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2020年11月16日

●日参と聴教、心中御祈念

『氏子が神様と仲よくするのが信心である。神様を離れるようにすると信心にならない。神様に近寄るようにせよ』

★私共がご信心させて頂く上で、私達が神様に近づくようにとみ教え頂いております。神様に近くなるように、遠ざかるようなことをしないようにということですが、これは、いつでもどこでも何をする時でも、神様に心を向けて、心中御祈念をして物事に当たらせて頂きましょう、というみ教えもその中に含まれていますね。また、お広前を遠ざかるのは信心の抜け始めである、とも教えて頂いております。「私は常に心中御祈念させて頂いておりますから、お参りしてみ教えを頂かなくても大丈夫です」ということではなく、両方が大切なのです。

★例えば、書道でしたら、先生に手直しをして頂くから上達します。手直しをしてもらわなければ、勝手気ままな書き方で自己流になってしまいます。私達が、教祖様のみ教えを頂き続けるということは、お手本に習っていくということです。信心が自己流になりましたら、その自己流が難儀を生んでいくのです。それでは、助からないことが次々出来てしまいますね。日参と聴教に励ませて頂くということは、信心の稽古です。常に、天地の道理に即した尊いみ教えに習わせて頂きましょう。そしてそのお手本を大切にさせて頂いて、神様のお心から離れないようにさせて頂くのです。

★また常平生、自分自身が心を改め磨いていくという稽古を心がけるとしても、一日中お広前に座っておるわけにはいきませんね。それぞれの事情や、遠方近隣という距離のこともありますでしょうから、少しでもお広前に近づかせて頂いて、御神徳の満ち満ちたお広前に自分自身を浸らせてもらい、見つめ直しをさせて頂く時間を与えて頂くということが大切なのです。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:38 | 令和2年の「み教え」