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2020年11月12日

●人を助けておのが助かる道

昨日は、天候気象を初めとして万事万端に御都合お繰り合わせを蒙り、金光大神大祭を盛大にお仕え申し上げることが出来ましたことを、厚く御礼申させて頂きます。祭典後のお説教を、島之内教会長・三矢田光師より「人を助けておのが助かる道」という御講題で、有難い御教話を賜りました。

★[講題であります「人を助けておのが助かる道」という言葉は、前教会長・三矢田守秋師がよく仰っておられた言葉です。金光教の信心を一言で表すとすれば「人を助けておのが助かる道」ではないかということです。人を助けると言うと大げさなことのように思えるかもしれませんが、この場合の【助ける】というのは非常に広い意味であります。悲しんでいる人にやさしい言葉をかけたり、問題を抱えている人の話を聞くことも【助ける】ことです。さらに言えば人の迷惑になることをせずに我慢するということもそうです。格別な力や立場が無いと人助けが出来ないということではなく、誰にでもその人の有り様の中で、出来ることをさせてもらうということです。

★教祖様のみ教えの中に『人に悪く言われた時に、信心するからこらえなければならないと思ってこらえるくらいでは、まだいけない。先方の心を、どうぞ直してやってくださいと拝んであげるようにならなければいけない』とあります。このみ教えを聞かせて頂きますと「信心していると、人に悪く言われても我慢できるようになるだけでは無く、さらに一歩進んで神様にお願い出来るようにならなければ」と思いますが、

守秋師は『人に悪く言われた時に、こらえようと思ってもこらえられるものでは無い。むしろ先方の心を治してあげて下さいと神様にお願いせよ。その方がおかげを受けられる。まずこらえることが出来て次に進みなさいということではなくて、一歩飛び越えて相手のことを祈らせてもらえれば、こらえる事が出来ると言う意味だ』と仰っておられました。

こらえるということは自分の力ですることでありますが、願うということは神様の力をお借りして出来ることであります。神様に間に入って頂くのです。自分が助かってから人の助かりを願うというあり方ではなく、自分は助かっていなくても人の助かりを願うことが出来れば、自分が助かるというあり方を教えて下さっておられるのです。これもまた「人を助けておのが助かる」ということかと思います]と大変有難い御講話を賜りました。

★まだまだ至らない中でも、まず人のことをお願いさせて頂いたら、そこから自分自身が成長向上させて頂ける、ということを教えて頂きました。周囲のことを一生懸命お願いさせて頂く稽古に励ませて頂き、共々におかげを蒙らせて頂きましょう。

【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

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posted by 金光教阿倍野教会 at 05:44 | 平成30年の「み教え」