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2021年06月30日

●『わが心が神に向かうのを信心という』

あるご信者が、典楽の御用を頂かれた時、三代教会長先生に「どういう心構えで、御用をさせて頂いたらよろしいでしょうか?」と尋ねられました。すると三代教会長先生は「あなた方は、神様の御用にお使い頂くのですから、ただの演奏者になってはいけません。信心をもとにして、奏楽をさせて頂くのですよ。より一層信心を向上させて頂きましょう。奏楽が上達すれば、それでよいのではありませんよ。信心をさせて頂くのです。そのことをしっかりと心に刻まれて、その上で御用にお使い頂かれますように。」と仰せられました。

★仕事も家事も、その他様々な御用も、全て信心をもとにしてさせて頂くのです。お商売なさる人は、信心をもとにして商いをさせて頂く。お勤めをなさる人は、信心をもとにしてお勤めさせて頂く。家庭の奥さんは、信心をもとに家を守り、主人や子供たちを後ろから祈るのです。信心を抜きにしてはいけません、ということをみ教え下さったのでした。御用を熱心にさせて頂いておりましても、信心が抜けてしまって、神様を抜きにし、我が強くなっていては、助かりません。何事も信心に基づいてさせて頂いておりますと、自分だけでなく、周囲の人々も助かっていくのです。

★それぞれ、毎日心掛けてさせて頂いていることは異なりますが、「私はこんな良いことをさせて頂いております」と人に言わずに続けさせて頂くと、それが心行になります。人や出来事にばかりに心が向かっている時には、神様に心が向かっておらず、信心させて頂いている姿とは言えません。夏の信行期間は、心新たに日参と聴教に励ませて頂き、少しでも神様の御心が分からせて頂けるように努めさせて頂いて、常に神様に心を向ける稽古をさせて頂きましょう。

★『信心せよ。信心とは、わが心が神に向かうのを信心というのじゃ。』『我が心で我が身を生かすこともあり、殺すこともあり。我が心で我が身を救い助けよ。』
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2021年06月29日

●間断なき霊様のお働き

 東苑のお土地購入の際の出来事です。入札参加に向けて、三代教会長先生が御霊前で一心に御祈念なさっておられましたら、夢か現実か判然しないところで、御隠居様(伊藤ハル刀自)がお出まし下さり、「一坪につき、これだけの値段で入札する者があるから、大阪府に坪1万円計110万寄付するつもりで、高く入札したらよろしい」と金額を教えて下さったのです。このことを、三代教会長先生が二代教会長伊藤コウ師にご報告されますと、「それは有難いですね。でしたら、金額のことはあなたに任せます。それで入札に参加して落札出来なければ、ご神意がないということです。ご神意があるならば、落札させて頂けるでしょう」と仰せになりました。

★三代教会長先生はその通りになされ、教会が無事落札の大みかげを頂かれたのです。その後、門田豊美師に代理で府庁に行って頂き、二番目の方の金額を教えて頂かれますと、なんと御隠居様が教えて下さった金額にぴたりと一致したのでした。入札の際には、誰もアドバイスをして下さる方はいませんので、どれくらいの金額を書いたらよいのか、全く想像も付きません。そこで、御祈念なされた三代教会長先生に、御隠居様が御霊ながらに教えて下さり、お働き下さったのです。

★御隠居様は、昭和7年に御国替えされました。ところが、その40年後の貨幣の価値は変化しておりますのに、ぴたりと当てはまる金額を教えて下さったということは、霊様が時間も空間も越えてお働き下さっている、ということが良く分からせて頂けます。三代教会長先生は「私の守護霊は御隠居様や」と仰っておられたくらいに、お守り頂いていることの実感を頂いておられたのでした。

★一人一人が神様の氏子であり、神様のご分霊を頂いております。そして、神様から「助かってくれよ」と、願って頂いている私達です。有難いご信心を掴んで離さないようにさせて頂き、神様・霊様にお守り頂いて、どこまでもおかげを頂こう、という心持ちでおすがりなさっておられましたら、昼夜の別なく守って頂けるのです。その為にも、今月今日で信心をさせて頂き、自分自身が頂いている御霊を、徳高くさせて頂くことが大切です。

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2021年06月28日

●己に打ち克つ

二代教会長伊藤コウ師が、女子師範学校に通っておられた時、鼻に症状があられ、頭を下げて勉強すると頭が痛み、いつも鼻水が出るような状態になられたのでした。

★コウ師は御母堂であるハル氏にそのことをお話しなさると、「それは有難い。鼻水が出るのはおかげですよ。あなたは13才の時に腹膜炎、肋膜炎を患ったから、まだ身体に悪毒病毒が残っているのでしょう。鼻水が出たら、悪毒病毒をお取り払い頂けるのだと思いなさい。鼻をかんだら、お礼を申して始末させて頂きなさいよ。」と教えて頂かれたのでした。コウ師はその通りに素直にみ教えを守られて、鼻水が出るたびにお礼を申しながらかむようになさいますと、勉強や生活には一切支障なく、鼻の病気が全快根切れのおかげを頂かれたのでした。

★また、コウ師の同室に、肺結核に罹った方がおられたようです。寝起きを共にしますので、他の方々は、肺結核に感染することを恐れ、他の部屋に逃げられたのです。コウ師は、ハル氏にその方が気の毒であることをお話しされますと、「お前は心配することはない。他の人に移ることがあっても、あなたには移らない。信心する者は、神様が守って下さる。ですから、心配せずに、最後まで看病させて頂きなさい。」と教えて頂かれたのです。そうして、コウ師は、その方が助かられるように、御祈念しながら日々看病なさっておられますと、一切罹られることなく、一日の欠席もなく看病出来られたのでした。

★コウ師は、週末は教会にお礼参りを必ずなさり、それから家に寄って、縫物などの家の用事を寄宿舎に持ち帰らせて頂く、ということを続けられたのです。様々なことがあられましたが、コウ師は、自分自身に打ち克ち、4年間一日の欠課もなく、優秀な成績で卒業なされたのでした。

★『信心は日々の改まりが第一じゃ』日々良い方へ生まれ変わらせて頂くには、我情我欲を放し、改まり、己に打ち克ってゆく稽古が必要になってくるのです。

★安武松太郎師(甘木教会初代教会長先生)は、「われよしと思う心」に対しての戒めとして多くのお歌を残しておられます。「われよしと 思う心は 道の仇 我が身の仇と 戒めてゆけ」「われよしと 思うは智慧の行きづまり 怪我あやまちも そこよりぞ来る」「われよしと 思う心を仇として 戦いて行け 日ごと夜ごとに」
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2021年06月27日

●信心の基盤を確かに

 昭和9年頃のことですが、当時御本部お広前で御神勤下さっておられた三代金光様のことを、ある小さな地方紙が、事実無根の内容で悪しざまに書き立てるということがありました。それを知った教内の方々は大変驚かれ、当時まだお若かった、三代金光様のご長男の鑑太郎様は、落ち着かない胸の内を、お母様であられる金光キクヨ姫様にお話しになられたそうです。そうしますと、キクヨ姫様は、「ご本人の金光様が腹をお立てになっていないことを、あなたが腹を立てるというのはどういうことですか?」と、静かにつぶやくように仰ったのでした。鑑太郎様は、「私が5人の親になる今日まで、金光様が腹をお立てになられたことは、一度もあられませんでした。」と残して下さっています。三代金光様は、お子様を亡くされておられますが、その告別式の日も、お結界を離れることをなされなかったと伺っております。どんな時でも終始一貫、神様に心を向けられ、神様から頂いておられる責務を全うさせて頂かれる、三代金光様の尊い常の御姿をお示し下さっているご内容です。

★二代教会長・伊藤コウ師は、私達に幼少の頃からの「信心・勉強・御用」の大切さをみ教え下さいました。信心を元にした勉強、信心を元にした御用を心掛けさせて頂き、常に信心の見直し、改まりをさせて頂くことによって、信心の基盤が強く確かなものにならせて頂けるのです。知識・教養を身に付けることも大切ですが、しっかりとした信心の基盤が出来てきましたら、何か事が起きてきても慌てたり、人を責めたり、自分のあるべき姿を見失ったりすることはありません。

★『神様は、氏子を救い助けてやろうとこそ思うてござれ、このほかには何もないのじゃから、氏子の身の上にけっして無駄事はなされはせぬぞ。ご信心しておるがよい。みな末のおかげになるぞ。』このみ教えをいつも心に刻ませて頂き、大きな出来事にも心を乱すことなく、心を神様に向けさせて頂いて、自分に頂いている責務を全うさせて頂けるよう、おかげを頂いて参りたいと思います。

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2021年06月26日

●神の綱を離さぬように 

二代教会長・伊藤コウ師のご時代のことです。ある方が入信前には、任侠の世界にあこがれて、喧嘩が好きで、無理難題を言うことが男らしいと思って生活をし、家賃も払わずに、何でも付けで買っては借金を踏み倒していました。誰からも信用されず、その名は警察のブラックリストに載せられているほどで、借家もボロボロになっても直してもらえず、立ち行かない生活でした。息子さんがお導きを頂いて、教会の子供会にお参りするようになり、息子さんのお導きによって、お母さんが入信され、後にお父さんをお導きなさったのでした。

★そのお父さんは、家族が辛い思いをしていようが、生き方を変えることをしてこなかった人でしたが、子供が次々と亡くなるという憂き目に遭い、次第に神様に心を向けていかれたのです。

★その方は、ブリキ職人でありましたので、伊藤コウ師から「一軒一軒、御用聞きにまわりなさい。」とみ教え頂かれ、御神米をおともして御用聞きに廻られました。最初は門前払いばかりでしたが、あるお屋敷を訪ねた時に、その家の奥様がちりとりを注文して下さいました。信心によって心を改めていったことにより、頂いた仕事を実意丁寧にさせて頂き、その確かな腕を認めて頂けるようになり、そこから道が開けていったのです。しかし、改まったつもりでも、何かをきっかけに、また悪癖、悪習慣が出て来ないとは限りません。その都度、諦めることなく、改まりを続けていくことが出来てゆかれたのです。毎月お礼のお宅祭を仕えられ、長年積み重ねてきた借金を完済させて頂き、住んでいた四軒長屋を買わせて頂くほどに、立ち行くおかげを頂かれたのでした。

★『神の綱が切れたというが、神からは切らぬ。氏子から切るな』とみ教えを頂いておりますが、「神の綱」とは、「日参と聴教、銘々に頂いているみ教え」だと教えて頂いております。様々なことが起こってくる中、心を乱すことなく、頂いているみ教えをギュッと掴んで離さず、どこまでも守り通してゆくおかげを蒙らせて頂きましょう。

★『心正しくして後に身修まるということがあるが、何事によらず人間は心が第一ぞ。心には信心の肥をせぬと、なかなか正しゅうはならぬ。』
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2021年06月25日

●神様が後押しをして下さる

 松山成三師は、戦後に満州・大連教会より、ご夫婦で着の身着のまま引き揚げて来られ、後に岡山中部教会の初代教会長として御命を頂かれ、御用なさいました。私が金光教学院でご教導頂きました、当時学院長であられた内田守昌師は、お生まれになった際に松山師より「守昌」と命名して頂かれました。

★昭和25年、内田師が金光教教師に御取り立て頂かれて、しばらく経ってからのことです。内田師が、岡山中部教会にお参りされますと、松山成三師はご晩年の頃であり、病床に伏せておられたのです。内田師がお参りなさった日は丁度月並祭で、松山師は内田師を枕元に呼ばれ、「今日のお祭りの後、お説教のおかげを頂きなさい」と仰ったのでした。突然、御命を頂かれた内田師は逃げるように「こんな格好(カッターシャツとズボン)ではお説教できません」とお断りするつもりで申し上げられますと、松山師は「私の教衣を着たらよろしい」と仰ったそうです。

★内田師は松山師の教衣をつけ、御用されることとなられたのです。初めての場所で、初めてのお説教で、大変緊張された内田師は、お説教が終わって休んでおられた松山師のところへ行かれ、「大変な失敗をしました」とお詫び申されますと、松山師は「思い切ってしたらよろしい」と仰ったのでした。

★内田師は「思い切ってさせて頂く」ということが、自分自身の課題になられたのです。どうすれば思い切ってやれるのか?やけくそになったり、がむしゃらになったり、時には諦めて開き直って、思い切ったようなつもりになっているようでは、人も自分も助からない・・・と考えているうちに、自分で思い切れるものではない、ということが分からせて頂かれたのでした。神様にお縋りして、自分も助かり、人も助かるということが、成就していくような在り方が、本当に思い切ってさせて頂くということであり、真心で一筋に神様にお縋り申しあげますと、神様が手を差し伸べて受け止めて下さり、後押しをして下さって御用させて頂けるのだと、分からせて頂かれたのでした。

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2021年06月24日

●生きた信心を心掛ける 

片岡次郎四郎師は、大変実直なお方であられたのですが、気性が激しく正義感が強いお方なので、人が曲がったことをすると許せずに、承服させるまで言い負かさなければ気が済まない性分であられました。ご信心なさるようになられて、金光様の元へ参拝されますと『人に悪く言われた時に、信心するからこらえなければならないと思ってこらえるくらいでは、まだいけない。先方の心を、どうぞゆるしてやってください、直してやってくださいと拝んであげるようにならなければならない』『その性分ではおかげが受けられない。性分を改めなければならない』と教えて頂かれ、そのみ教えによって生まれ変られたのです。これまで自分が正しいと思って行ってきたことが、信心を基にしてみ教えを頂きますと、確かではなかったということが理解できられたのです。また、教祖様から『人を見るな、教えを見よ。教えてあろうが。』とみ教えを頂かれ、口を慎み、己を慎んで、人の助かりを願うことを心掛けられたのでした。

★教祖様のご在世中に、祈念祈祷を重んじていた修験道の山伏が、教祖様のみ教えを一方的に敵対視し、お広前を度々荒らしに来たのでした。しかし、教祖様は山伏に対して腹をお立てになるどころか、津川治雄師に『このお広前へある山伏が来てかれこれ(暴挙を働く)したことは、よくご承知であるが、これを自分が腹を立ててかれこれ(仕返し)してはいけない。これくらいのことは、神様のお力でお払いのけになることはわけはない。それなのに、そのようにたびたび来るのは、神様がおやりなさるのであるから、私はいっこうに腹は立てない。・・・この神様のお道は年々にご繁盛なさる。氏子先で合点せよ』とおっしゃり、どこまでも「神様のさせなさるご修行」と受け切って行かれ、腹を立てられることも、仕返しをしてやりたいという心にもなられませんでした。それは、常に神様を神様としてお立てになり、「神様の仰せ通りに」という御姿勢を徹底して貫かれたのです。

★『同じ魚でも、料理人の腕々で味が違う。同じ刀でも、持ち手持ち手で、切れ味も違えば、使い道も違う。人を殺す物にもなれば、救う物にもなり、己の守り刀にもなる。ご信心しておかげを受けたら、その使い道を誤らぬように生かしてゆかぬと、もったいないぞ。』
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2021年06月23日

●何事も実意をもって願う

 植田氏は、幼少の頃より心臓脚気の病気があられました。17歳の時「私は小さい頃より身体が弱いですので、周囲に心配をかけております。どうぞ病気をおあずかり下さい。」と、御本部で時間のある限り御祈念されました。そうしますと、今日からおかげが頂ける、と思える程に清々しい気持ちになられ、その時以来、根切れのおかげを頂かれたのでした。

★植田氏は有難さの余り、神様と3つの約束をなされました。「1、絶えず喜ぶ稽古をします。2、日参を続けます。3、毎日の食事は2食に致します。」と決められ、ご修行に励まれたのです。日参は大正14年から文の里より、昭和14年からは甲子園から参拝されたのでした。6人の子宝を頂かれましたが、出産当日の朝も参拝され、産後20日間は代参をたてられたということです。その後は、ご家族の協力を頂かれて、自身で日参を続けられ、計64年間続けられたのでした。

★ご主人が工場で、鉄板が倒れてきて、右手親指が皮一枚残して骨も神経も切れてしまう、という大怪我をなさったことがありました。医師は「とても治りません。」と言いながらも一応手術して下さったそうです。植田千代子氏は「体裁が悪いので、どうぞ形だけでもくっつけて頂けますように。」とお届けなさったのでした。

★二代教会長・伊藤コウ師は「そんなお取次は出来ません。形だけの指なら、木でもセルロイドでもひっつけときなさい。天地を丸生かしになさる親神様の御神徳を、汚し奉るようなお願いは出来ません。元通りしっかり働きの出来る指にして下さい、というお願いならお取次させて頂きましょう。」とみ教えを下さいました。そのみ教えによって、心が改まってご主人のそばで夜通し御祈念させて頂かれますと、痛みがなくなり、血管も神経もつながって、後に全快の大みかげを頂かれたのでした。

★生神金光大神様のお取次を頂き、神様にお縋りしお願いさせて頂きましたら、その事柄は神様にお任せして、自分は神様に精一杯の真を向けさせて頂くように、改まりに努めさせて頂くことが大切です。改まりのご信心に油断なく、家業を実意丁寧に努めさせて頂くことが出来たら、様々なお願いも成就させて下さるのです。

★『天地金乃神といえば、天地一目に見ておるぞ。神は平等におかげを授けるが、受け物が悪ければおかげが漏るぞ。神の徳を十分に受けようと思えば、ままよという心を出さねばおかげは受けられぬ。ままよとは死んでもままよのことぞ』

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2021年06月22日

●互いに祈り合い、願い合う 

6月21日は、平成16年に73歳でお国替えなさった、内尾氏の御命日でありました。この方は、阿倍野教会の楽人の御用をなさった田中増江氏の娘さんで、3代目の信心であられましたが、縁あって大分県に嫁がれました。阿倍野教会の毎月の御本部御礼参拝には、日を合わせて大分県より参拝され、また春秋の御大祭には、信心友達である陶山氏の家に泊めて頂かれて参拝なさる、熱心なご信者であられたのです。

★晩年、内尾氏は癌を患われ、末期状態であるということが判明し、大分県のホスピスで治療を受けられることとなったのです。6月1日内尾氏の娘さんから陶山氏に連絡があり、「母が陶山さんに会いたがっているので、お見舞いに来て欲しい」とのことでした。その時の内尾氏は、昏睡状態で食事も出来られず、意識が無い状態が続いておられたそうで、いつどうなってもおかしくない、とのことでした。うなされるように「陶山さん…陶山さん…」と声をだされるのが、聞き取れるというのです。

★陶山氏は、早速6月1日夕方に教会へお届けされますと「是非行ってあげなさい」とみ教えを頂かれ、二日は月例祭ですので、6月4日に娘さんと二人で日帰りでお見舞いに行かれました。すると、行かれた日に内尾氏は意識が回復しておられ、待ちかねていたかのように、大変喜んで歓談が出来られたのです。更に昼食が用意されましたら「美味しい、美味しい。」と完食することが出来られたのでした。後になって判明したことですが、内尾氏は陶山氏に会われた3時間だけ、意識を取り戻されたというのです。その後、21日にお国替えなさるまで、会話が出来る状態になられたことは一度もあられませんでした。

★ご本人の頂いておられる霊様が、天地の親神様の御神徳でもってお働きになり、万事にご都合をつけて頂かれたのです。また、相手のことを大切に思い、願い合い、祈り合うことが出来ておられますから、血の繋がりはなくとも、互いに心が通じ合って、人と人の間に神様が生まれる、という体験をさせて頂くことが出来られたのです。私達は、自分の力ではどうすることも出来ないようなことも、真心で一心にお願いし、生神金光大神様のお取次ぎを頂き、天地の親神様の御神徳を蒙らせて頂くことが出来ます事は、真に有難いことです。

★『人間は神様の氏子、神様のおかげを身いっぱいに受けるように、この身この心を神様に向けて信心せよ。何事も無礼と思わず一心に取りすがっていけば、おかげが受けられる。枯れ木にも花が咲くし、無い命も繋いで頂ける。わが身におかげを受けて難儀な人を助けてあげよ。』
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2021年06月21日

●長期に亘って願い続ける

 上半期締めくくりの月も、残り十日を切らせて頂きました。心の大掃除をさせて頂くつもりで、年の初めから今日迄、一日一日有難いおかげを頂いてきたことを振り返り、「あれもおかげであった。これもおかげであった。」と御礼の心に満ちて、上半期感謝祭をお迎えさせて頂きましょう。

★上半期も新型コロナウイルス感染拡大防止という観点から、緊急事態宣言が発令され、自粛生活を送ったり、新しい生活様式を取り入れさせて頂いたことでした。そうした中で、人のことを思いやる心こそが一番重要だということが分からせて頂きます。様々な方々がお世話をして下さって、現在の社会が成り立っており、私達はお世話になりあって生活させて頂いております。様々な職種についておられる方々が、命を削って心を砕いて、懸命に働いて下さって、私達の生活を守って下さっていることが良く分からせて頂きます。自分自身を大切にするということは、人のことを大切にしてこそ十全なものになっていくのです。思いやりの心が一番の薬である、ということです。周囲の人々の生命を守る為にも、自身の行動を律し、節していくことも思いやりの一つですね。

★四養
1)虚を以って心を養う・・・心を空(謙虚)にして、常にみ教えをさっと頂ける器にする。
2)徳を以って身を養う・・・神徳・人徳・学徳、その人の徳によって、動産・不動産も与えて頂き、人材も仕事も与えて頂きます。職場も家庭も、身に徳を頂くことによって、全てに整えて頂けるようになるのです。
3)善意を以って人を養う・・・相手の良い所を見て、良いところを口に出す。周囲が助かってゆくように、良い事を思い、善い行いをしてゆく。
4)慈愛の心を以って天下万物を養う・・・かわいいと思う心が神心だと、み教えを頂いています。かわいそうだなあ、と思える心が大切なのです。

★日々み教えを頂き、常に自分自身を見直し、広く大きな心を養わせて頂きましょう。そして、ご先祖から頂いてきたおかげの元を忘れることなく、有難い心に満ちて、変わることなく、実意丁寧な信心を続けさせて頂きましょう。

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2021年06月20日

●み教えを守らせて頂くと、神様が守って下さる 

18日には、教徒会例会が開催され、守口氏の有難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★守口氏は、大学卒業後、二度の転職を経て30年以上も電機メーカーの関連会社で、経理に携わっておられました。その間、やりがいを感じられながら、順調に仕事をなさっておられましたが、人間関係の板挟みから、うつ状態になられて入院をされることもあられたようです。しかし、そうした経験が役に立たれ、人の痛みが分かられ、人のことを祈らせて頂かれるようになられました。出来てくることが皆良い勉強となり、その経験が全てに生かされるようになられたのです。

★その後、転職をするために、200通以上も履歴書を求人先に送られましたが、ほとんどの企業が面接に至らず、門前払いであったそうです。その度にお届けなさると、「たとえ募集の条件よりあなたの年齢が高くても、また、有効求人倍率云々の数字が高くても、それに捉われてはいけませんよ。神様は必ず、あなたを必要としてくれる会社にお引き寄せを下さいます。」とみ教え頂かれました。有難いことに、現在一番必要として頂ける運送会社にご縁を頂かれて、就職のおかげを頂かれたのです。

★ある時、70歳を超えられた先輩の方に、「この会社にご縁を頂かれたからには、年齢を考えずに働いて下さい。私のように70歳を超えても通常通り勤務をしております。体の続く限りは働いて下さい。」と言って頂かれたそうです。以前からずっとお願いなさっておられた通りの、年齢にかかわらず、ずっと働かせて頂ける会社に就職のおかげを頂かれたのです。

★守口氏は、毎日朝参りなさってから、片道二時間かけて会社まで通勤なさっておられます。電車を何回か乗り換えなさる時に、心の中でお礼を千遍唱えさせて頂くように、毎日心掛けて稽古なさっておられるのです。振り返らせて頂きますと、守口氏はこれまで様々な経験があられた中で、一貫して実に素直なご信心を貫いておられます。

★み教えに『金光大神が教えた通りの信心をすれば、教えただけのおかげの立つことを神が請けおうてやる』とみ教え下さっておられます通り、み教えをしっかりと守らせて頂くと、神様はおかげを蒙らせて頂けるように守って下さるのです。どこまでも素直な信心になるよう努めさせて頂き、どこまでもみ教えを守らせて頂く姿勢に、神様は応えて下さるのですね。
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●み教えを守らせて頂くと、神様が守って下さる 

18日には、教徒会例会が開催され、守口氏の有難いおかげ話を聴かせて頂きました。

★守口氏は、大学卒業後、二度の転職を経て30年以上も電機メーカーの関連会社で、経理に携わっておられました。その間、やりがいを感じられながら、順調に仕事をなさっておられましたが、人間関係の板挟みから、うつ状態になられて入院をされることもあられたようです。しかし、そうした経験が役に立たれ、人の痛みが分かられ、人のことを祈らせて頂かれるようになられました。出来てくることが皆良い勉強となり、その経験が全てに生かされるようになられたのです。

★その後、転職をするために、200通以上も履歴書を求人先に送られましたが、ほとんどの企業が面接に至らず、門前払いであったそうです。その度にお届けなさると、「たとえ募集の条件よりあなたの年齢が高くても、また、有効求人倍率云々の数字が高くても、それに捉われてはいけませんよ。神様は必ず、あなたを必要としてくれる会社にお引き寄せを下さいます。」とみ教え頂かれました。有難いことに、現在一番必要として頂ける運送会社にご縁を頂かれて、就職のおかげを頂かれたのです。

★ある時、70歳を超えられた先輩の方に、「この会社にご縁を頂かれたからには、年齢を考えずに働いて下さい。私のように75歳を超えても通常通り勤務をしております。体の続く限りは働いて下さい。」と言って頂かれたそうです。以前からずっとお願いなさっておられた通りの、年齢にかかわらず、ずっと働かせて頂ける会社に就職のおかげを頂かれたのです。

★守口氏は、毎日朝参りなさってから、片道二時間かけて会社まで通勤なさっておられます。電車を何回か乗り換えなさる時に、心の中でお礼を千遍唱えさせて頂くように、毎日心掛けて稽古なさっておられるのです。振り返らせて頂きますと、守口氏はこれまで様々な経験があられた中で、一貫して実に素直なご信心を貫いておられます。

★み教えに『金光大神が教えた通りの信心をすれば、教えただけのおかげの立つことを神が請けおうてやる』とみ教え下さっておられます通り、み教えをしっかりと守らせて頂くと、神様はおかげを蒙らせて頂けるように守って下さるのです。どこまでも素直な信心になるよう努めさせて頂き、どこまでもみ教えを守らせて頂く姿勢に、神様は応えて下さるのですね。
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2021年06月19日

●実地の学問

 先日、社会人一年目のご信者が、仕事のこと、職場での人間関係のことについてお届けに来られました。会社には実に様々な方がおられ、尊敬できるような立派な人も居れば、「それは間違っているだろう・・・」と、思うような言動をとるような人も居られるようです。そうした現状を、涙ながらにお届けなさったのでした。

★そこで、「立派な人に出会わせて頂いたら、有難いと思い、優れたところを習わせて頂きましょう。また、間違った言動をとる人に出会わせて頂いても、それも有難い勉強です。自分にも同じような間違った部分はないか、改まりの材料とさせて頂いたら、結構なおかげになりますよ。」とお話しさせて頂いたことでした。

★その方は、実に優秀なお方で、向上心を持って、これまでも会社から色々な資格をとるよう勧めて頂かれ、努力して次々と資格も取得しておられます。そこで、「あなたは、周囲の人から信用して頂きたい、ゆくゆくは立派な仕事について用いて頂けるだけの徳も力も頂きたい、と願っておられるでしょう?職場で起きてくることは、実地の学問です。これからは、周囲の人のことを先に願わせて頂くのです。目の前の人がどんな人でも助かられますように、立ち行かれますようにと、お願いしてゆきましょう。今後、その範囲が広がってゆき、清濁あわせのむ大きな広い心にならせて頂けたら有難いですね。その都度、『金光様、金光様』と、心中御祈念させて頂きながら、御神米をおともして、神様を杖におかげを頂きましょう。そうしていけば、どんなケースにも対応させて頂けるような、徳も力も頂けますよ。」と、お話しさせて頂いたのでした。そのご信者は、初めは涙ながらのお届けでしたが、み教えを頂かれるずつに表情も明るくなられ、よく理解なされたことは有難いことでした。

★私達も、行くところ行くところで周囲の全ての人のことを祈り、相手も立ち行き、こちらも立ち行くことを願わせて頂く稽古をさせて頂きまして、天地のような広い心で、大きな信心にならせて頂けるよう、おかげを頂いて参りたいと思います。

★『ここへ参っても、神の言うとおりにする者は少ない。みな、帰ってから自分のよいようにするので、おかげはなし。神の言うことは道に落としてしまい、わが勝手にして、神を恨むような者がある。神の一言は千両の金にもかえられぬ。ありがたく受けて帰れば、みやげは舟にも車にも積めぬほどの神徳がある。心の内を改めることが第一なり。神に一心とは迷いのないことぞ。』

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2021年06月18日

●目の前の人の事を祈ることは、何処でもさせて頂ける            

三代教会長先生が、大腿骨頚部を骨折なさった時、検査と手術の為に病院に入院されました。三代教会長先生は、「病院に行くことによって、病気による痛みや、不安の為に苦しむ多くの方々を、目の当たりにさせて頂きました。平生は、お結界で御用をさせて頂きますが、この度は神様が、私を病院に差し向けられたと思っております。」とおっしゃいました。三代教会長先生は、ご自身も患者の立場であられながら、入院者や外来の患者の方々の助かりを祈られ、医師、看護師、調理師や清掃員の方々など、目の前の全ての人の助かりを祈られたのでした。また、お世話になる方々に丁寧にお礼を申され、病院のお食事も拝んで有り難く頂かれたのです。

★そのような入院生活を送っておられますと、手術後、通常ならば痛みが出るそうですが、三代教会長先生は、一切痛むことがあられなかったのです。医師からも、「痛みはありませんか?痛みを我慢すると動きが悪くなり、術後の回復も遅れますから、我慢せずに言ってくださいよ。」と、言って頂かれたのですが、全く痛むことなく回復なさる、というおかげを頂かれたのでした。

★人間に出来ることは限られています。病気を患っていたり、怪我を負っていたりするとなおのことです。しかしながら祈ることは、どなたでも、何処でも、どのような時でも、いくらでもさせて頂くことが出来ます。

★自分のことは神様にお預けして、いつも人様の助かりを祈る稽古をさせて頂いておりますと、祈らせて頂いた相手にも助かって頂き、自分も結構なおかげを頂くことが出来ます。人の助かりを祈らせて頂いておりますと、心は穏やかに保たれ、おかげの受け物をしっかりと大きくさせて頂くことが出来るのです。

★『心配は、信心しさえすれば、みなおかげになる。心配は体に毒、神様にご無礼。今日からは心配する心を神様に預けて、信心する心になるがよい。おかげになるぞ』
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2021年06月17日

●油断なく稽古を積み重ねる

 島之内教会の前教会長・三矢田守秋師が、高橋正雄師に「先生、私はいくら修行しても努力しても、どうもみ教えのような者になれません。いつも変な心が動き通しに動いております。どうしたらなれますか?」とお伺いなさったのでした。高橋正雄師は「わしもあんたの言うような心が、動き通しに動いておるがなあ。」と仰り、続けて「起こり通しに起こっとる。ただそういう思いが起こったら、心の中でお取次を頂いてスッと転換させてもろうてる。それだけのことじゃ。そのスピードが速いから、外から見ておったら見えんのじゃ。飛行機のプロペラは止まっておる時には羽が何枚あるかよく見えるが、回り出したら羽があることが見えんじゃろう。それと同じじゃ。」と仰ったのでした。守秋師は「教えというのは聞かんといかんなあ」とつくづく思われたそうです。

★高橋正雄師のみ教えを守られる御姿勢は、常に「金光様、金光様」と心中御祈念されながら、日々油断なく稽古なさっておられることが分からせて頂きます。稽古を積み重ねさせて頂くことにより、上達させて頂くことができるのです。婦人の五徳の5つの項目も、日々心掛け、心中御祈念させて頂きながら、取り組ませて頂きましょう。

★婦人の五徳
1)平素、人と競争せず・・・他の人や他の家庭と比べない。
2)飲食を節する・・・節制を心掛け、節度を保ち、与えて頂いている物を有難く頂く。
3)苦難の時に恨みごとを言わない・・・難儀なことが起きてきた時に、人のせいにせず、人を責めず、自身の改まりを心掛ける。
4)感情をむき出しにしない・・・喜ぶことはしっかり喜び、怒りや悲しみといった負の感情はむき出しにしない。
5)よく尊敬する・・・神様、霊様、人様に対して、敬う心が大きいほど、我が身にお徳が頂ける。

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2021年06月16日

●伝わる信心 

先日、あるお方が[私方の息子はまだご信心を頂いておりません。私が「あなたが仕事の成功のおかげを頂いているのは、神様のお守りのおかげですね」と言いますと、「神様のおかげじゃない。自分が一生懸命働いているからだ!」と申します。]とお届けされました。

★そこで[それは、息子さんを通して神様が働いて下さっておられるのですから、息子さんを拝めばよいのです。息子さんに「あなたが一生懸命働いてくれるから有難いことです。ここまで結構に一生懸命働いてくれていることによって、家が皆助からせて頂いています。あなたのおかげです。有難う、有難う。」とお礼を申せば良いのです。そこを、「あなたは一生懸命しているつもりですが、それは神様のおかげですよ。」という言い方をしますと、その息子さんの心は、横へ逸れてしまうのです。「お母さんはそう言いますが、私は一生懸命努力している。神様のおかげではありません。」というようなことになってしまいます。ですから、ご信心をさせて頂いている方が、まだご信心に縁のない方を拝めば良いのです。そして「あなたのおかげですよ。」ということを伝えたら良いのです。]とお話しさせて頂いたことでした。

★続いてそのお方は、「では、神様のおかげはどう伝えるのですか?」と尋ねられましたので、[息子さんを通して神様のおかげが表れてくるのです。それを「あなたは一生懸命してるつもりですが、足らない所は神様が足して下さっているのです。」という言い方をしますと、また息子さんは反発してしまいますね。「あなたが一生懸命してくれていることが有難い、喜んでいる。」ということを伝えさせて頂けば良いのです。そうすると息子さんも喜んでくれて、「私も足らない所がありますのに、お父さんお母さんがお願いしてくれているおかげです。」と言ってくれるようになるのです。そうなれば、ご信心が伝わっているのです。]

★伝え方ということはとても大事で、相手の受け物の状態によって、こちらも伝え方を勉強せねばなりません。相手に分かって頂けないのは、こちらが足らない証拠で、もっともっと実意丁寧にさせて頂く必要があるのです。自分は伝えさせて頂いているつもりでも、「まだまだ足らない。」と理解をさせて頂くことが大切です。常平生から、しっかりご信心をさせて頂いている方が、しなければならない勉強なのですね。
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2021年06月15日

●今日からの信心で明日以降が開けてゆく

『昨日を忘れ、今日を喜び、明日を楽しめ』

★昨日を忘れというのは、過去のことは神様にお任せ申し上げて、今月今日の信心を一生懸命にさせて頂きなさい、ということです。「あのとき、ああしておけばよかった・・・こうしておけばよかった・・・」と思い出して後悔してもきりがありません。簡単には忘れられませんが、神様にお願いして、心の執着を取って頂きましたら、過去一切が救われていくのです。

★例えば、足や腕を骨折したとしましょう。起こってしまったことは致し方ありませんから、それをおかげにさせてもらうのは、どうしたらよいかを考えるのです。「今のうちに体を休めさせて頂こう」、「今のうちに出来ることをさせて頂こう」、「今必要なことを必要なように、させて頂ける時間を神様が与えて下さった。有難いことだ」と切り替えをさせて頂いて、現在しなければいけないことに打ちこんでさせて頂きましたら、先が開けていきます。いつまでも「ああしとけばよかった・・・」との後悔に苛まれてばかりいて、今日しなければいけないことも出来なければ、将来は開けていきません。しなければいけないこと、すべきことをしっかりと見出させて頂いて、時間を有効に使わせて頂き、正しい方向へ舵取りをさせて頂きましたら、将来が結構なおかげを蒙らせて頂けるのです。

★また、普段から信心の稽古をしっかりとさせて頂いておりましたら、出来てきたことに対応させて頂けるだけの、徳と力も身に付けさせて頂くことが出来ます。毎日喜ばせて頂けることをしっかりと探させて頂き、横着気ままを去って、明日以降を楽しんで、有難く信心辛抱させて頂くことが出来てまいりますように、おかげを蒙らせて頂きたいと思います。

★『神信心する者は我慢我欲をしてはならぬぞ。一寸ずつ太る楠は千石船の帆柱になるが、一年に三尺も五尺も伸びる梅のひこばえに大木はないぞ。とかく、世の中は楠の一寸太りでなければならぬ(我慢=わがままに振舞うこと)』

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2021年06月14日

●お礼とお詫びの大切さ

 私達が生活をさせて頂く中では、様々な命を分けて頂いて、食物を頂きます。あるいは、飲料水だけではなく、炊事、洗濯、入浴で水を使わせて頂いたり、電気・ガスなどのエネルギーを使わせて頂いたりと、天地のお恵み、人々の働きを頂き通しに頂いております。天地のお恵みの中につからせて頂いている毎日でありながら、その有難さを知らないことも多々ありますし、お恵みを頂いていることを、当たり前のこととして日々を過ごしてしまいがちです。そこには、喜びも、感謝の心も生まれず、それどころか、不平不足ばかりを言ってしまうような生活になりかねません。

★また、生活させて頂く上には、どうしてもゴミを出してしまいます。しかも、自然に再生できるゴミだけではなく、プラスチックなど自然に容易に分解されないゴミや、人や生き物の生命を脅かすような物質(ダイオキシン、環境ホルモン、汚染物質等々)を出してしまうのです。便利な生活に慣れてしまいますと、資源の無駄遣いと分かっていても、元の生活になかなか戻れないものです。そうしたことだけを見ましても、天地に対してどれほどお詫びの申し足りないことでしょうか。

★ですから、日々心掛けて、知らず知らずのご無礼のお詫びを申し、天地のお恵み、人々の働きの恩恵を受けている御礼を申し上げることが、欠かせない大切なことだと教えて頂いて頂いるのです。また、心の眼、心の耳が開けますと、出来事を通して、あるいは人の口をもって、神様が教えて下さることが、理解出来るのです。御礼とお詫びを丁寧に申し上げ、正しい願いを持たせて頂いて神様にお縋りさせて頂けば、神様もお喜び下さり、いくらでもおかげを頂くことが出来るはずです。

★『世が開けるというが、開けるのではない。めげる(壊れる)のである』
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2021年06月13日

●お礼の後始末

 二代教会長・伊藤コウ師は「お礼が足りないということは、悪毒病毒をようお取り払い頂かないということです」と、み教え下さいました。

★ある中学生の女の子は、家から学校までの通学中、あるいは1コマの授業中に必ず尿意を催し、必ずトイレに行かなければならないということに悩み、親と一緒にコウ師にお届けなさいました。コウ師は女の子に「早速明日から、朝起きたら家の便所のお掃除をさせて頂きなさい。今までは頂くことしか考えなかった人間が、今度はお取り払い頂くことを有難く思わせて頂けるように、勉強させて頂きなさい。これまでちっとも御礼を申さなかったことに、神様がお気付けを下さったのですから、しっかりとお詫びを申して、学校に行くまでに便所の掃除をさせて頂き、それから神様にお願いして学校に行かせて頂きなさい。」とみ教えを下ったのです。女の子はその通りに実行し、全快のおかげを頂かれたのでした。

★私たちは、天地のお恵みを頂いて生活させて頂いております。目が見えるのも、耳が聞こえるのも、すべては天地のお恵みである様々な命を分けて頂いているからこそ、その働きがあるのです。ですから、食事を頂くときは手を合わせて拝んで頂きます。そして、お取り払い頂くときも拝むことが大切です。「大小便に、悪毒病毒をお取り払い頂きまして、有難うございます。」と拝んでお取り払い頂いたら、便所掃除をさせて頂いて、お礼を申して出させて頂きます。そういった後始末をきちんとさせて頂くと、体内の悪毒病毒をお取り払い頂けるのです。

★商売も日常生活も同じです。支払いが滞ってしまうと、体内に悪毒病毒が溜まってしまうのと同じことなのです。お礼の後始末が出来ていなければ、思うようにおかげが頂けないことになってしまいます。頂きっぱなしにならずに、しっかりと御礼を申す稽古に励んで参りましょう。

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2021年06月12日

●常にみ教えを頂く稽古を

先日、真栄根会の勉強会が開催され、昭和40年2月15日の二代教会長・伊藤コウ師のみ教えを拝聴させて頂きました。前日の2月14日に、バス9台で御本部御礼参拝されたことについてお話しなさっていました。

★ところが、御霊地でご祈念の時間になっても、バスが3台到着しなかったそうです。大祓詞の時間になって、2台は到着したのですが、1台がまだ到着しませんでした。お広前でご祈念が終わって、奥城にお参りをさせて頂きますと、約一時間遅れで最後の1台がようやく到着したのでした。

★コウ師は、「大難は小難に、小難は無難におまつり替え頂き、有難いことでした。一人の怪我人もなく、事故にもならずに済ませて頂きました。衝突したりだとか、バスが田んぼの中にひっくり返ったとかではなく、遅れただけで済ませて頂いて有難いことでした」と喜ばれ、御礼申されたのでした。

★その遅れた原因というのは、追い越し違反で、運転手が警察に咎められたということでした。初めの2台の運転手は、すぐに警察にお詫びなさり、話し合いがすぐに済んだのですが、後の1台の運転手が、ゴテゴテと何か言い出したのです。段々と時間が長引いてきたので、その車両に乗っておられた伊藤享師が、「団体で走っておりますから、時間の都合もあるので、堪忍してやって下さい」と代わりにお詫びなさると、その運転手はなおゴテゴテと言い出したということです。すると、警察の方は「こんなに反省のない人は、許すわけにはいかない」と、一時間余りも長引き、遅れてしまったのです。

★常日頃からみ教えを頂いている人は、何かといった時に、さっと心が改まるけれども、常にみ教えを頂いていない人は、受け取り方を間違えてしまいます。それは、心の受け物が出来ていないからです。み教えを頂く稽古が出来ていないから、さっと改まることができない。そこが問題であるということを教えて頂いているのです。常平生にみ教えを頂いておりますと、善悪の判断が付き、「金光様は、どうなさるだろうか?」、「親先生はどうお考えになるだろうか?」と考えられるようになってゆくのです。「こういう場合はどの様にさせて頂けば、神様の御心に適うだろうか…?」ということが、解らせて頂けるようになります。大きなことになる前に改まることが出来るように、常にみ教えを頂いて、神様を目当てに日々の生活をさせて頂きましょう。
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2021年06月11日

●神様からおかげが頂ける信心

 小倉教会の初代教会長・桂松平師の奥様のミツ師は、岡山の沙美村でお生まれになり、教祖様のご時代からお参りなさっていました。幼い頃より病弱で、冷え性で、夏でも座布団を何枚も重ねて座らなければならないような体質であられたそうです。

★二代金光様に、「私はたいてい信心しておりますが、まだおかげが頂けません。」と涙ながらにお届けされました。すると『そうかなぁ。たいてい信心できておりますかなぁ。私がおかげをあげられるなら今すぐにでもあげたいが、神様から下さるのじゃから、神様からおかげが頂けるような信心をしなければなりません。信心は何ぼ通りもある。参るのは参り信心、拝むのは拝み信心、頼むのは頼み信心というが、その中でも参り信心が取りどころじゃ。数多く参っているうちには、ああいう信心をすればああいうおかげ。こういう信心にはこういうおかげと、神様からおかげの頂ける信心がおいおい分かってくるようになる。まあ、いっぱし(熱心に)参るんじゃな。』と仰せになられました。そうして、ミツ師は、どこが悪いとか、どこが痛いとか、泣き言や悔やみ事を言わずに、山を越えて1時間もかかる所を歩いて、日参を続けられました。

★ある時、ミツ師が眼の痛みを感じながらお参りなさいますと、二代金光様がお結界からご祈念座に進まれ、後ろのミツ師にも聞こえる程の声で、『生神金光大神様、天地金乃神様、原田ミツは常々、体が弱いので、それを治して頂きたいと願って参っておりますが、今日はさらに、目の痛みを覚えて参っております。毎日、広大無辺なおかげを頂いておりますことを、まずお礼申し上げます。そしてどうぞ本人が、より一層健康な状態になって、信心が進ませて頂けますように、おかげを蒙らせて下さいませ。』とご祈念下されたのでした。

★そのご祈念をお聴きになったミツ師は、今までお礼を申し上げているつもりであられましたが、広大無辺なおかげを頂いているというところにまで、御礼の心が至らなかったと気付かれたのでした。また、目の痛みが治らないことが、中心のお願いであったことにお詫び申され、心の底から御礼とお詫びを申し上げる心になられ、その後、徐々に体質改善のおかげを蒙られたのでした。

★『あなた方は小さい所に気をつけて、夜分に提灯を借りても、手みやげをつけて、ありがとうと礼を言って返す。それならば、日乃神にはどのくらい大きなお礼を申しても、過ぎることはあるまい。』

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2021年06月10日

●我を放して時節を待つ

三代教会長先生が、京都のあるご信者のお宅祭に行かれたときに、隣地の広い駐車場をご覧になられ、「こちらのお土地も地続きで買わせて頂きましょう。」と、ご信者に声を掛けられ、駐車場に向かってご祈念なさって下さいました。ご信者は「自宅を早く建て替えさせて頂きたい…」と前々から願っておられ、そして、「敷地が狭いので、隣の土地を地続きで、思い通りの広さで買わせて頂けます様に。」と何年も一心に願っておられたのでした。

★ある日、隣の土地が三人の方々に三分割で相続され、ご信者の家の地続きの土地を相続された方の意向で、不動産屋を通じて、「この土地を買いませんか?」と、ご信者に話が持ち掛けられたのです。なんと、この方はアメリカに定住なさっている方でありました。有り難いことに、ご信者は長年お願いなさっておられたことが成就し、その土地を購入させて頂き、後に家を建て替えられたのでした。

★実は、土地を売って下さった方のお父様は「絶対に土地の切り売りはしない」と仰ったそうです。ご信者にとって、これ以上無いような良い条件で、土地を購入させて頂かれたこととなり、物事がお願いの内容に段々と沿っていくように、神様がして下さっているということ、また、時節を待って一生懸命に願い続けていくことが、どれだけ有難いことかということが分からせて頂けます。

★私達には、将来どうなっていくか分からないことが多々あります。全てに、先を楽しみにしてお願いさせて頂くことで、道が開けてゆくのです。時節を待たせて頂くということは、辛抱の要ることです。『辛抱こそ身に徳を積む修行じゃ』と教えて頂いております。我を放して、信心辛抱をさせて頂くことを、ご修行にさせて頂きましょう。時節を待つ間、ただじっと待つのではなく、我情我欲をお取り払い頂くように、自身でご修行を決めて取り組ませて頂くことが有難いのです。
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2021年06月09日

●信心相続を願う

 昨日はみかげ会例会を開催させて頂き、森山氏の有難いおかげ話を聞かせて頂きました。森山家のご信心は、終戦直後の混乱の頃、森山氏のお祖父様が仕事が上手くいかず、神経衰弱になっておられた時に、旧広前から多くの人が出入りされるのが目に入り、吸い込まれるようにお広前に入らせて頂かれ、何も分からないままに、お結界に座っておられた二代教会長先生にお届けなさったことから始まります。「明日から親子3人で朝参りしなさい。必ずおかげが頂けますから。」とみ教えを頂かれ、翌日から参拝をなさって今年で入信75年になられます。

★平成28年3月に、森山氏のお母様が自宅内で転倒し、右足の頸部大腿骨を骨折し、すぐに病院で手術を受け、成功のおかげを頂かれました。介護老人保健施設に転院し、毎日リハビリを行ってもあまり改善されず、自力で歩行することは難しく、食事・排泄の介助も必要とするため、特別養護老人ホームに入所なさることになられたのです。

★お見舞いの際に、お母様が「あんたなあ、信心離したらあかんで。子供に信心伝えなあかんで・・・」と言われたそうです。お母様が、平成17年3月の婦人会例会で、おかげ話をさせて頂いた原稿に「眠れない、苦しい、どうしたらよかろうか。と毎日騒ぐ父の姿を見て、そのうち3人で、死ぬ日がくるかもしれないと真剣に考えた私は、当時17歳でした。あの時金光様のご信心の綱が降りてこなかったら、今の私は当然ないわけで、6人の孫に囲まれる幸せなおばあちゃんはいないのでございます・・・」と記されているのを見た森山氏は「母は自分が亡くなった後、ご信心が子孫にしっかりと伝わることを、祈ってくれていたのだと思わせて頂きます。そんな母の思いを大切にし、信心相続が私にとっての願いです」とお話し下さいました。

★お母様はその後、誤嚥による急性肺炎で病院に1週間ほど入院なされ、終末医療の病院に転院し、約半年後の平成31年1月にお国替えなさりました。転倒から約3年間に亘る、お母様とのやり取りを通して、森山氏は「改めて、人間にとって生きることと死ぬことに関して、深く考える機会を与えて頂きました。み教えに『生きても死にても、天と地とはわが住みかと思えよ。生きている間も、死んだ後もお世話になることをさとれ』と教えて頂いております。世の中で、ご信心にご縁のない方は、生死の問題で不安を抱えておられる方が、たくさんおられると思いますが、私達ご信心にご縁を頂いている者は、先ほどのみ教えを心の支えとし、生かして頂いていることの有難さを、感謝しなければならないと思います」とお話し下さいました。

★日参と聴教を続けられ、お祖父様のご時代から、家族一同が心を浄化して頂いて、体も作り変えて頂いた有難い体験から、結構なご信心の稽古を代々進められた結果、今があるのですね。

★『心配は、信心しさえすれば、みなおかげになる。心配は体に毒、神様にご無礼。今日からは心配する心を神様に預けて、信心する心になるがよい。おかげになるぞ』

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2021年06月08日

●常平生から行き届いた準備を 

先日、あるご家庭にお宅祭に行かせて頂きました。そこは、お菓子の製造をなさっておられますが、徐々に売り先が幅広くなって、一昨年は、その売り先が卸売業者だけではなく、中国へ輸出されるまでに拡大のおかげを頂かれ、大変繁盛なさっておられました。

★しかし、昨年からの新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、発注も大幅に激減し、中国へも輸出が出来なくなりました。ですから、昨年の6月から9月まで、今まで経験したことのないような、売り上げの低迷に陥られたそうです。しかし、その低迷なさっておられた時期に、売り先を見直しされたのです。

★今まで大規模な企業からオファーがありましても、注文を受けると生産が間に合わなく、発注に応えられなかったので断っておられたのですが、この度はその企業に取引して頂けるようにお願いされました。すると、新しい取引先が多くの店舗に商品を置いて下さるようになりました。その後、10月から売り上げが伸び、決算の時期には、一昨年よりも売り上げ向上のおかげを頂かれたのです。

★昨年は、これまで未曽有の出来事で、生産も思うようにできないことがあったり、従業員の方も時短で勤務になったり、出社7割減で製造しておられたことがあられましたが、何と有難いことに、今まで取り組めなかった企業が、取引先として新しく取引して頂けるようになられたのでした。大きなピンチが大きなチャンスになり、思いもよらない方向に展開が出来てゆかれたのです。

★尺取虫のようにキュッと縮まなければならない時こそ、新しく開発が出来、新しい価値観でもって物事を考えることが出来ます。様々な外圧によって、大きく改革が出来、発展することが出来るのです。それには、そのチャンスをつかませて頂けるだけの力を身に頂くことが大切です。そして、常平生から行き届いた準備を怠らないことが必要です。

★三代教会長先生は「現代の日本人は、いつも平時と思っていますが、平和の中に緊張感を保たなければならない。私は、日々戦時のつもりで、緊張感を持って心中御祈念を欠かさず、御用をさせて頂いています。」とみ教え下さいました。戦時中のような非常事態は、誰しも生きることに必死で、日々緊張感を持って一日一日を生きますが、平時はつい「これくらいは大丈夫だろう」というような、油断が随所に出てきてしまいます。そうした油断の心を戒めておられるのです。用意周到に準備していれば、まさに現在の事態のように、何か想定外の事が起こってきた時に、慌てふためくことなく新しく道が開けてゆくのです。
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2021年06月07日

●正しい舵取り

 5日には、真栄根会例会にて、大岸氏のおかげ話を聴かせて頂きました。大岸氏は、15才から野菜等を扱うお店に住み込みの店員として働かれ、商売の勉強をなさいました。8カ月程して、親戚の乾物店に赤ちゃんが産まれるということで、そのお店に住み込みで働くことになられたのです。その乾物店のご主人が、阿倍野教会のご信者にお導き頂かれ、大岸氏も、ご主人に連れられて参拝するようになられたのでした。

★店のご主人は、いつも実意丁寧に、み教えを元にして商品を大切に扱い、配達をされる時には、そのお客様が他の店で買った商品も一緒に配達してあげるなど、お客様に喜んで頂く商売を心掛けられましたら、得意先がどんどんと増え、繁盛のおかげを頂かれたのです。

★27才の時、店のご主人が心臓発作で38才という若さで急逝されました。ご主人には奥様と3人の娘さんがおられましたので、親戚の方々がその後のことを相談され、大岸氏に、亡くなったご主人の奥様と結婚し、店と家族の面倒を見てほしいと頼まれたのです。大岸氏は、あまりに突然の出来事で、人生の岐路に立たされたわけですが、その時、「お店も、ご家族も立ち行かれ、自分も働かせて頂けるという事ならば、あちらも立ち行き、こちらも立ち行き、み教えに適うのではないか」と思われ、決心が出来られたのでした。その旨を、二代教会長・伊藤コウ師にお届なさいますと、「辛抱できますか?しっかり信心しなさいや。ここへ参って来なさいや。」と、み教えを頂かれたのでした。

★帰教式をお仕え頂いて教徒になられ、ご主人をお祀りなさってから、結婚なさり、3人の娘さんの父親にもなられました。それから、2人の子供を授かられ、商売をしながら5人のお子さんを育てられました。お商売の上にも、ご家族の上にも、ご信心を元に信心辛抱をなさり、80才を迎える今日も、店舗を持たずにお得意先に電動自転車で配達するという形態で、お商売を続けておられます。お子さん方も皆さん親孝行で、年々おかげを頂いておられますことは、真に有難いことでございます。

★『心配が増したり、物事に苦を病むようになるのは、ご信心が落ちた証拠ぞ。この折、これをありがとう思うてご信心すると、これが修行になって、また一段とご信心が進んでくるが、そうでないとご信心が落ちてしもうて、心配や難に負けて、どうならぬようになってしまう。』

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2021年06月06日

●どんな時にも『金光様、金光様』とお願いする

三代金光様の奥様・金光キクヨ姫様が、よくぐずっていたお孫さんに、ある時お話をなさいますと、そのお孫さんが、それまでとは手のひらを返したように、急にぐずらなくなられたそうです。「どのようなお話をして下さったのですか?」とお尋ねしますと、「ぐずぐず言いたくなった時には、『金光様、金光様』とお願いさせてもらいなさいよ。それでもぐずぐず言ってしまう時には、言った後でもいいから『金光様、金光様』とお願いさせてもらいなさい。そうすると気持ちが穏やかになります。そして、『どうぞ、信心させて下さい』と神様にお願いさせてもらうとよろしい。」と仰せになったということです。キクヨ姫様が、小さな子どもに対して教えられたことですが、大人も子どもも同様で、常に頂き直さねばならないご内容だと感じます。

★大人でも、身体が思うように動かない時、気持ちが治まらない時、覚悟が決まらない時、自分にとって不都合なに思える時等々…、心身が乱れている時に、愚痴不足を言ってしまいがちです。どんな時にも、『金光様、金光様、有難うございます…』と御礼を申す稽古をさせて頂きたいものです。例えば、腹が立つ時にも『金光様、金光様』と心中御祈念させて頂くのです。三代教会長先生は、「何十遍でも良いから、金光様と唱えて御祈念させて頂きなさい」とみ教え下さいました。腹を立ててしまった後でも『金光様、金光様』と何十遍・何百遍でも神様におすがりさせて頂けばよいのです。そうすれば、段々と気持ちが収まってくるはずです。そうして、どんな時にも神様に心を向け、『金光様、金光様』『どうぞ、本気で信心させて下さい』とお願いさせて頂く稽古を積み重ねてゆくことが出来ましたら、起こってきたことにすぐに御礼が申せるようになるのです。

★幼年期には幼年期のご修行があります。青年期には青年期の、壮年期には壮年期の、老年期には老年期のご修行がそれぞれにあります。それぞれの年代にご修行があり、そうした中に於いて、本心が成長させて頂かねばなりません。もうこれで充分ということはないのです。まさに一生が修行です。

★四代金光様は、「私共は神の氏子であります。子供であります。いつも自分に言い聞かせております。自分は子供じゃと。いつも上を向いて自分に言い聞かせることは、今日は親が喜んで下さったであろうか。常に自分が親から喜ばれる生き方であったろうか、と言い聞かせております。」と仰せになっておられます。どこまでも神様の氏子であるという事を自覚し、神様に喜んで頂ける生き方をさせて頂きましょう。
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2021年06月05日

●神様のお恵みの中で、生かされて生きている

 昭和49年のことです。二代教会長・伊藤コウ師がラジオ放送でなさった教話を、あるお寺の奥様が偶然お聴きになったそうです。その奥様は、膀胱や大腸から出血する病を患っておられ、生きる気力を無くし、毎日「死にたい、死にたい・・・」と泣いて暮らしておられたそうです。そんな時に、偶然コウ師のお説教をお聴きになり、身が震えるほどの感激を覚えられ、「有り難い」という思いが、心の底から湧き起こってこられたというのです。そして、どうしても教会へお参りしたいと願われましたが、病気で外出することが出来ませんので、ご主人である住職さんが、代わりに阿倍野教会に参拝されたのでした。

★住職さんは、お結界に進まれ、コウ師に「うちの家内があなたのお声に感じ入りましてなあ。『もう今日から死にたいと言わない』と申しております。おかげ様で出血も止まり、身体も良くなってきております。有難うございます。ところで先生は、これまで余程ご修行して来られたのでしょう。でなければ、あんなに良いお声にはなりません。あのような良いお話も出来ませんからなあ」と仰いました。

★するとコウ師は、「いいえ、私はご修行らしいご修行はしておりません。このお道では『此の方の行は、水や火の行ではない。家業が行ぞ。』とみ教え下さっています。私たちに与えて頂いた家業を行として、有難くさせて頂くことがこのお道の信心です。家庭や職場でそれぞれにご修行があるはずです。山にこもったり、滝に打たれて修行するのでもありません。断食をするのではなく、食物を有難く拝んで頂くご修行をさせて頂く。与えて頂いた仕事、生活そのものが修行であるのです。和らぎ賀ぶ心にならせて頂き、全てを拝んで有難く受け切ってゆく。誰もが毎日の生活の中でしておりながら、誰もが疎かにしてしまっている事を、真に有難くさせて頂くのが、このお道のご修行であるのです」と仰せられたのでした。

★毎日お命を頂いて、全てに神様のお恵みの中に、生かされて生かして頂いている自覚、常に願いをかけて頂いて生活をさせて頂いている、ということの自覚が出来てまいりましたら、今生きていることが、どれほど有難いことかが分からせて頂けます。人間が、自分自身の前々のめぐりあわせで、難を受けているのを何とかして「助けてやりたい」と思って下さっておられるのが、天地金乃神様です。神様は、氏子を中心に考えて下さっているのです。私達氏子も、神様を中心に考えさせて頂く生活に改まらせて頂くのが、信者としての道であり、おかげを頂いていく生き方であるのです。

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2021年06月04日

●『真一心で心を洗って信心をせよ』

旧広前の頃の事ですが、阿倍野教会におかげ話をしに来て下さっていた吉良藤右衛門氏という方がおられました。

★吉良氏が30歳の時、月見の宴をしている最中に、急に月に雲がかかって見えなくなったように感じ、視力が低下していることに気付き、それから後に両眼とも失明されることがあられました。そこで、願をかけて水ごりをとる等、神仏にお願いなさったのですが、肝心要の「心を改める」ということが、出来ておられませんでしたので、秋から冬へ、冬から春へと季節は移り変わってゆきましたが、一向におかげは表れてきませんでした。

★「こんな状態では生きていられない・・・」と絶望のあまり、死を覚悟された時のことです。お母さんの顔がふと思い浮かばれたのでした。これまでお母さんが一生懸命に育てて下さったのに、気にも留めず随分遊び暮らしていたのでした。「30歳の自分が、将来を悲観して死んでしまっては、自分はそれで良いかもしれないが、年老いた母親はどうなるのだろうか。自分自身が老後のお世話をしなければならないのに、勝手に死んでしまっては、母親はどれだけ嘆くだろう・・・」ということに気付かれたのです。それまでは自分のことで精一杯でしたが、初めて真剣に親のことを思えるようになられたのでした。

★そして「これからは、母親に親孝行をさせて頂かなければ申し訳ない。今一度、神様に改めてお願いをさせて頂こう。親にご恩返しの出来る私にならせて頂く為には、目が見えさせて頂き、働かせて頂けますように。もし、この願いを聞き届けて下さるのでありましたら、贅沢は一切謹んで、どんな仕事でも厭わず喜んでさせて頂きますので、どうぞ心も身体も生まれ変わらせて下さい。」と真剣に願わせて頂く気になられたのです。そして、子供の頃から連れて参って頂いていた、金光様の教会にお引き寄せを頂かれたのでした。そして、改まりを誓われてお広前にお参りし、お取次ぎを頂いて、み教えを頂かれるようになられたのです。

★涙ながらにお願いし、家に帰られ地面にひれ伏して神様にご祈念されました。そしてふと顔を上げますと、風呂の焚口に落ちていた新聞の見出しが見えるようになり、それから晴眼のおかげを頂かれたのでした。その後は、お礼のご信心に励まれ、ご縁に繋がる所でおかげ話の御用にお使い頂かれたのです。

★『はじめは黒住教の信者で、お祓を一週間に一万度もあげていたが、後、そのことを金光様にお話し申し上げたところ、「拝み信心をするな。真でなければいけない」と言われた。また、「神様を拝むのに手や口を洗っても、心を洗わねば何にもならぬ。心は火や水では洗えない。真一心で心を洗って信心をせよ」とも教えてくださった。』
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2021年06月03日

●有難いお命を頂いている今日

 終戦間もない頃、毎日時間に遅れることなくお参りをなさっているご信者があられました。三代教会長先生が、よほど何かお願いごとがあるのだろうと思われ、「あなたは、どのようなお願いをもって参拝なさっているのですか?」とお伺いなさいました。

★するとご信者は「先生有難うございます。お願いはもちろん持っておりますが、私は毎日お礼参りをせずにはおれないのです。実は広島で原爆に遭いました。原爆が投下されて空が光った瞬間に、咄嗟にコンクリートの深い溝に飛び込んで身を伏せました。どのくらい時間が経ったか分かりませんが、溝から這い出てみると、周囲の人々は、皆焼けただれて亡くなっておられ、その有様は、とても無惨で言葉に表すことは出来ません。爆心地に近いところにおりましたのに、厚いコンクリートにさえぎって頂いて、奇跡的に命を助けて頂きました。その時被爆した結果、片目を失明いたしましたが、その日以来、命を頂いていることと、片目が見えさせて頂いていることが、大変有難くもったいないことだと分からせて頂きました。

★ですから、安閑と暮らしておりましては相済まん、という気がして仕方がないのです。被爆しましたが手足は動きますし、体は達者であります。片目ですが、見えさせて頂いております。有難うてならないので、毎日お礼参りをせずにはおれませんので、させて頂いております。これからも、命のある限り続けさせて頂きたいと思っております」と答えられたのでした。

★「この方は、片目が見えなくても、もう一方が見えることと、命があることを喜んでおられる。それに比べて、私は五体満足で無事達者に、過ごさせて頂いている。その有難さをしっかりと持ち続け、そのお礼を申して、お礼の働きに変えさせて頂かねば申し訳ないことだと感じました。」と三代教会長先生がお話しなさっておられました。

★神様に心を向けて生活しておりますと、神様からはもちろん、人や出来事を通してもみ教えを頂けます。すべての出来事に、神様からのみ教えが含まれているのです。ですから、私達は毎日神様に心を向けて、信心の勉強させて頂かねばなりません。上半期締めくくりの月を有難く迎えさせて頂きました。一日一日を大切に過ごさせて頂きたいものです。神様から頂いている命の働きを大切に思わせて頂いて、しっかりとお役に立たせて頂き、おかげを蒙らせて頂きたいと思います。

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2021年06月02日

●喜びの生活を表してゆく

工場を営んでおられるあるご信者のお宅祭に、二代教会長・伊藤コウ師が御祭主に就かれ、三代教会長・伊藤良三師が随行なさった時のお話です。お宅祭の後に、良三師が、「工場のすぐ横に住宅が隣接しておられますと、機械の音がして騒がしいのではありませんか?また、夜も遅くまでお仕事なさっておられますから、機械の音が響いて眠れないという事はありませんか?」とお尋ねされたのです。

★すると、ご信者は、「先生、それが、反対です。機械の音が止まりますと、静かすぎて眠れません。機械が止まるのは、お正月くらいで、その間は静かですが、3日目になってきますと、寂しくて寂しくて仕方ありません。機械の音が恋しいなあ、モーター音が恋しいなあと思って、待ちきれませんので、職人さんが来なくても、少し前から仕事をし始めます。」と申されたのです。普通なら、工場と住宅を別々に建てた方が、静かで住みやすいと思うのですが、ご信者は、「機械の近くにいて、機械の音を聞く事が楽しい。」と仰るのです。また、工場内の室温は、40度以上になるそうですが、玉のような汗を流しながら働くのが、うれしくてたまらないと感じておられるのです。そうして、日々仕事に対して、お土地に対して、御礼を申しながら喜び勇んで、仕事をなさっておられるお姿は、大変素晴らしいお姿であり、どれほど幸せな事でしょう。


★三惚れの信心(現在の環境を喜ぶ)


1)家族に惚れる・・・神様から授かった家族ですから、「こんな有難い家族はない!」と喜ばせて頂く。


2)仕事に惚れる・・・神様から与えて頂いたお仕事を「天職だ!」と喜び、いそいそと励ませて頂く。


3)土地に惚れる・・・住まいさせて頂いているお土地、商売させて頂いているお土地を、「これ以上ない結構なお土地で、有り難い!」と、喜ばせて頂く。


★『どうでもおかげをいただこうと、九死に一生のお願いにご一心しておる時くらい、お礼が本気で申せたらなあ。願うことはすぐにできても、お礼は言えぬものかなあ。お願い一ぺんにお礼十ぺんというように、お礼を言う心が篤いほどご信心が篤い。ご信心が篤いほどおかげが篤い』

★現在新型コロナウイルスの感染拡大により、緊急事態宣言が発令されていますが、仕事へ行かせて頂ける喜びや、学校へ行かせて頂ける喜びを日々感じながら、生活させて頂きましょう。『喜び上手がおかげの頂き上手である』とみ教え頂いておりますように、喜び上手にならせて頂けるよう、日々の生活の中でお礼を申す稽古をさせて頂きたいと思います。
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2021年06月01日

●神様の思召しを悟らせて頂く

 近藤藤守先生が、神様の御用にお使い頂かれるようになられた、まだ初めの頃、明治15年のことです。その年の5月13日に、朝日新聞に記事が出ました。「難波村に、近藤とかいう者が神を看板にして、国事犯の陰謀を企てている・・・」というものでした。警察としても、放っておくわけにはいかなかったのでしょう。5月14日拘引されたのですが、調べられた結果、先生は嫌疑が晴れて帰宅を許されました。ところが、またその翌日、警察から通知がきて、行ってみられると、「近藤与三郎、その職にあらずして神を祀り、衆庶を参集せしむるかどによりて、十日間拘留申し付く」という令状を受けたのでした。しかし、先生はそのことを良い方へ捉えられ、「幼い頃からのめぐりをお上の手をもって、お取り払い下されるのだ。ああ有難い」と思われ、安心とお詫びの中に、十日間を勤めて一心を貫かれたのでした。さらに、先生は拘留中に囚人を集めてお話をされ、皆をお導きなさったのです。

★実は、思い返せば、その年の正月に先生が教祖様のもとへ参拝されますと、教祖様は、『のう近藤さん、悪いことをせずとな、牢に入っても恥にはならぬのう』とみ教えなさっておられたのです。

★5月24日放免になり帰宅され、翌月の6月に教祖様のお広前に御礼参拝されました。その時に、教祖様は、御祈念帳の正月二日のくだりをお示しになられました。そこには、「大阪難波村、近藤与三郎、当年行く、五月十五日よりお上の手に入れる。旧四月二十二日(新暦六月七日に当たる)御礼参りす。名を藤守と授く」とありました。神様は、以前から予定なさっておられたのでした。神様は、『正月元日は、1月2月3月4月のことを神様が教えて下さる。2日は、5月6月7月8月のことを神様が教えて下さる。3日は、9月10月11月12月のことを神様が教えて下さる。そこで正月三が日をもって1年中のことを伺うておきさえすれば、みな神様が教えて下さる。その徳を受けなさい。』とご裁伝を下されたのです。この時、神様から藤守という名を授けて頂かれたのです。先生はひたすら平伏して、お広前で感涙されたのでした。

★人間は、神様から尊いご分霊を頂いて、この世に生まれて来ております。そのご分霊を本物の働きが出来るように、我情我欲を取り払って、起きて来ることの中に、有難い神様の思召しを悟らせて頂くことが大切なのです。その稽古を日々積み重ねて参りましょう。

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