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2021年02月01日

●祈りの中に生まれ、生き続けてゆく

 内田守昌師は、昭和46年12月6日に次男さんを生後7日で亡くしておられます。その10日祭の祭詞をお書きになったのが、三矢田守秋師でした。口語体で書かれたそのご内容は、誰にでも大変分かり易く、尊いご内容なので、内田師が、後に金光教学院長となられた時に、ご次男のご命日の朝には、学院生に祭詞の原稿をコピーしたものをお配りになっていたそうです。そのご内容について、起草なさった三矢田師ご本人は、「私が作ったものではない。あの時の事態全体の中から生まれ出たものだった」と、残しておられます。

★内田師は、そのお言葉をお受けになって、「このお道の祭詞というもの、特にご葬儀の場合の祭詞というものは、本当に霊(みたま)とひとつになって生まれ出てくるものであるということを、改めて思い知らされるわけでございます。(中略)祭主先生のいのちを込めて、一句一句霊(みたま)に向かって、神様に向かって、申し上げる言葉でございます。(中略)それだけに、それを頂いた方々がおかげを受けられる。お道で葬儀をして頂くということは、こんなにもありがたいものかということを、感じ入るわけです。本当に生まれ出たというものは、人の命の中に生き続けていくものでございます。」とおっしゃっておられます。

★人の命とは、その長い短いにかかわらず、神様の深い思し召しが込められており、生き死にを通して、天地の中に生かされ、働かせて頂ける存在なのです。ご信心を頂いて、その有り難さを深く理解させて頂き、一日一日お礼の心で、それぞれの役目を全うさせて頂けるよう、おかげを頂きたいと思います。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:33 | 令和3年の「み教え」