまで、三ヶ月もかかったのでした。

★焦りや不安によって「自分がしなければ…!」と我を通したため、次の中程度の怪我をし、まだ我を通そうとしましたから、大きな怪我をすることになったのです。最初は、指から始まった小さな怪我の時に、神様からお気付けを頂いていたにもかかわらず、こういう事態に陥らなければ気付かなかったのです。そのことを体験させて頂いて、今まで、まともに動かせて頂いていたこと、周囲の方々にお世話になって、毎日の生活が成り立っていることを、改めて分からせて頂いたことでした。

★何事も、神様にお願いしてさせて頂くところには、神様がさせて下さいますから、無理が生じません。「自分が!自分が!」と我を出しますと、どこかに無理が生じてきます。そういうことが無いように、一つ一つのことを丁寧に神様にお願いをして、小さなことから大きなことまで、御祈念をしながら、落ち着いて取り組むようにさせて頂くことが大切です。その中に、神様から教えて頂いていることに自ずと気付かせて頂いたり、人から直接教えて頂いたり、周囲の人々に様々な形で協力して頂けるようになってくるのです。

★『何事にも無理をするな。我を出すな。わが計らいを去って神任せにせよ。天地の心になっておかげを受けよ』
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2021年08月22日

●『わが身は神徳の中に生かされてあり』

 私達が生活してゆく上で、神様から与えて頂く出来事に無駄なことはありません。甘い物、辛い物、苦い物、酸っぱい物も、その有難いところを味わってゆくというような心持ちで、自分自身を多方面から育てて頂いていると思って、選り好みをせずにご修行させて頂きますと、受け物が大きくなり、より一層有難いものが身に付いてゆくのです。

★金光キクヨ姫様は、食べ物の好き嫌いの多い子供さんに対して、「自分はこれが好きだとか、自分はこれが嫌いだとか、そうそう自分を立てずに、それぞれの食物の味わいを味わってみる気になってはどうですか?食物には、それぞれ違った持ち味というものがあって、それが天地のお恵みというものです。そのひとつひとつにこもる天地のお恵みを味わうことが出来れば、それだけあなた自身も豊かなものにならせてもらえることになるのですよ」と分かりやすくみ教えを下さったそうです。

★体を作ってゆくには、糖分、塩分、タンパク質、炭水化物、脂肪、必須アミノ酸等、様々なものが必要です。健康を維持してゆくには、それぞれ大切なものです。しかし、これが好きだからということで一つのものを取りすぎますと、バランスが崩れてゆきます。偏りがあるということは、良い状態を保ってゆくということにはならないのです。

★仕事も同様に、「この仕事は、気が向かないからやらない」ということではいけません。難しい仕事、時間がかかる仕事、面倒な仕事にも神様のお徳が含まれています。どのような仕事も、有難く拝んでさせて頂けば、そのお徳を頂くことが出来るのです。

★『疑いを放れて広き真の大道を開き見よ。わが身は神徳の中に生かされてあり』と、教祖様はみ教え下さっています。神様のお徳の中で、私達は生活させて頂いているという有難さを、日々忘れないように心掛けることが大切です。

★『天地の間にすべて、おかげは満ちわたりてある。信心してまめで働けば、わが身の徳で、人がほめてくれる。我欲になりて悪いことをしておると人が戒める。人は見んと思うておりても、天地の神様の鏡に映るから、心を改め信心するがよろしいなあ。』

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2021年08月21日

●日々、自分自身を見直し、鍛え直してゆく

み教えの中に『理屈もくさびも八分詰め』と教えて頂いております。くさび(楔)とは、堅い木材や金属で作られた道具で、薄い隙間に打ち込んで結合を堅くするものですが、その薄い隙間に詰め込みすぎますと、割ってしまいます。

★正しい理屈であっても、理解させようと捻じ込みすぎると、相手の受け物は壊れてしまう、ということを教えて頂いております。自身は、相手に伝えて自己満足しておりましても、相手は助からないということが起こってくるのです。本当に毎日御祈念しながら、間違いのないように伝えさせて頂く必要があります。

★また、『詰め過ぎる紙袋は破ける』と教えて頂いております。紙袋はそこまで柔軟ではありませんから、ゴムのようにグゥーっと伸びるかといえば伸びませんね。相手の受け物が、今どのような状態か見極めさせて頂いて、その上で伝えさせて頂く必要があります。しかし、人間は良い状態の時もあれば、そうでない時もあり、日々変化してゆきます。ですから、周囲の人々について分かっているつもりにならないで、御祈念しながら日々取り組ませて頂くことが、どこまでも必要であるのだなあと思わせて頂きます。

★また、色々な経験を通して、生涯かけて自分自身を見直し、鍛え直すことが大切です。例えば、お湿りで家が雨漏りしますと、きちっと修繕しなければ、雨漏りが止まりませんね。どこが漏っているのか、どのように修繕させて頂けば良いのか、心掛けて見直しをさせて頂かなければ、修理修繕することは出来ません。家庭の中や、職場に於きましても同様ですが、その場の関係を修復し、良い関係を築き直してゆくことは、とても大切なことです。どこが間違っているのか、どこに修繕しなければならないところがあるのか、常に見直しをさせて頂くことが必要です。★このお道は、「自分を生かし、周囲の人を生かし、周囲の物を生かし、お土地を生かし、家を生かし、天下万物を生かしてゆくお道である」と教えて頂いております。日々、生涯かけて鍛錬させて頂くことを心掛け、良い方向へ成長させて頂くようにおかげを頂いて参りたいと思います。
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2021年08月20日

●毎日が実地の学問

 先日の教徒会例会で、宇田氏の有難いおかげ話を聞かせて頂きました。宇田氏は大企業に勤ておられました。工事の現場やデスクワーク、新しい企画を考えたりと、部下を率いて色々な立場を経験なされた後「教育の現場でお役に立ちたい」と思われるようになりました。そして会社に理解を得て、勤めながら夜間の大学に通われたのです。無事資格を取得され、小学校教員の採用試験に合格のおかげを頂かれました。ご家族の理解を得た上で、会社を退職し、学校に勤めさせて頂くことに決心が出来られたのです。宇田氏が48歳の時でした。

★心新たに、新しい分野でお役に立たせて頂く、という覚悟でしたが、多くの児童・保護者がおられますから、いくら細やかに一生懸命対応をなさっていても、思うようにいかないことがあられたようです。宇田氏は「お参りもさせて頂いて、出来る限りの努力をさせて頂いているのに、なぜうまくいかないのだろう」と原因が分からなかったそうです。今までの仕事では、努力させて頂いたら、必ずおかげを頂いてきたからです。

★教員一年目が終わり、春休みに奥様と話をしていた時に「会社に勤めていた時には、上司を始め職場の方々に恵まれていたから、自分の能力に見合わないような大きな成果を出すことが出来ていたのだ」と、周囲の人が支えて下さっていたことに気が付かれたのです。勤めておられた時も、自分の力だけでは出来ようもない、ということは分かっていたけれども、知らず知らずのうちに、慢心から傲慢な雰囲気が醸し出されていたのだ、と気付かれました。クラスの一部の児童から反発を受けて、何をしても思い通りにいかないということから、その慢心がくじかれ、謙虚さや素直さを取り戻すことが出来られたのでした。反発していた児童の存在は、実は自分の長い会社生活で身に付けたマイナス面を取り払って頂く為に、神様が与えて下さった信心の材料であった、と気が付かれたのです。

★神様のなされることには無駄がない、ということが分かっていても、その渦中にある時には、すぐにご意味が分からないこともあります。おすがりして、懸命に努力させて頂いているといっても、至らないところや分かっていないところが実は多くあるのです。毎日が実地の学問です。状況が改善されない時は、そのことに意味があるのです。それは、「自分の真が足りないと気付かせて頂く」ための出来事であるということなのです。それが分からせて頂けるごとに、謙虚にならせて頂けます。そのようにして改まりが進んでいって、おかげを頂いてゆくのです。

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2021年08月19日

●神様の仰せになることを、すぐ素直に有難く頂く 

 阿倍野教会が、旧広前で御用させて頂いていた時代に、月例祭に祭典後のお説教にお越し下さっていた先生に、杉田政次郎師があられました。分かり易く、有難いお話をして下さったということです。

★その杉田師がお若い頃、親兄弟、親戚、友達、近所みな、杉田氏が信心することに大反対でした。家内は絶えず病気になり、商売は暇になって、どうしようもないので、何とかおかげを頂きたいと、信心にいっそう励んでおられたのです。

★ある日、杉田師は二代金光様より『ある若者が、天狗に「弟子入りさせて下さい」と頼んだところ、天狗は「弟子にしてあげるが、お前、木の枝にとまっているから、右の足を放しなされ」と申しました。右足を枝からはなしますと、「今度は左足を放しなされ」と申しました。そして、左足を枝からはなしましたら、「右手を放しなされ」と申しました。最後に「左手を放しなされ」と申しました。若者は「この左手を放したら、谷底へ落ちてしまいます」と言うと、天狗は「それでは、私の弟子には出来ません」と申しましたわい』という例話を聴かせて頂かれました。そして、二代金光様は「天狗さえも申しましたわいな」とみ教え下さったのでした。

★この天狗のお話から、杉田師は、「谷底に落ちることを恐れていたのは、自分自身ではなかったか・・・」と気付かれました。人は「神様に一心にお縋りして、神様に助けて頂きたい」と言いつつも、一心になり切れないことがあります。私達は生きてゆく上で、有力な人、お金、医者、薬など、いろんなものに頼ろうとしてしまいやすいものです。しかし、本当に大切なものを見失ってはいけません。心配は神様が全て引き受けて下さるのですから、人や物に頼る生き方を改め、神様に一切お預けし、心配、不安、焦りをお取り払い頂いて、日々の家業に励んで参りましょう。

★『あなたが親神様に、ああして下さい、こうして下さい、といろいろに願うのも結構じゃが、それよりは、親神様あなたのおっしゃることが、直ぐ素直に有難うございます、と頂けるような人間にならせて下さい。と言って願う方が心配がないぞな。』

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2021年08月18日

●日々の信心の徳

 16日には、婦人会例会が開催され、小池氏のおかげ話を聴かせて頂きました。

★小池氏のお母様は、昭和27年に肋膜炎を発症され、その3年前に、同じ病気で、お兄様が21歳でお国替えなさっていたこともあり、お祖母様が必死の思いでご信心なさったのでした。お兄様が亡くなられた時、ご両親は深い悲しみの中、二代教会長・伊藤コウ師にお取次頂かれ、「息子さんは、家のめぐりを持ってお国替えなさったのですから、これからしっかりご信心させて頂きましょう」とみ教え頂かれ、朝参りをするようになられました。

その中で、娘さんである小池氏のお母様が肋膜炎になられたので、お祖母様は助けて頂きたい一心で一層熱心に信心を進められました。伊藤コウ師の深いお祈りを頂かれて、小池氏のお母様は入院することなく自宅療養で、お祖母様の手厚い看病を頂いて、肋膜炎を全快の大みかげを頂かれたのでした。

★それから、お母様も朝参りをされるようになり、お結界の先生より、「お掃除をされましたら、身体が丈夫になりますよ」とのみ教えを頂かれ、毎朝、住吉駅の掃除をしてから朝参りをなさり、教会でもお掃除の御用にお使い頂かれました。また、御本部御礼参拝も毎月おかげを頂かれ、丈夫な体に作り変えて頂かれ、今日もお元気でおかげを頂いておられます。

★小池氏も、有難いご信心を受け継がれ、ご信心のあるご主人と結婚なさってからは、ご主人のご両親と同居なさり、実意丁寧にご両親に仕えられました。お義母様は御晩年、脳内出血の為に昏睡状態が続かれ、24時間家族の付き添いが必要な入院生活となられましたので、ご家族皆さんで夜中も交代しながら介護の生活を送られました。

お義母様が気持ち良いと感じられることは、御祈念させて頂きながら何でもさせて頂くよう心掛けられ、親切丁寧に親孝行なさいました。有難いご信心のお徳によりまして、小池氏は、ご自身のお体の上にも、病気の早期発見、全快根切れのおかげを頂かれるなど、次々と大みかげを頂いておられますことは、真に有難いことでございます。

★『「先祖からのご無礼がありましょうとも許してくださいませ。日々信心いたしますから、信心の徳をもって、どのようなめぐりもお取り払いくださいませ」と言って願うがよい。』
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2021年08月17日

●「する」のではなく「させて頂く」

リウマチを患っておられた金光キクヨ姫様は、「リウマチの私が、病気だからできない、と言うてしまえば、それだけのこと。そこをお願いして、掃除させて頂けた時の喜びは、元気なものが掃除させて頂く喜びより、何倍の喜びかわかりません。神様におすがりして、させて頂きたいという願いを立てれば、掃除の仕方まで神様は教えて下さいます。御用させて下さいます。」と仰せになりました。リウマチの手で雑巾を絞ることが出来られなかったので、前の晩に濡らした雑巾を竿にかけておかれ、翌朝には、程よく湿った程度になった雑巾を使ってお掃除をしておられたそうです。

★また「手を切ったから炊事が出来ません。おむつの洗濯が出来ませんというのでは困るでしょう。頭を働かせて分別をしてさせて頂きましょう」と仰せになられたのでした。

★さらに、「なかなか信心は、できにくいものであるから、とにかくお広前へお参りさせてもろうて、信心の稽古をさせて頂いております。」と仰せになっておられます。

★何事も「する」という心でしておりますと、「これはする」、「これは出来ない」ということが出てきます。「出来ない」理由を探して、あきらめて投げ出してしまう人は、どのようにさせて頂けば出来るようになるか、という事も考えませんね。「させて頂く」という心にならせて頂きますと、神様に「させて頂けますように」とお願いし、また「どのようにさせて頂けば良いでしょうか?」と、神様にお伺いさせて頂くことができ、そこから工夫が生まれ、練り出すことができてゆくのです。

★『女の信心が、神様のお楽しみお喜びである。懐妊の時、心を改め磨き、真心の子供を産んで養育し、日々食べ物を取りあつかい、この注意不注意によりて、病気のできることもあり病気を除くこともあり、子供の間は母親が子供の真心を作るのである。また、着物の洗濯をするのも体の養生である。この役目を油断なく注意する氏子を見て神は楽しみ喜び、ここに女の大責任があるぞ。神様の前に参りて自分の思うことを頼むばかりが信心ではない。神様へ参らん時に信心することがたくさんあります』
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2021年08月16日

●人が人を助けるのが人間

 三代教会長先生は、クモ膜下出血の静養後、体調回復を願われ、毎日のように歩いて、阿倍野の大阪市南霊園の奥城に参拝なさっておられました。阿倍野教会の奥城を拝まれ、伊藤家の奥城を拝まれ、親教会を始め、ご縁につながるお教会の奥城を、丁寧に拝んでおられたのです。

★ある時、偶然に戦友(桂岡正三命霊神)のお墓を見つけられたのです。桂岡正三氏は同じように訓練を受け、満州、中支の戦場に出征なさった後、フィリピンで戦死なさったのでした。それ以降、三代教会長先生は、その方のお墓も常に拝んでおられたのです。霊神様として、いきいきと子孫を、そしてこの国を守る事の出来る、有難い働きが十分にさせて頂かれるようお願いされると共に、ご自身は、同じ戦争を乗り越えて、命を頂かれたお立場として、ご自身の責務を全うなさり、神様の御用に邁進なさることを、お約束なさっておられたのでした。

★すると、ある日突然、その方のご遺族から教会に「伊藤良三先生に祭主におつき頂いて、墓前で50年祭を仕えて頂けますでしょうか?」とお電話があったのです。それまでに、阿倍野教会に縁のあったご家庭ではなかったのですが、どのような事情かは分かりませんが、わざわざ阿倍野教会にお願いしてこられたのでした。三代教会長先生の真心からのお祈りが霊様に届き、霊様がご遺族に働きかけられたのでしょう。

★私達の命は、決して自分だけのものではなく、多くのご先祖様から受け継がれたものであり、沢山の人々の働きに支えられて、今日頂いているものです。ですから、「自由」ということは、自分の勝手気ままに振る舞うことではありません。思うように身体を使わせて頂き、心配りもさせて頂き、家の為、人の為、地域社会の為にと、お役に立つ働きをさせて頂けることが、真の自由であり、真の喜びを感じさせて頂けることになるのです。

★『人が人を助けるのが人間である。人間は、子供がこけておるのを見て、すぐに起こしてやり、また水に落ちておるのを見て、すぐに引き上げてやられる。人間は万物の霊長であるから、自分の思うように働き、人を助けることができるのは、ありがたいことではないか』

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2021年08月15日

●代を重ねて現わされる

以前、あるお家で、お国替えになられたお父さんの年祭をお仕えさせて頂きました。そのお父さんはご生前中、大変字が上手なお方でした。お献備に書かれる字も大変達筆で、いつも感服しておりました。そのお方が、年賀状の時期になりますと、縁のある会社から依頼されて、年賀状の代筆の仕事を引き受けてなさっておられたのでした。しかも何百枚どころではなく、千枚以上を引き受けて、11月頃から一枚一枚丁寧に書かれたのでした。

★そのお方がお国替えなさって、お祭を仕えさせて頂いた時に見せて頂いたのですが、その方のお父さんもお爺さんも素晴らしい字を書いておられ、代々達筆な家であられたことに驚きました。さらに感心致しましたのは、その方のお孫さんが、また素晴らしく字も絵も上手だったのです。素晴らしい能力を受け継いでおられ、そのご先祖が積み重ねてこられた稽古の中身が。受け継がれているのです。ずっと稽古なさってこられたことは、その方だけに留まらず、次の代、次の代へと受け継がれ、有難い能力として発揮されるのです。それを見せて頂いて、代々受け継がれている素晴らしい技能に大変感心し、有難いことだなあと、神様・霊様方に御礼を申させて頂いたことでした。その働きというものは、決して消え去るということはないのですね。

★ご信心のお徳も同じことです。「徳」というのは「ご信用を頂く働き」というご意味です。神様からご信用頂いて有難いお徳を頂いているのです。「あの人は人徳があるなあ…」という方があられますが、そのお方の人徳とは、人から信用を頂いている働きの事です。また、ご神徳を頂いているということは、神様からご信用を頂いているということになるのです。

★親・御先祖が積み重ねて下さったお徳や、残して下さった功績は、子孫までも伝わってゆきます。さらに、身に付けて下さった能力は、有難いことに子孫までも伝わってゆくのです。それを自覚してさらに練り上げてゆくことを、私達子孫がして行きますと、より一層素晴らしいものが身に付いて、離れないようになってゆくのです。

★『先の世までも持ってゆかれ子孫までも残るものは神徳じゃ。神徳は信心すればだれでも受けることができる。みてる(尽きる)ということがない』
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2021年08月14日

●霊様方のことを願わせて頂く

『氏子らは、生きている時だけ天地金乃神様のお世話になるように思っているが、死んでもお世話にならねばならぬ。魂は天地の神様からお下げくださった身であるから、天からお暇が出たら、また天地の神様のおひざもとに納まって、お世話にならねばならぬものである』
『人間は生き通しが大切である。生き通しとは死んでから後、人が拝んでくれるようになる事である』
日々、生かして頂いている自分のことや、家族親族、縁に繋がる方々のことをお願いするだけではなく、亡くなられた方のことまでお願いをさせて頂けるように、お願いの幅を広げていくことが大切であると思わせて頂きます。

★以前に、気の毒な亡くなり方をなさった方のことを、気にかけてお話しなさった方がおられました。「その気の毒な方が、どうぞ安心のおかげを頂かれ、霊ながらに助かって頂かれますよう、お願いさせて頂きましょう」とお話させて頂いたことでした。毎日御祈念させて頂き、み教えを頂くこと、そしてお取次頂くことにより、御祈念させて頂く方の心が神様に向かわせて頂かれますから、悲しみや心配、不安もお取り払い頂いて、心を浄化して頂くことが出来るのです。周囲の方々のことを御祈念させて頂くことで、有難いことに自分自身も助からせて頂くのです。

★助かりの世界は広がっていくのです。私達は天地金乃神様に日々お命を頂いて、有難いことに体も整えて頂いて、お恵みの中で生活をさせて頂いております。また我が家の親ご先祖のお働きの上に、現在の自分達の生活があります。神様に対して、霊様に対して、また親ご先祖に対して、御恩を感じて御恩に報いていくということが出来ていきますのが、お道の信者として真を尽くしていく有難い生き方ですね。日々、お徳を頂いていく世界に進ませて頂けるように、一段一段向上させて頂けるようにお願いさせて頂きましょう。そうしますと憂いが癒されていき、悲しい、辛い、苦しいということも、神様にすべてお預かり頂いて、清々しい心で帰らせて頂けるのです。

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2021年08月13日

●自分だけのものではない尊い命 

昭和60年8月12日に日航123便の事故が起きました。その当時、お許しを頂いて金光第一高校に勤務させて頂いており、10日から12日まで修学旅行の下見で出張する予定でした。後9月2日に判明したことですが、12日の復路に日航123便に乗る予定で、チケットを用意してあったというのです。しかし、十日程前に急に出張の予定が延期になったことにより、生命をつないで頂きました。私は、ただただ亡くなられた方々の霊様としての助かりを願わせて頂き、命を助けて頂いたお礼を申し上げる他はありませんでした。

★三代教会長先生にご報告させて頂きますと、増田家の霊神名簿を持ってくるようにおっしゃいました。調べてみますと、8月10日は、三代教会長先生の御実家である増田の家のお姉様・増田のぶ童女霊神様、8月11日は、三代教会長先生の大伯母様・増田よね大刀自霊神様、8月12日は、三代教会長先生のお祖父様・和田亀次郎老翁霊神様の御命日でありました。知らず知らずの内に、神様、霊様のお守りによって、生命を助けて頂いている事がよく分からせて頂きました。三代教会長先生より「あなたが知らないところで、ご先祖・霊神様方に守って頂いていることがある、ということを自覚しなさい。」とみ教えを頂いたのでした。

★私達が今日頂いているお命は、神様のお守りを頂いていることはもちろんのこと、たくさんのご先祖の霊様のお働き・お徳を頂き、願いを受けているお命であることを忘れてはなりません。 そして、その御恩を忘れずに、どのような人生をこれから歩ませて頂いたら良いか、しっかりと自覚する必要があります。自分自身がどのようにお命を頂いているのか、どのように生まれ、どのようにお育てを頂き、どのようにおかげを頂いてきたのか、を振り返らせて頂くのです。そして、これからどのように生かして頂くべきか、生かして頂く上で何が大切であるのか、をしっかりと掴ませて頂き、お礼の働き、お役に立つ働きに努めさせて頂くことが大切だ、と感じさせて頂きます。
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2021年08月12日

●永世生き通しのお働き

 三村佐野という方が、初めて教祖様の元へ参拝された時に、教祖様が、「あなたは、さいさい見るが何処の人であったかなあ。」と問われ、「私は初めてですが、広江(千田志満師)のお広前には、たびたびお参りをしておかげを頂いています。」と申し上げると、「広江でおかげを受けるので、此の方にまで知れるのであろう。」と仰せられたということです。

★『金光大神の姿に目をつけないようにせよ。金光大神の衣服や形におかげはない。金光大神の御霊の働きにおかげがあるのである。』とみ教え頂いております。私達も、生まれながらに神様から尊い御霊を分けて頂いておりますから、信心の稽古に励ませて頂き、頂いているご分霊を磨かせて頂きますと、何時、どこでも、生神金光大神様に真心からお願いをさせて頂けるようになり、神様の御心が分からせて頂けるようになるのです。外出先や自宅などでも、「金光様!」と心中御祈念させて頂きますと、自分の御霊に神様が必要なことを教えて下さるのです。

★今月は、大阪に緊急事態宣言が発令されておりますので、御本部に団体参拝をさせて頂くことは適いません。そこで、阿倍野教会のお広前で一斉ご祈念をさせて頂き、御本部のお広前を遥拝させて頂いて、御礼の真心をお供えさせて頂きたいと思います。大切なのは、いつも、その時その時、最大限の真心を神様に向けさせて頂き、謙虚な心で生神金光大神様のお取次、み教えを頂くことです。氏子が真心から各地のお広前のお結界で、お届けさせて頂いたことは、お手代わりの先生のお取次によりまして、生神金光大神様が受け取って下さり、お取次の神様としてのお働きを、活き活きと現わして頂くことが出来るようになるのです。

★お広前から足が遠のき、また、お参りをさせて頂いても、み教えを頂くことから離れますと、信心も知らず知らずのうちに我流になってしまいます。日参と聴教に励ませて頂き、お取次を頂いて、銘々に頂いているご分霊をしっかり磨かせて頂きましょう。

★『此方(生神金光大神様)とて生身であるから、やがては身を隠す時が来る。形がなくなっても、どこへ行くのでもない。金光大神は永世生き通しである。形のあるなしに心を迷わさず、真一心の信心を立てぬけ。美しい花を咲かせ、よい実を結ばせてくださる』

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2021年08月11日

●御神意を分からせて頂ける有難さ

あるご信者は、結婚なさってから元気な長女さんを授かられ、続いて二人目の娘さんを昭和45年9月24日に授かられました。その次女さんが生後十ヶ月の時に、風邪のような症状で受診したところ、そのまま入院となったのでした。そして、心臓が肥大しているとの診断を受けられ、治療を施して頂きましたが、入院10日目にお国替えなさったのでした。昭和46年7月31日のことでした。ご夫婦とも大きな悲しみに包まれて、「なぜこのようなことが起こるのだろう・・・」という思いが拭いきれずにおられました。

★その時、お導きの親様が、「これからの生き方が大切ですよ。亡くなられたことは悲しくて大変なことですが、神様のなさることには深い深いご意味があります。このままでは苦しみだけが残って、先々不安な生活を送らなければならないことになりますから、これ以上苦しみのないように、神様にしっかりおすがりさせて頂いて、ご信心させて頂きましょう。そして、生き死にを通して、このお道におすがりさせて頂きましょう」とお話しなさったのでした。

★ご信者は、これを機会に帰教式をお仕え頂くことを決心なさいました。霊様を金光教式でお祀りをして頂かれることとなり、霊様のご安心をお祈りし、家の守りの神様となって頂けるよう、お願いなさったのでした。帰教式の折に、三代教会長先生から「亡くなられた子供さんは、家族の身代りになられ、霊神となってこの家を守られ、子孫を守らせて頂かれるのです。霊様は永遠に働いて下さいます。一本の木に例えれば、根になられたのです。後に残った家族が、しっかり信心させて頂きますと結構になりますよ」とみ教え頂かれたのでした。

★まもなく奥様は懐妊のおかげを頂かれました。8月の出産予定日であられましたが、一ヶ月ほども延びて、なんと亡くなられた次女さんと全く同じ誕生日の9月24日に、どこにも心配のない丈夫な体の女の子(三女さん)を授かられたのです。ご家族は皆、神様の深い思し召しを分からせて頂かれ、御礼を申されたのでした。★先が見えない私達は、起きてきた出来事の意味というのは、計り知ることはできません。しかし、ご信心させて頂いてお取次ぎを頂くことにより、有難いことに真っ暗闇の中でも、手元足元を照らして頂いて、正しい方向へ導いて下さるのです。そうして、神様の深い御神意を分からせて頂いて、前に進ませて頂けることは、大変有難いことです。
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2021年08月10日

●何事も神様にお願いさせて頂く

『今は人代といって、わが力で何事もしている。神が知らせてやることにそむく者がある。神の教えどおりにする者は神になる。昔は神代といい、今は人代である。神代になるように教えてやる。難儀になるのもわが心、安心になるのもわが心からである』

★あるご信者は、息子さんの家庭内暴力や暴言がひどく、大層悩んでおられました。そこで、二代教会長・伊藤コウ師にお届けされますと、「息子さんを拝みなさい」とみ教え頂かれたのでした。しかし、ご両親としては、「衣・食・住、全てに於いて息子さんの世話をしてきて、自分が育てた子に、何故このような理不尽な仕打ちを受けなければならないのか・・・」という思いが簡単には拭い切れず、なかなか息子さんを拝む事が出来られませんでした。そこでご両親は、「どうぞこの息子を、心の底から有難く拝める私になりますように」とお願いなさるようになられたのです。

★しかし、息子さんを目の前にすると、なかなか拝む事が出来られません。そこを、毎日繰り返しお届けをして、年月をかけて神様におすがりし、拝む稽古を続けられるうちに、いつしか家庭内暴力も収まっていき、高校、大学と無事に進学させて頂かれ、立派に社会人として成長なさるおかげを頂かれたのです。さらにその息子さんは、良縁を頂いて子宝を頂かれ、有難いことに子供さんを連れて教会へお参りし、「どうぞ親孝行出来ますように」とお願いさせて頂けるようになられたのでした。

★一心とは、
(1)天地金乃神様に一筋に信心する。
(2)心に迷いを持たず二心(信頼して頂いている人を裏切る心)にならないように。
(3)一心不乱、一所懸命に打ち込む。
(4)神様と一つ心になる。神様の願って下さる心と同じ心になるように。ということです。

★大きいことだからお願いする、小さいことで自分で出来る事だからお願いしない、ということではいけません。事の軽重や大小を問わず、全てを神様にお願いして使って頂く心になることが大切です。お取次ぎを頂いて、頂いたみ教えをどこまでも守ってゆけるよう、何事も一心にお願いさせて頂きましょう。

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2021年08月09日

●良いご縁に従ってゆく

昨日は、みかげ会例会が開催され、森田氏の有難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★森田氏は、開業医をなさっておられたお父様の跡を歩まれて、幼少の頃より医学の道に進まれ、大学卒業後、放射線医学教室に入局し、放射線科医としての一歩を踏み出されました。その後、研修、放射線診断学の研究、診療経験を積まれ、昭和59年に神戸大学医学博士の称号を頂かれまして、国立神戸病院(現・神戸医療センター)に放射線科ひとり医長として就任なされました。

★神戸医療センターの近くに神戸総合医療専門学校があり、その診療放射線技師の学生グループ6〜8人の生徒が、森田氏の勤務している放射線科に、学外へ臨床実習を受けるため、実習生として送り込まれてきました。その学生さんの中の一人に、親御さんが熱心な金光教阿倍野教会の信者さんのお子さんがおられ、その学生さんから阿倍野教会の存在を知ることとなられたのです。森田氏は、小さいころから人間の物差しでは計り知れないような大きな存在や、人や物の縁のような説明の出来ない力に、少しでも近づいてみたいといつも思っておられたそうです。その学生さんから、阿倍野教会のことを聞かれ、何が何でもご門をくぐってみたいと思われたのが、阿倍野教会とのご縁の始まりだったそうです。それから30年ご信心が続かれ、現在では、毎年、年2回、「みかげ会のやさしい生活講座」の講師の御用にお使い頂いておられます。

★参拝の度にお取次ぎを頂かれて、平成24年に副院長、平成27年には院長に就任されました。院長就任時は大幅な赤字病院でしたが、「退職までには黒字になるよう実現のお願い」をなされ、二年後には黒字化実現のおかげを頂かれました。定年延長のおかげも頂かれまして、平成31年無事退職させて頂かれたのです。

★入信されてみ教えを頂かれ、「現在頂いている御用でお役に立てますように」「御礼に働かせて頂けますように」とお願いなさったことにより、神様が引き上げて下さり、人から用いて頂かれ、重責を担いながらも現場でお役に立つことが出来られたのです。現在も第一線でお役に立っておられます。

★森田氏は、どんなご縁でも大切になさって良いご縁に従ってゆかれ、行くところ行くところ喜んで、お役に立っておられるのです。
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2021年08月08日

●喜びに満ちた人生に

 戦後少し経った頃、二代教会長・伊藤コウ師が出向かれた、あるご信者のお宅祭で、たまたま居合わせてお宅祭を拝まれた方がありました。戦争で2人の息子さんを亡くされ、悲嘆にくれておられたのです。

★「先生、世の中はつまらんもんですな。正直者はバカを見る。その一人が私ですわ。戦争中にお上が出せと言うから、家にある金品や大事なものを全て国に差し出しました。そんなことをしたばっかりに、戦争が終わっても生活は苦しくてやっていけません。そして何より辛いのは、戦争で二人の息子を亡くしたことです。わざわざ遠い神社まで参って武運長久を願っていたのに、息子達は戦死してしまった。私は以前、いくつかの宗教について勉強したこともありますが、どれも腑に落ちないことばかりでした。」と怒りと不足に満ちて話されたのでした。

★伊藤コウ師は気の毒に思われ、その方に、「あなたには、まだ勉強することがありますよ。金光教という勉強が残っています。ぜひともお道に入れて頂いて、本当の信心をさせて頂いて、その暗い暗い苦しみに満ちた人生が、明るい喜びに満ちた人生に変わられることをお願いしております。見るもの・触るもの一切が有り難く変わって見えてきますよ。自分の力で何でもできる、という力みが、思い上がりだと分からせて頂けるようになります。本当にご信心されましたら、毎日が何と有り難いものかと、お礼申さずにはおれないようになりますよ。」と、教え諭されたのでした。

★他方、阿倍野教会に日参なさっておられたあるご信者は、やはり二人の息子さんを戦争で亡くされました。その後も毎日一生懸命にお参りをなさって、丁寧に御祈念を込めておられたのです。「息子達は、今は遠い離れた所に出張して、その出張先から親孝行をしてくれて、私達親を守ってくれておるのだと毎日思っております。」と仰ったのでした。息子さん達が御霊ながらに安心し、お徳の高い御霊神となられるように御祈念を込めておられたのです。

★『生きても死にても天と地とは我が住みかと思えよ』と、み教え頂いておりますように、生きている間は勿論のこと、死んだ後も神様のおかげを頂いて、お守りを受け通しに受けさせて頂いているのです。日々、生神金光大神様のお取次を頂き、信心の稽古に励ませて頂いて、神様にお喜び頂き、ご安心頂けるような生き方に進ませて頂きたいと思います。

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2021年08月07日

●何十年、何百年かけても代を重ねて願い続けなければならないこと

1945年8月6日には広島に、8月9日には長崎に、原爆が投下されました。被爆によりたくさんの尊い生命が奪われたのです。私達は、御霊様方の助かりを願わせて頂くと共に、二度と過ちを繰り返す事の無いよう、この様な惨事が二度と起きないように、何十年、何百年と努力し続けてゆかねばなりません。

★昭和34年に、石垣りん氏が書かれた詩集の中の『挨拶』という詩を見させて頂きました。石垣さんは戦後、原爆の写真を初めて見た時に衝撃を受け、この詩を書かれたそうです。『あ、 この焼けただれた顔は 一九四五年八月六日 その時広島にいた人 二五万の焼けただれのひとつ すでに此の世にないもの とはいえ 友よ 向き合った互の顔を も一度見直そう 戦火の跡もとどめぬ すこやかな今日の顔 すがすがしい朝の顔を その顔の中に明日の表情をさがすとき 私はりつぜんとするのだ 地球が原爆を数百個所持して 生と死のきわどい淵を歩くとき なぜそんなにも安らかに あなたは美しいのか しずかに耳を澄ませ 何かが近づいてきはしないか 見きわめなければならないものは目の前に えり分けなければならないものは 手の中にある 午前八時一五分は 毎朝やってくる 一九四五年八月六日の朝 一瞬にして死んだ二五万人の人のすべて いま在る あなたの如く 私の如く やすらかに 美しく 油断していた。』

★私達は毎日、同じように清々しい朝を迎えさせて頂いています。戦後76年を迎えた今、有難いことに日本は平和で豊かな国に発展を遂げました。しかし、平和となった今も、さまざまな社会問題があり、世界各国で争いが絶え間なく起こっています。何気ない日々の一瞬が、生と死を分ける狭間となり得るのです。

★私達は全体の一部です、家族の一員であり、親族の一員であり、地域社会の一員であり、国家の一員です。まずは、自分たちの家庭や職場の中で、皆が円満におかげを頂いてゆくことが大切です。それには、相手を立てるということが必要になってきます。相手の足りないところを責めることは簡単ですが、責めるということは思いやりが欠け、相手のことを願うということが欠けた状態です。それは、真心が足りない、実意が足りない姿です。信心は継続が大切です。限りなく、み教えを頂き続けてゆくことが出来ますように、生涯かけて信心を日々向上させて参りましょう。★『座敷、押入れ、板の間に塵が積もるように、人間は我欲のために我が心に塵が積もる。我が心我が身に汚れないように心と体の掃除をするつもりで今月今日で信心をせよ。』
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2021年08月06日

●神心を育てる

 片岡次郎四郎師は、非常に優秀で大変実直なお方であられたのですが、気性が激しく正義感が強いお方なので、人が曲がったことをすると許せずに、相手を承服させるまで筋を通して、言い負かさなければ気が済まない性分であられました。

★ご信心なさるようになられて、金光様の元へ参拝されますと『その性分ではおかげが受けられない。性分を改めなければならない』『人に悪く言われた時に、信心するからこらえなければならないと思ってこらえるくらいでは、まだいけない。先方の心を、どうぞゆるしてやってください、直してやってくださいと拝んであげるようにならなければならない。たとえ人が、顔へ泥を塗るようなことを言っても、腹を立てるな。神が顔を洗ってやる。』と教えて頂かれ、これまで、自分が正しいと思って行ってきたことが、間違えていたことに気付かれたのです。信心を基にしてみ教えを頂きますと、自分の考え方は狭いという事が理解できられ、み教えによって生まれ変わられたのです。

★人間の見方は実に狭いものです。これまで学んだことや考え方、常識というのを、正しいと判断し、押し付けてしまいがちです。信心させて頂いて、我が身を振り返り、神様のお眼から見られたら、どう見て頂くのだろうかという事を、考え直しをさせて頂くことが大切です。

★ある時、教祖様より『才崎の金光(片岡次郎四郎)、今日は結構なおかげを受けたなあ。不幸せな者を見て、真にかわいいの心から、わが身を忘れて人を助ける、そのかわいいと思う心が神心じゃ。その神心におかげがいただけるのぞ。それが信心ぞ』とみ教えを頂かれ、神様の心になって不幸せな人を助けさせて頂かれ、お徳を積まれたのでした。

★私達は夫々に神心を授かっております。目の前の人を拝み、助かりと立ち行きを願わせて頂くところに、わが心の神様が表に現れて働いて下さるのです。私達は一人一人が、そのように尊い存在である、と神様が仰って下さっているのです。わが心の神様が、働いて下さるおかげを蒙られるよう、日々心掛けさせて頂きましょう。

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2021年08月05日

●いつでもどこでも元気な心で

『神信心しておかげを受けて、難儀な人を助ける身にならせてもらうがよい。神心となって、受けたおかげを人に話して真の道を伝えるのが、神へのお礼である。それが神のお喜びとなる。信心するといっても、これまではみな神様を使うばかりで、神様に使われることを知らない。天地金乃神様は人を使わしめになさる。神様に使われることを楽しみに信心せよ』

★三代教会長先生が、大腿骨頚部を骨折なさった時、検査と手術の為に病院に入院されました。三代教会長先生は、「病院に行くことによって、病気による痛みや、不安の為に苦しむ多くの方々を、目の当たりにさせて頂きました。平生は、お結界で御用をさせて頂きますが、この度は神様が、私を病院に差し向けられたと思っております」と仰いました。三代教会長先生は、ご自身も患者の立場であられながら、入院者や外来の患者の方々の助かりを祈られ、医師、看護師、調理師や清掃員の方々など、目の前の全ての人の助かりを祈られたのでした。また、お世話になる方々に丁寧にお礼を申され、病院のお食事も拝んで有り難く頂かれたのです。

★そのような入院生活を送っておられますと、手術後、通常ならば痛みが出るそうですが、三代教会長先生は、一切痛むことがあられなかったのです。医師からも、「痛みはありませんか?痛みを我慢すると動きが悪くなり、術後の回復も遅れますから、我慢せずに言ってくださいよ」と、言って頂かれたのですが、全く痛むことなく回復なさる、というおかげを頂かれたのでした。

★『やれ痛やという心で、ありがたし、今みかげをという心になれよ』痛いとか、辛いとか、苦しいということが、起こってくるのが人生ですが、そうした中に【今みかげを】という心にならせて頂きましたら、これまでの有難さも、ここからおかげを頂いていくということも、分からせて頂けるのです。【病気も災難も、神様の思召しがあってのことだ】と受け切らせて頂いて、そのことを通して、私達が「本心の玉を磨いていく」ということが大切なのです。私達が生涯を通して体験していく一つ一つの出来事は、本心の成長の為に与えて頂いており、出来てくることに無駄事は何一つないのです。そのように分からせて頂いて、どんな時も元気な心で、日々のご信心をより一層、力強く確かなものにさせて頂きたいですね。
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2021年08月04日

●神様にお使い頂く心で

『人間は小天地で、自分の頭をいつも天地の神様がお守りくだされてあるゆえに、自分の体を思うように使われるのである。信心も仕事も同じことで、信心に進めば神徳もおかげも一日まさりである。この反対で、心が横着になり慢心すれば、おかげも少し落ちる。たとえば一反歩の田を耕す人も、心が緩めば七畝で日が暮れる。話をすれば、きりはない。万事を心がけて、何事にも信心をしなさい』

★二代教会長・伊藤コウ師は、「人間は、生まれながらにして有難い徳も力も頂いています。ご信心させて頂いて、正しい願いをもって日々努力させて頂くことによって、頂いている徳も力もより大きく成長させて頂き、十二分に発揮させて頂くことが出来るようになるのです。」と、み教え下さっておられます。反対に、「心が横着になり慢心すれば、おかげも少し落ちる」とみ教え頂いておりますように、自分の心の持ちよう、物事への取り組む姿勢によっては、せっかく頂いてる尊い力を表に出せないどころか、おとしめてしまうことにもなるのです。ご信心が弛み、何の願いもなく日々を送ってしまうと、横着、気ままなどの不成心が心を覆ってしまい、心と体の健康も保たれず、家業を満足につとめさせて頂くことも出来なくなってしまいます。

★全ての仕事は、神様のお働きのお手伝いであり、「神様に仕える事(業)」です。例えば、農業に従事して田畑に農作物が出来るのも、神様が天地の生り物を作って下さるお手伝いをさせて頂くものですし、流通は、遠方の産地で生産されたものを、必要な人の元に届けて、正しくお役に立てる為の働きですね。「神様にお使い頂く」という自覚をもって、有難い一心で働かせて頂くことが出来ますよう、日々不成心をお取り払い頂き、信心の稽古に励ませて頂きましょう。

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2021年08月03日

●おかげの船に乗らせて頂く 

以前、あるお方は、家事も育児も出来られないほどうつ症状が酷く、気分が落ち込んでしまわれていました。

★過呼吸が起こり、両手足がしびれて硬直し、立っていられなくなり、救急搬送されることも度々で、不安で不眠症に陥る辛い苦しい毎日でした。「こんなことでは生きていけない、別れた方がいい。とてもやってゆけない。」とばかり考えておられました。しかし、そのお方は少しずつ日参と聴教に励まれ、毎日お届けをさせて頂いて、思うことを聞いて頂き、神様にお願いさせて頂くことを続けておられましたら、生きる力を授けて頂かれたのです。

★笑顔に満ちて、喜んで家事も育児もさせて頂かれ、御礼に働かせて頂き、御礼の御用にお使い頂かれ、生まれ変わったように元気にならせて頂かれたのでした。そのお姿を拝ませて頂いておりますと、神様・ご先祖霊様方はどれほどお喜びであられることだろうか、と思わせて頂きます。自分自身が嬉しいだけでなく、周囲の方も嬉しく喜び、その有難さを共感させて頂くことが出来るのです。そして今日、そのお方は、「今日も働かせて頂くことが出来ました。有難うございます。」と御礼のお届けをなさっておられるのです。

★先日も「健康になられましたなあ。しっかり働かせて頂いて疲れたとしても、よく休んですぐに回復させて頂かれ、有難いですねえ。仕事もさせて頂かれ、家事も育児も出来られるまでになられて、本当に有難いことです。」とお話ししておりましたら、涙が出るほど嬉しく思い、神様に御礼申させて頂いたことでした。

★心が開けてゆくとは、どれ程有難いことでしょうか。氏子の喜びは神様の喜びで、神様の喜びは氏子の喜びなのです。御礼のお祭を仕えさせて頂きますと、清々しく嬉しく有難い気持ちにならせて頂きますね。それは、神様が喜んで下さっておられるからです。

★『真にありがたしと思う心、すぐにみかげのはじめなり』とみ教え頂いております通り、おかげの船に乗せて頂きますと、真にありがたいと心から喜ばせて頂ける姿にならせて頂けるのです。
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2021年08月02日

●伝える信心・伝わる信心

 先日、あるご信者が、病院から家まで送って頂いたタクシーの中に、財布を落としたことに気付かずに降車して、自宅に入られたそうです。そのタクシーに次に乗車なさった方が気付いて下さり、運転手さんに渡されたのでした。運転手さんは、ご信者の家まで財布を届けて下さったそうで、届けて頂いて、初めて財布を無くしていたことに気が付かれたのでした。

★また、学生のご信者が、難波から電車に乗って学校から帰宅されますと、電車の中に鞄を忘れてしまったことに気付かれました。その鉄道会社に電話してみますと「今その列車は往復しておりますから、車庫に入ってから確認致します」という回答でありました。御祈念なさって待っておられましたら、鞄が見つかりましたとの連絡があり、鞄の中には財布を含め色々入っていたのですが、何も盗られていなかったそうです。大変有難いことに、善意の方々に助けられながら、有難い国に私達は住まいさせて頂いているのです。

★『おごりがましいことをすな。ものは細うても長う続かねば繁盛でないぞ。細い道でも、しだいに踏み広げて通るのは繁盛じゃ。道に草を生やすようなことをすな』とみ教え頂いておりますが、人が通らなくなって、草が生い茂ってしまった道は、分け入ることも前に進む事も出来ません。今まで有難いおかげを頂いてきた道を、通れなくしてしまったのでは、大変申し訳ないことですね。細い道でも何度も通わせて頂いて、徐々に踏み広げていくというように、おかげを頂いていくあり方を、生活の中に現わさせて頂き、親の代から子供の代、また孫の代と良い事が続かせて頂いてこそ、繁盛の道がずっと繋がっていくのです。

★色々な方々のお世話になって、善意の人に囲まれて、日々の生活を送らせて頂いている私達ですから、どれほど喜んでお礼を申させて頂いても足りませんね。その有難いことや信心の有難さ、み教えを頂ける有難さを、毎日の生活の中で伝えさせて頂けるように、また自ずと伝わっていくようなおかげを頂いてまいりたいですね。

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2021年08月01日

●頂き方が肝要です

 7月1日から取り組ませて頂きました夏の信行期間も、昨日を以て無事に終えさせて頂きました。皆様には各々にご修行に励ませて頂かれ、真に有難いことと神様に御礼を申し上げております。それぞれに、信行期間中に取り組ませて頂き、身に修めた有難い内容が、8月もしっかりと継続させて頂けるよう、より一層ご信心を進めさせて頂きましょう。銘々がお結界で日参表を提出なさって、神様にご報告をなさり、御礼を申し上げられますように。その際に、御神酒一合瓶をお下げ頂きます。御神酒で悪毒病毒をお取り払い頂かれ、心身共に健康にならせて頂くおかげを蒙られますように、お祈り致しております。

★教祖様ご在世中のお話です。竹本嘉十郎というお方は、高橋富枝師の六条院教会のお広前へ参拝なさっておられました。その息子さんが大病を患われた時に、教祖様から御神酒をお下げ頂いた方がよく効くだろうと思って、教祖様の元へ参拝されました。すると、教祖様のお口を通してご裁伝があり、神様は『辰の年、酒は酒屋のほぞにある。此方の酒が効くのではない。その方の所の出社を何と思っているのか。その方は、若い婦人と思って軽しめて、子守りのように思っているであろう。その婦人は此方の出社であり、金神の眷族(けんぞく)である。神と尊め。おかげを受けるのも受けないのも、その方の心にある』と仰せられました。嘉十郎は恐れ入って帰り、その後に、高橋富枝師のもとへ「御神酒を頂かせて下さい」とお願いに参られました。そうして改まった心で御神酒を頂かれますと、息子さんは間もなく全快されたのでした。

★高橋師を女性だからと軽く見て、教祖様から御神酒をお下げ頂いた方が、息子の大病も治るであろうという心を、神様は見抜き見通しであられたのです。常平生お参りさせて頂いている教会でお取次ぎを頂くということは、お結界の先生が、その氏子の御礼・お詫び・お願いの足りないところを足してくださり、その場に生神金光大神様がおられ、瞬時にお取次ぎを下さるのです。そして、その願いをお受け下さった天地金乃神様が、広大無辺な御神徳で氏子をお守り下さるのです。そうして、幾重にも氏子の願いを足して下さるのです。

★おかげを頂けるのも、頂けないのも我が心にあります。自分の受け物を常に整えて、大きくさせて頂くことで、おかげはいくらでも授けて頂けるのです。

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