金光教阿倍野教会ページ内リンク


2020年10月13日

●生活習慣の改まり

二代教会長・伊藤コウ師のお姉さんのスエさんは、ある年の夏、暑さしのぎに冷たい物を食べ過ぎたり、物干しにござを敷いて寝たりと、体を冷やすことばかりしてしまった為に、秋口に腰が立たなくなられたのでした。丁度それは豊中教会の御大祭の前で、コウ師の御母堂・伊藤ハル刀自は、以前お世話になったご恩返しにと、豊中教会の御大祭の際には、前日・当日・翌日と3日間を泊まり込みで御用奉仕をなさっておられました。

★ハル刀自は、「娘が寝込んでおるということは、親の私が至らないからでございます。私が御恩の分からん人間でございました。そのせいで娘も神様の御恩の分からんまま自分勝手な生活をして、それが体に現れております。これからは、御恩の分かる人間にならせて頂けますように教え諭しますから、どうぞお許しください」と御祈念なさった上で、迷う事なく御用に出かけられることになさいました。用を足す事も、一人でままならない状態のスエ氏に対して「あなたも、一人で何もかも出来るように神様におすがりして、私が帰るまでにおかげを頂きなさい」と伝えられました。スエ氏も得心なさり、その3日の間でハル刀自が帰られるまでに治して頂きますようにと、神様に心よりお詫びを申し上げられましたら「金光様!」と声に出して立ち上がった時に、立てるようになられたのでした。

★改まりがないことには、おかげに結びついていきません。自分自身が「本当に間違っておりました。行き届かないことでご無礼でありました。」というように、理解が出来てゆきましたら、物事は良い方へと展開してゆき、おかげになります。他のことに気が取られて集中できないということ、或いは、いつも不足ばかり言って腹を立てていること、これらのことをお取り払い頂かなければ、結構にはなりません。神様に心が向かうときには、信心になってゆきます。人や出来事に心が向いている時には信心にはなっておりません。共々に日々の改まりに努めて参りましょう。
【金光教阿倍野教会 日参と聴教 おかげは足運びにあり】

金光教阿倍野教会 公式ホームページへ◆
posted by 金光教阿倍野教会 at 05:42 | 令和2年の「み教え」