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2020年11月13日

●我が身は神徳の中に生かされてあり

 11日には、生神金光大神様の御大祭を無事に、盛大にお仕え申し上げることが出来まして、真に有難いことでございました。日々生神金光大神様のお取次を頂き、み教えを頂けることはどれ程有難いことでしょうか。み教えのご内容は真に広大で一朝一夕に身に付けて、実行させて頂くということは出来難いかもしれませんが、日々繰り返しみ教えを頂くことによって、点と点がつながって線になり、線と線がつながって面になるように、少しずつ確かなものとなって身に付けさせて頂くことが出来るようになるのです。

★例えば、悪意を向けてくるような相手に対しても、自分の心は神様に向けさせて頂いておりますと、腹の立つことがあっても、相手の助かりを願わせて頂けるようになります。その真心を神様はお受け取り下さり、相手も自分もおかげを頂くと、教えて頂いております。しかし、日々み教えをしっかりと頂いておりませんと、その様にみ教えを頂いても、「あんな人の助かりを祈る気になれるはずがありません!」と、せっかく助かる道を教えて頂いても、心が受け入れることが出来ないのです。

★み教えを頂く稽古を重ねますと、信心の地が肥やされ、「あれもおかげ、これもおかげ」と、有難いおかげの中に生かされていることが分からせて頂き、神様にお礼を申し上げたいことが次々と溢れてきます。そして朝になりましたら、「今日も早くお参りして、神様にお礼を申したい!み教えを頂きたい!」と、元気な心で目覚めることが出来るようになるのです。神様にも霊様にもご安心頂ける、有難い信心生活にならせて頂けるよう、日に日にお取次を頂き、み教えを頂き続けましょう。

★『信心せよ。信心ということは、しんはわが心、じんは神なり。わが心が神に向かうをもって信心と言うなり。恩徳の中におっても、氏子、信なければ、おかげはなし』

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 07:25 | 令和2年の「み教え」