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2021年02月11日

●心のおかげを頂いたら、体のおかげも頂ける

 旧広前で御用をさせて頂いていた頃のことです。あるご婦人が脳卒中を発症され、その後遺症で手足のマヒがあり、床についておられたのでした。ご主人も、娘さんも優しいお方で、後遺症に苦しむご婦人のお世話を一生懸命になさっておられたのでしたが、ご婦人は、「足音がうるさい」「布団の敷き方が悪い」「私をのけ者にして、みんなで笑って話しをしている」等々、朝から晩まで不平不足ばかりの毎日を送っておられたのです。

★近所にお住まいだったご信者が、そんな様子をいつも気の毒に思われ、何とか助かって頂きたいと願っておられました。そして、ある日ご主人に、「奥様に、今のままでは助からないことを伝えたいと思っていても、それを話して理解して頂くのは難しいでしょう。一緒に、お徳の高い先生のお話を聴かせて頂いてはどうですか?私が、車を手配させて頂きますから、それに乗って奥様と一緒にお参りさせて頂きましょう。」と、親切におみちびきをなさったのでした。

★そうして、月例霊祭の日に初参拝されたのです。奥様は、座ることも出来られませんでしたので、お広前の後ろの小部屋に横になって、御祭典を拝まれ、み教えを聴かせて頂かれたのでした。そうしますと、その時のみ教えが、自分の為にお話し下さったとしか思えないようなご内容で、奥様の心に染み込んだのです。そして、親切に看病して下さってきたご家族、分けてもご主人に「これまで、我がまま気ままばかりで本当に申し訳ないことだった・・・」と、お詫びの心が湧いてきて、「病気の後遺症があっても、それは神様にお預けして、これからは病人になるまい」と、心に決めさせて頂かれたのです。それからは、「神様にお願いさせて頂きながら、自分のことはなるべく自分でさせて頂こう」「朝起きたら布団は上げさせて頂き、必要な時だけ横にならせて頂こう」「少しでも、主人と娘の役に立つことをさせて頂きたい」という、有難い心にならせて頂かれたのでした。

★そのような有難い心にならせて頂き、神様にお願いしながら手足を動かす稽古をしていかれますと、段々と手足を動かす機能が回復し、ろれつが回らなかったのも段々と言葉がはっきりしてこられたのです。また、お参りなさった時には、不自由なお体であられながら、雑巾で下駄箱のお掃除をなさったのでした。次第に、お宅祭もお仕え頂けるようになっていかれ、三代教会長先生がお宅祭にお出ましになられた時には、「先生、階段の昇り降りも自分で出来るようになりました!」と、一段一段、腰を下ろしながら階段を進む様子をご覧いただくことが出来られたのでした。

★み教えを頂くことによって、ご家族にお世話になることを当たり前ではなく、有難いと思えるようになり、また、不自由がありながらもさせて頂けること一つ一つに御礼が申せるようになっていかれたのです。そして、人様をおみちびきさせて頂くことも出来るようになられ、有難い御用にお使い頂けるようになられたのでした。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 06:04 | 令和3年の「み教え」