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2021年02月18日

●神様に正直な生き方を学ぶ 

あるご信者の息子さんが、お商売の勉強をさせて頂くために、他の店に修行に行かれました。

★そこで、お商売を仕込んで頂いたのですが、その店のご主人から「お前は正直者すぎて困る。真面目に働いてくれるのは良いが、夕方のお客さんが立て込んでいる時に、いわば稼ぎ時なのだから、品物を量ってお客さんに渡す際は少しずつ少なめに盛るのだ。それを10回もすれば、だいぶ稼げるだろう。それが、商売というものだ。お前みたいに馬鹿正直にしていれば、一向に儲からない。」と苦言を呈されたのです。店のご主人に、「秤の目をごまかせ」と言われたご信者の息子さんは、小さい頃から教会へ参拝され、実意・丁寧・正直・親切な生き方を教えて頂いておられますので、ご主人の言われたことを、そのまま受け入れることができられませんでした。

★そこで、店の番頭さんに尋ねたのです。そうしますと、番頭さんは、「それがうちの大将の方針だ。私は長年ここで働かせてもらっているが、大将の良いところはしっかりと学ばせて頂き、これはしてはダメだと思うところは習わないようにしている。あなたも自分が正しいと信じているところを、勉強してゆけばよい。」と言われたのです。息子さんは、どうすれば良いのか分からず、家に帰ってご両親に尋ねられたのです。

★ご両親は「いくら店のご主人がそう仰っても、あなたは、み教え通りに実意・丁寧・正直・親切に働くことを貫き通しなさい。世間ではこういうことを言う人があるのだ、という事を学ばせて頂きなさい。秤の目をごまかせば、目先は得をしたように思うかもしれないが、不当に得た利益は、結局はどこかで清算しなければならないのです。天地が裁かれるのです。入れてはいけないところから入れていれば、必ずその何倍にもなって出ていくのです。例えば、商売で損をするとか、人から騙されるとか、病気をするという事は、自分が積み重ねてきた結果で、そういう目に遭わなければならないのです。それが天地の道理なのです。人の目はごまかせても、神様の目はごまかせません。」と教えて下さり、息子さんは今後の生き方の指針を、考えさせて頂く機会を頂かれたのでした。

★『玉磨かざれば光なし、光なければ、石かわらのごとしというておるが、また、信心する氏子は本心の玉を磨きて信心せねばならぬ。鉄でも磨けば銀のように見える。金銀も磨かねば光がない。人間、万物の霊長なれば、本心の玉を磨きて、何事にも心がけをよろしきようにせねば、神様へ信心しておると思うても、人が信心なと見て敬うてくれず、わが身信心と思うほかなし。』
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:36 | 令和3年の「み教え」